#4
「まず、この前言ってた『琳 榮榮』について調べてみた。この男は少しばかり自国でヤンチャをしていたようだが、大きなマフィアと対等に張れるほどの出身ではない」
本日2回目のコーヒーは、目が覚めるほど濃くて苦いブラックだった。手帳とボールペンを握り締めたジャックはペンの端で頭を掻きながらメモの内容を読み上げると、俺は「それで?」と穏やかな口調のままコーヒーカップの縁に唇を寄せる。
「出身が違うなら何処かの組織にでも入ったかと思ったが、それも違う。残念ながらそんなに肝の据わった奴ではなかったらしい」
つまりは──と彼が乾き切った唇を湿らすように間を開けて俺を見つめると、俺はソーサーにカップを置いてグッと身を乗り出した。
「甘い話に踊らせらた、というのが妥当だろう。キーワードは……」
「──『江華貿易商』ってか?」
突然次の句を奪われたジャックの口は言葉を忘れたように何度も動き、見開かれた瞳に驚きの色を浮かべる。
──やはりビンゴだったか!
目論見通りの筋書きと目の前の彼の様子がまた可笑しくてクツクツ……ッと笑う俺は、豆鉄砲を食らった間抜けなジャックにヒラヒラと手を振ってみせた。
「まさか先を越されるとは……何処でその情報を拾ったんだい?」
興味深そうに中指で眼鏡のつるを動かしたジャックに左の人差し指を立てて勿体ぶると、バチ……ッと大きな音で暖炉の炎が威嚇する。まるで背中を押すような炉の女神からの御神託に感謝しつつ、餌待ちの雛みたく見つめる彼の眼鏡に意地の悪そうな自分の影を見た。
「拾ったも何もない。俺に必要な情報だからこそ、俺に集まってきただけの事だ──現社長である『楊 飛龍』とやらは、アリーシャの身代わりの件にも関わっていやがる。『琳 榮榮』が小間使いであろうと、いずれ会うべき野郎の1人だ」
「おいおい……お前、また単身で乗り込むつもりか?考えてもみろ……今回は相手も相手、ヘマをしたらアラン個人だけではなく、ファミリー全体に関わるんだぞ!」
声を荒らげる彼を他所に、ソファから立ち上がった俺はコーヒーカップを持ったまま暖炉へと向かう。日向に包まれた時のぼんやりとした暖かさに目を閉じた俺は、ジャックの言い分を検めるように天井を仰ぐ。
「『貿易商』というのは表向きの名前だけ、やってるのとは一流のマフィアと大差ない……そんなのを相手にするなんてリスクが大き過ぎる……第一、他の組織の役員と接触する時は、単独での行動は掟で──」
「それなら問題ない」
以前レストランで彼がやったようにパチン……ッと高らかに指を鳴らして振り返えると、怒涛の勢いだったジャックの声が詰まる。
「……僕は『グレイファミリー』じゃないから、人数には含めてくれるなよ?」
「勿論」
怯えたように身震いしたジャックを目尻に置いた俺は、コーヒーカップに残った褐色の液体を暖炉の炎へ注ぐ。
「おいアラン!一体……」
捻り出したような彼の細い声を鼓膜が拾い、突然の出来事に驚いた暖炉の炎が逃げ惑う。衰弱する陽炎と毒々しい煙、それから俺の髪の色にも似た灰を撒き散らかした灯火は声にならない悲鳴を上げるも、淡々と注ぎ続ける俺はその全てが滑稽で秀逸で無意味なお飾りであると簓笑う。
「『楊 飛龍』の元へは優秀な
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