#2
「覚えててくれたんだね……嬉しいよ!」
昔となんら変わらないシルバーの髪を揺らして俺に駆け寄ったアリーシャは、薄っすらと濡れた目元を拭いながら微笑む。
「何言ってるんだ、忘れる訳がないだろう……?」
──これは夢だ。
彼は10年前の今日、門扉に首を括って殺されていたのだ。
光悦とした表情で答えた俺は、自分の頭から逃げ出した願望が作り上げたであろう虚像を前に鼻を啜ると、頭の中では理解している筈の事実を何度も繰り返す。
「僕もお兄ちゃんを忘れた事なんてないよ」
真っ直ぐ笑い掛ける純真無垢な幻覚は、俺が望むありえない未来の天使。一生成長する筈のない彼が今、俺の目の前にいると言うだけで満足した俺は、静かに歩み寄って手を伸ばす。
「メリークリスマス……やっとお兄ちゃんに会えて、本当に僕は幸せだ」
伸ばした俺の手を掴んで自らの頰を擦り寄せたアリーシャは、雪のように冷たい表皮の奥に人間らしい温もりを隠し持つ。
「?!」
指先から伝うキメの細かい肌は、夢と呼ぶには生々しい質感で俺を捉え、伝染した暖かさは紛れも無い生身の人間──驚きを隠せないまま目を見開いて黙り込んだ俺に、柔らかな表情の天使が「驚かせてごめんなさい」と囁く。
「10年前にあの家で殺されたのは、僕にそっくりの
「……嘘」
「本当だよ」
しっとりとした口調の中に籠もった言葉には芯があり、俺はあり得ない奇跡に舞い上がって喜ぶと、彼の頰に当てた手を引く。
「今日はなんて恵まれた日なんだ!……あぁそうだ、家へ帰ろう。そして、ボスや皆に知らせないと……!!」
まるで神の祝福、本当は見放されてなどいなかった……と、都合のいい偶像崇拝でご機嫌な俺がそう言った途端、晴天がかき曇るようにアリーシャは神妙な面持ちで「それはできない」と言い放つ。
「何故?」
「……僕はこの10年間、ファミリーは勿論、全てから身を隠して生きてきた」
「だから、ファミリーに戻れば……」
「それじゃ駄目なんだ!……ファミリーにいたからこそ、
悔しそうに唇を噛み締めた彼はわなわなと拳を握ると、いつになく真剣な眼差しで俺を見据える。
「お兄ちゃん、僕に力を貸して欲しいんだ」
アメジストにも似た美しい紫色の瞳に浮かぶのは、炉の女神に誓ったあの日の俺とよく似た、黒く鋭い感情の決意だった。
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