まいかルート 1-2

 弁当屋のおとまるにアルバイトとして働くことになった。

 細かい労働条件は後々詰めることになり、今日はひとまずなみこさんに指定された午前九時より十分前におとまるを訪れた。

 昨日なみこさんとは連絡先を交換しており、事前に指示された通り裏口からバックヤードへ入る。


「おはようございます、健志さん」


 適度な冷房で涼しさを堪能していると声が聞こえ、厨房からなみこさんが顔を出した。

 おはようございます、と挨拶を返すとなみこさんはバックヤードと隣接する住居部分へ手を向ける。


「健志さんの分のエプロンを用意しておいたので、入って左のリビングの方で着替えてきてください」

「わかりました」


 なみこさんに返事をして住居スペースのリビングへ向かった。

 普通の住宅よりも心持ち手狭な印象だが、一般家庭を何ら変わりない家具や内観がリビングには広がっていた。


「小園さんですか?」


 リビングを眺めていると二階へ繋がる階段を降りてくる足音がして、誰何する声が聞こえてきた。

 まいかさんの声に振り向き、階段を降りたまいかさんと対面する。


「おはよう、まいかさん」

「はい。おはようございます」


 俺が挨拶すると礼儀正しく頭を下げて返してくれた。

 えっと、と合いの手を入れてからまいかさんはリビングのダイニングテーブルを指差す。


「そこに健志さんのエプロンあります」

「これかな」


 ダイニングテーブルの椅子の背に紺色のエプロンが掛けてあり、まいかさんに視線を送って確認しながら手に取った。

 無地の紺色で日常生活でも使えそうなエプロンだ。


「支度が終わったらお母さんのところに来てください」


 まいかさんはそれだけ告げると、なみこさんのいる厨房の方へ向かっていった。

 俺がワイシャツの上にエプロンを着ている間、まいか。自分のエプロン着てないじゃないというなみこさんの声が聞こえ、リビングのドアが開けられる。


「エプロン忘れてたです」


 まいかさんはリビングに戻ってきたと思うと慌ただしく二階へ駆け上がり、すぐにリビングへ降りてきた。今度はきちんと水色のエプロンを着用している。


「先に行ってるです」

「俺もすぐ行くよ」


 エプロンを着け終えてまいかさんの後に続いて、なみこさんの厨房の前に移動した。

 俺とまいかさんの足音に気が付いたなみこさんが、調理する手は止めずにこちらを振り返る。


「まいか、健志さんに厨房に入る前のルール教えてあげて」

「わかった、お母さん」


 元気よく返事をすると、まいかさんは厨房入り口の壁際のフックに掛けられた棒状の先にポンポンが付いたはたきを掴んだ。


「厨房に入る前はこのポンポンで服のほこりを落としてください」

「食品にほこりが落ちないようにするため、かな?」

「そうですそうです。これをやってからじゃないと、お母さんに怒られます」


 そう説明してまいかさんは苦笑いした。

 以前に埃を落とさずに入って注意された経験があるんだろうな。

 なみこさんが調理をしながらこちらを見て口を動かす。


「厨房は私とまいかでやりますから、健志さんが厨房に入ることは滅多にないでしょう。健志さんには調理以外の仕事をしてもらいます」

「お母さん、今は何すればいいの?」


 はきはきと説明してくれたなみこさんへ、まいかさんがおっとりとした口調で尋ねた。

 まいかはいつも通り、と答えてからなみこさんは思いついたように微笑んで付け足す。


「まいかがしてるお仕事を健志さんに教えてあげて」

「お母さん、わかった」


 まいかさんは返事をすると店の方へ歩き出した。

 仕事を教えてくれるそうなのでまいかさんに付いていく。


「弁当屋のアルバイトなんて初めてだから何も知らないけど、これからよろしくねまいかさん」

「店の中を掃除するです」


 俺の言葉に対する返答ではなく、いきなり仕事内容を告げる。

 バックヤードの途中のロッカーから箒と塵取りと布巾を取り出してから、まいかさんと店内へ出る。


「お母さんのお弁当が完成する前に掃除を終わらせます」


 まいかさんはそう告げると、レジの上を拭き始めた。

 箒と塵取りが残り、俺は自然とその組み合わせを手に持つ。


「店内を一通り掃き掃除すればいいかな?」

「ん~、ん~、ん~♪」


 訊いてみたが、まいかさんはレジの上を拭きながらご機嫌に鼻歌を奏でていた。

 まいかさんの邪魔をするのも気が引けるので、なみこさんから声が掛かるまで掃除してていよう。

 厨房で動くなみこさんに気を払いながら店内の掃除を進めた。

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