#5
冷え切った空気を吸い込み、高ぶる熱を逃がして走る俺は、門に近付くにつれて多くなってゆく人混みを掻き分ける。
頑強な煉瓦を積み上げて精巧に組まれた左右対称の門扉には、空に吠えるような姿の狼が雄々しい石像となって鎮座し、俺の身長の倍近くある鋼鉄の格子が白雪を映してキラリと輝く。その幻想的な光景に呼ばれるように駆け寄った俺は、生クリームに木苺を転がしたみたく見事な赤色を目の当たりにする。
「これは……」
ポタリ……ポタリ……ッと門の上から落ちるその雫は酷く綺麗な赤色で、金属にも似た独特の生臭さを含みつつ辺りを疎らに染めてゆく。鮮やかな雨垂れに呼ばれてゆっくりと空を見上げた俺は、夢にも思わなかった鮮烈な光景に目を丸くする。
「……アリー……シャ……?」
まるでそこに居るのが当たり前かのように門のてっぺんから紐で首を括られた天使は、白銀の世界にお似合いの髪を揺らして佇み、力なくぶら下がった爪先からは鮮血を降らす。まるで昨日の悪夢の続きを見ているような錯覚に囚われた俺の思考が懸命に警鐘を鳴らしても、その神々しさすら感じさせる装飾品は俺が目を離す事を少しも許さなかった。
「嘘……嘘だろ、なぁ、アリーシャ……アリーシャ……ッ!!」
胸の真ん中にポッカリと咲いた肉片の花弁は風が吹き抜けるたびに血潮を零し、半狂乱の俺は喉が潰れるほど彼の名前を連呼する。
もしもこの世に神様とやらがあるのなら、何故この罪なき天使を俺から奪うのか──。嗚咽にも近い悲鳴を上げて俺が膝から崩れるように座り込むと、握りしめていた靴下が力なく雪に落ちて埋もれた。
「アラン……アラン、大丈夫か?!」
遠のきつつある聴覚が微かに捉えたジャックの声がしゃがみ込んだ俺を呼び、体温で溶け出した雪が責め立てるような冷たさでズボンをじわじわと蝕む。
「……何がクリスマスだ……何がイエス様だ……守護も糞もなかったじゃないか……」
魘されるように溢れた本心を垂れ流した俺を庇うように抱き上げたジャックは、苦々しい表情のまま深く溜息を吐く。
「そうかもしれない……だが、今は我慢しろ。大勢が君を見ている、迂闊な事を言ってはいけない」
必死にそう言い聞かせる彼の顔を見ることもできないまま、俺はジャックの服に顔を押し付けて声が枯れるまで泣きじゃくった。
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