#3

「力……?」

「そう」


 鸚鵡おうむ返しで答えた俺に畳み掛けるようなアリーシャの笑顔は、作り物みたいに完璧な微笑みだった。あの日の惨劇が彼をここまで捻じ曲げてしまった事実に悲しみを覚えた俺は、静かに唇を結んで天使を慈しむ。


「僕は、もう1人の僕を殺した奴らに復讐がしたい。でも、僕1人では何も出来ない……だから、お兄ちゃん……お兄ちゃんだけはいつまでも僕の味方でいてくれる……?」


 縋るアリーシャの言葉に、過去の自分の影が重なる。彼の動く唇も、全てを恨むその眼差しも──タイムリープでもしたようなもう1人の自分に歩み寄った俺は、いつの日かジャックがやってくれたみたく打ち震えるアリーシャを抱きしめた。


「約束する。俺はお前を裏切らない」


 誓う神すら信じてはいないが、この舌に乗せた決意に嘘はない。俺だけの天使がまた天に召して仕舞わないようそっと抱えた彼の身体は華奢で、今にも崩れてしまいそうな雪の結晶によく似ている。


「僕も約束する。もう二度とお兄ちゃんに寂しい思いをさせないって」


 ゆっくりと俺の背に手を添えたアリーシャは耳心地のいい声と言葉で顔を埋めると、安寧が具現化したような温かさを俺に分け与えた。


「ありがとう」


 息が詰まる日々から解放されたような、特別な感覚。きっと俺は、アリーシャという天使が居なくては息すらままならなかったのだ。


 そんな単純な事にやっと気が付いた俺は、寄り添う彼をそっと離して頭に手を置く。幼い頃と同じ、心優しいアリーシャを安心させるための動作を自然に振る舞った俺は、懐かしさで胸が一杯になる。


「話は分かった。後のことはこちらで手配しよう……アリーシャ、お前は今まで通り誰にも見つからないように気を付けて」

「うん」

「何か変化があったら連絡する」

「ありがとう」


 ニッコリと笑顔を溢した天使は名残惜しそうに頭を下げてから手を振ると、人差し指と中指をクロスさせて俺の行く末を祈った。


「お兄ちゃん、またね!」


 無邪気な天使の後ろ姿が消えるまで見送った俺は、まだ人肌の温もりが残る胸ポケットから携帯を取り出して発信する。


 相手はジャック。


 いや、情報屋としての『ジャック・ボット』だ。

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