逃げ出した私が君になる

パンメロン饅頭

逃げ出した私が君になる

――逃げ出そう。いつか気が済むまで。

そう言ってくれた声は、今どこへ行ったのだろう。

昨日初めて聞いたような気がするほど、時間の感覚が、おかしかった。君に会いたい。心の中で願っても、星に祈っても、叶わなかった。心を動かす出会いなんて、十年は無い。もしも、明日にその日が来たら、そこに住もう。覚えている人の数は、他人に比べて少ない。ぼくは、人の住む場所に転がり込んで、人に染まって、昔のことを忘れていく。自分がどういう人間だったか、なんてもう忘れた。あの日、自動販売機で買ったサイダーの味を忘れる。後のことを忘れて、遊び尽くした時間を忘れる。きのうまでの夢を忘れる。

 今日も、海岸に来た。いつもの景色を見て、一日の始まりだ。いつもの様に、魚を分けてもらって家に帰る。今日は、大漁だったそうだ。いつもより大きな魚も分けてもらうことができた。家に帰ったら、魚の下処理をして、一口ずつ食べていく。

「やっぱり、魚は新鮮であるほど美味しい!」

止まらない食欲に従って、無造作に食べ散らす。しばらくすると、お母さんが起きてくる。

『えっ!なんでこんなに散らかってるの!?昨日、綺麗にしたはずなのに……。』

いつもの様に、驚き、怒りをぶつける相手を探している。こんな時に関わるのはあまり良く無い。よく分からない理由で、別の事の責任まで押し付けられる。以前は、花瓶を割ったことすら私のせいにされた。逃げるは得だ!そうして、必死になって走って行くと、目の前には、今まで見た事のない青々とした森が広がっていた。自分の街なら、隅から隅まで行ったことがある。しかし、こんな場所は見たことがない。しかし、見慣れない場所には、見慣れた家があった。目の前から、人の声が聞こえてくる。

――君は僕だ。

突然言われた言葉の意味は理解できなかった。しかし、その声の持ち主には、見覚えがあった。誰だったかまでは思い出せなかった。ただ、自分がその場所から逃げることのできないほどの恐怖心と、鳥のさえずりのような森の音のない静けさに支配されていた。まるで、その空間が、音を出すことを忘れているのではないか、と思うほどに静まり返っていた。私は、見慣れた家の見慣れたベッドで、眠りについた。ただ、最後に声が聞こえた。

――逃げだして。いつか終わりが来る、その時に。

わたしは思い出した。あの声は、自分のものだ。この場所に閉じ込められる。そして、次の猫に言うのだ。

――逃げだせ。終わりを目指して。

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