凛那ルート 七章 結婚の在り方

凛那ルート 7-1

 凛那から女優復帰の決意を聞かされた夜から数日後。

 俺は彼女へ春浜を去るまでにやりたいことリストの作成を頼み、スマホのチャット画面に記録として残してもらった。

 本当は紙にでも書いて部屋の壁に貼りたかったが、凛那が恥ずかしって却下したのでスマホのデータ内に留めておくことにした。

 凛那のやりたいことリストのうち、実現可能なものから達成していこうと思ったのだが、意外と難題であることに気が付く。


 

一、 結婚したい

二、 しのばあちゃんに安心して逝ってもらいたい

三、 しのばあちゃんの民宿を守りたい

四、 あたしの好きな春浜を守りたい

五、 ホテル開発を阻止したい(怒)

六、 普通の彼女、結婚したら普通の妻でいたい

七、 佐野凛那を愛して欲しい

 八、九、とんで。

 十、痩せたい



 十番の項目に関しては俺が関与すべきことなのかどうか定かでないし、俺自身は痩せる必要あるのか疑問だ。

 七番は俺の気持ち次第でどうにでもなる。

 一番は俺の甲斐性次第だ。

 しかし二番から六番までは俺と凛那だけで達成できる目標ではない気がしている。

 しかも、このリストを他人へ口外するのは厳禁ときた。俺も恥ずかしいから妥当だとは思うけど。


「なあ、凛那」


 同じ部屋で漫画を読んで寛ぐ凛那に話しかけた。

 漫画のページを捲る手を止めて凛那が俺の言葉を待つようにこちらを見る。


「どうしたの?」

「結婚しよう」

「いいけど、それは最後でお願い」

「そうだな。まずはリストの二番から五番をどうにかしてからだな」


 心置きなく婚姻するためにも凛那の不安から来きているであろう二番から五番の項目を履行しないといけない。


「ホテル開発を阻止するって凛那には何か策があるのか?」


 女優復帰を決めた理由の一端に、一色さん辺りに協力を仰いでいる節が感じられる。

 凛那は漫画のページを捲る手を止めたまま、含みを持って笑い掛けてくる。


「無策でいるはずないでしょ。春浜は仁さんが愛した土地でもあるのよ、仁さんの人望を考えれば、あたしの主張に同意してくれる人は多いはずだから」

「一色さんもその一人なのか?」

「一色さんも、というかあたしが最初に春浜を守る提案をしたのはあの人なの。一色さんも仁さんの才能に傾倒してた俳優だから、仁さんのためならってあたしの提案に乗ってくれたわ」


 得々と話す凛那。

 だが話を聞いているうちに段々と凛那との距離を感じてしまい、手放しに彼女の話を歓迎できなかった。

 感情が顔に出ているらしく凛那は急に申し訳なさそうに眉を落とす。


「ごめんなさい。あんたにとっては聞いてて楽しい話じゃないわよね。全部、奈能りんとしてのあたしありきだもの」

「そこまでしないと阻止できないのか?」


 凛那が自身の人脈を有効打するのは理解できる。

 けれども凛那が奈能りんとして存在しようとすると、それと引き換えに犠牲にするものもあるはずなのだ。

 俺の問いかけに凛那は悲しそうな目をして頷いた。


「普通の女が巨大な敵に勝つのはそうとう困難よ。でも奈能りん巨大な敵にも勝てる気がするの。だからあたしはもう一度奈能りんになる覚悟を決めたの」

「……そうだよな」


 俺にはこう言うのが手一杯だった。

 何の才も持たない俺には凛那の覚悟を完全に理解することは不可能だろう。

 春浜を守るために賭した彼女の覚悟に俺が口出しする余地などない。凡才の俺が出来るのは彼女を支えることだ。


「俺には何もないけど手伝えることがあれば言ってくれ。力になるから」

「いちばん頼りにしてる。暴走しそうになったら止めてね」


 低姿勢で意思を告げると、なんとも照れ臭い言葉が返ってきた。

 いちばん、なんて言葉選びが秀逸すぎる。

 照れ臭さのあまり俺が黙っていると、凛那が試すような瞳になって切り出した。


「一つ考えてたことがあるの。協力してくれない?」

「早速って感じだな。なんだ?」

「奈能りんのSNSアカウントを作り直して、そのアカウントを多くの人に認知してもらって春浜の魅力を広めるの。だから春浜の写真とか投稿文とか一緒に考えてくれない?」

「そんなことでいいのか?」

「プライバシーだもの。信頼できない人に頼めるわけないじゃない」


 言いながら俺に向かって微笑む。

 凛那の行動が実を結び、この民宿をそして春浜を守る結果に繋がるんだろうな。


「それじゃ早速、アカウント作るか」

「そうね。スマホ持ってくる」


 俺が促すと、凛那は乗り気で漫画を置いたまま自室へスマホを取りに行った。

 これからは一段と忙しくなりそうだ。

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