玉と欺く

 彼女は明らかに動揺した。それもそうだ。捕らえているはずの、自分より随分と若い男たちが発する言葉ではない。余裕をひけらかすにもいま、このタイミングではない。鉄仮面のアッシュの表情からは読み取れない。


 何食わぬ顔は、よく聞き取れる耳で何かを聞いたからなのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。


「流 瑞玉! 警察だ! 逮捕する!」


 そのときだ。小柄な女性の声が冷徹なコンクリートにびりびりと反響する。若干青褪めた顔の女性は、貫と何度か会話した捜査第四課の、あの彼女だった。お茶汲み程度の立ち位置かと思えば、なかなかどうして、絶大な権力を引き連れて現れた。


 手に広げられたのは、逮捕状である。罪状は拉致監禁、並びに殺人だった。こじつけでもどうにかして手配したのだろう。瑞玉は端正な顔を歪ませて憤怒の表情だった。そうこうしているうちに、四課の女性の後ろから拳銃を構えた同僚たちが滑り降りてくる。


「日本人を甘く見てもらっては困ります。彼らは我々に惜しみなく協力してくれるのです! ゆえに、国民の生活や命を、我々は保護しなければいけない!」


「保護? ふ、うふふふふ! あっはっはっはっは!!」この場での高笑いは、とてつもなく異質だった。「ここにいる連中は! みんな犯罪者か借金で首が回らなくなったような奴らヨ! そんな虫ケラを集めて、アタクシが有意義に使ってやってるの!」


「その定義で行くなら、貴女も蟲ですが?」


 空気が凍り付く。そこで毒を吐けるのはひとりしかいない。アッシュだ。


 首を傾げて飄々と事実を述べる。鬼の形相の瑞玉にも、彼の瞳は揺らぎはしない。ただ真っ直ぐに薄い空色を突き付けている。


「だってそうでしょう? ルゥイユー、逮捕状が出ているなら、貴女も立派な犯罪者です。ルゥイユーも入りますか? 壺の中に」

「ぐぅっ……!?」


 褐色の細い指が血塗れの床を指し示すと、瑞玉の唇から呻き声が漏れる。

 辮髪の蠍人間軍団は少し狼狽えて互いに目配せをしていた。女帝に付き従っていたが、警察に囲まれてしまえば成すすべもない。実のところこの組織、銃器を扱えるのは瑞玉のみで、彼らは主に剣術か武術で対応していた。飛び道具を持ち出されては降伏せざるを得ないのだ。


 ちなみに攻撃には長けているが守りには疎く、手際もいいほうではない。もたつきながら、両手を頭の後ろに回した。それを見て取って、首領はさらに怒りを顕わにする。


「このアタクシを虚仮こけにして! タダで済むと思ったら大間違いヨ!」

「鉱石は人の想いを吸うのでしょう? 栄光を汲み取った次は、呪いが溢れてくるのではないでしょうか。呪い彼らだけを愛していれば、牙を剥かれることもなかったかもしれませんね」

「ま、要は……八方美人はやめとけよ、ってことだ」


 回りくどいアッシュの発言を、慣れた貫が噛み砕いた。次いで胸部から鈍色の手錠を取り出す。瑞玉の目が剥かれ若干抵抗されたが、細腕では男の貫に勝てるはずがない。あっけなく鎖が嵌められた。彼女の腕に巻きつかれると、拘束具も一種の高価なブレスレットのように見える。最初で最後の、簡素な装飾だ。


「成神警部補、突入捜査の先陣を切っていただき、ありがとうございます」


 瑞玉たちが連行され一段落ついた後、四課の彼女が貫に話しかけてきた。まだ肌は青い。恐らくこのような凄惨な現場を見るのは初めてなのだろう。が、泣き言を言わない彼女はやはりプロだ。


「いえ、これくらいしか俺にはできませんので……。……あ、そうそう!」


 事件が終わったので、これで彼女とも最後の会話になる。けれど一瞬、何を話していいのか分からなくなった。空気に耐え兼ねて貫は別の話を振る。


「これ、証拠品」


 夜を閉じ込めたようなタンザナイトが貫の手から零れ落ちる。すとん、と手袋に包まれた女性の手に収まった。


「畏まりました。押収します」


 込められた呪いのことは、いまはまだ黙っておいたほうがいいだろう。宝石は手から手に渡るたびに人の意思を受け継ぐ。手放した瞬間に想っていたことを乗せるのだ。


「撤収!」


 遠くで警部が叫んでいる。どうやらここも遺物となるときが来たようだった。今度はダクト穴ではなく、きちんと上に繋がる扉から出て行った。邸内詮索班から途中で二手に別れる。地下から外に出れば、すでに夜の帳が降り始めている。宝石を散りばめたような星空が拡がり、着飾った瑞玉はしかし、これに気付くことはないのだろうと思った。


「イズル、少し寄りたいところがあるのですが」




          輝く小玉 編     終幕

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