凛那ルート 6-7

 一色劇団再公演当日。

 受付で来場者を見ているだけで、春浜の外から公演を観に来た来場者が多いことがわかり、前回に増す盛況ぶりなのは明らかだ。

演目は、先週末に急遽変更されてなんと『波浪の花』である。

初めて変更後の演目を聞いた時、耳に覚えがあるなと感じたのだが、おいおい調べてみると、かつて立花仁さんが主演を務めた映画作品だ。

 

 往年の劇映画作品をどう観劇に落とし込むのか、という興味もあったが、何よりもまず一色劇団が演目を変更した理由が気になった。

 最も先に変更の連絡を受けたであろうオーナーに訊いてみると、オーナーは分らない様子で肩を竦めた。


「急遽配役を変えることになったから、としか聞いてないな。開演日を延期する案を伝えたけどその必要はないと言われてしまったよ。余計なお節介だったかな?」

「誰か役が不満でごねたんですかね?」

「さあ。詳しいことは一色さんに聞くしかないよ。配役とかは劇団内部のことだからね、劇場管理人が詮索できるものではないしね」


 オーナーは公演が成功すれば良し、というスタンスらしい。

 演目変更の事情を知ることが出来ないまま公演開始時間になってしまい、その後俺は自分の仕事である受付でのチケット確認に忙殺された。

 開演して十数分もすると遅れて来る客もいなくなり、受付スタッフの方はだいぶ手が空いてしまい、受付に一人だけに任せて劇場外の廊下を仕事仲間と手分けして掃除することになった。

 観劇は始まってしまうとオーナーも少し一安心したらしく、劇場外の廊下まで出てきてこちらへ近づいてくる。

 俺が掃除しているのを見て感心したように頷く。


「いやぁ暇なら掃除でもしようかって指示出そうと思ってたのに、先に始めていたか。察しが良いね小園君」

「ありがとうございます。受付の方は今一人だけですけど問題ないですか?」

「いいよいいよ。また公演後に忙しくなるからその時から入ってもらえれば」


 オーナーはそう言ってから、何やら妙案を思いついた様子で目鼻を大きくする。 


「せっかくだし、少し覗くかい?」

「劇をですか。仕事中の身ですよ俺?」

「雇い主が誘ってるんだから気にしない。いいじゃない、ちょっとぐらい」


 何故かオネェみたいな言葉遣いになってこちらを唆す。

 俺が返答に困っていると、話が聞こえたのか手分けして掃除していた年下の仕事仲間が箒とスチール製の塵取りを持ったまま寄ってきた。

 年下の仕事仲間は興奮気味にオーナーに尋ねる、


「劇、観てもいいんですかオーナー?」

「観たいなら観に行っていいよ。でも仕事はおろそかにしないようにね」

「よっしゃ。掃除やってるよりもよっぽど飽きねえもんな、観に行こ」


 オーナーの許可が下りると即座に掃除道具を専用のロッカーに戻して上機嫌に劇場内へ入っていった。

 温かい目でスタッフを送り出したオーナーは、次いで俺の方へ視線を戻す。


「小園くんも硬いこと言わずに観に行ってきなよ。チケットなしで入れるのは劇場スタッフの特権だよ?」

「……受付の一人に悪いじゃないですか」


 本当は掃除よりも観劇したい気持ちを隠して、受付担当への配慮を口実に使った。

 けれどもオーナーは俺の返答を予期していたように、笑いながら顔の前で手を振った。


「気にしない気にしない。受付はオーナーがやったっていいんだから、受付担当も連れて観に行きなよ」

「俺が言うのも立場上おかしいですけど、オーナーは雇い主なんですから従業員の管理もちゃんとした方がいいと思います」

「気に掛けてるから、こうして観劇に行っていいよと許可を出してるんだよ。それに劇場内の見回りも仕事のうちだよ」

「……本当に観に行きますよ?」


 何を言っても温厚に流されそうなので念を押して尋ねた。

 いいよいいよ、と何度目かのオーナーの許可が下りると、声が聞こえていたのか来場者がいないのを見計らって受付担当もこちらに歩み寄ってきた。

 例のごとく受付担当も興奮気味にオーナーを見る。


「オーナーが許すなら劇観に行ってきますよ」

「はい、行っといで」

「ありがとうございますオーナー」


 受付担当も送り出すと、オーナーが最後に残った俺に向き直った。

 どこか勝利を誇るような雰囲気さえ感じる笑顔を浮かべている。


「意固地にならないで行きなよ小園くん」

「……それじゃあ行ってきますよ」


 俺は諦めてオーナーに唆されるまま劇を観に行くことにした。

 掃除道具を片付けている間にもオーナーは受付に入ってしまい、今さら代わりますとも言えなくなってしまい劇場の方へ足を向けた。

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