#3
暖かい布団に挟まれた俺は、窓の外にヒラヒラと舞い出した雪を眺めながら悶々と時間を過ごす。
──レオ・アルジャーノ。
普段ならそう気に病むこともないだろうに、今このタイミングでその名が出た事がこんなにも恐ろしく感じるとは──。悪い方にしか転がらない思考を振り払うように強く瞳を閉じた俺は、不気味なほど静まり返った部屋のベッドに寝転がりながら膝を抱えて猫のように丸くなる。
コンコン……ッ
あたりを憚るように控えめなノックが静謐を破り、俺の背筋に氷が伝ったような寒気が滑った。まるで酸素が薄くなったように俺は何度も浅い呼吸を繰り返し、早くこの悪夢が過ぎ去るようにと願いつつ狸寝入りを決め込む。
「……アラン?」
「ママっ!」
ゆっくりと開かれた扉から差し込んだ朧げな声の主は母で、一気に緊張の解れた俺が軽くなった身体を弾ませて起き上がると、痛々しく微笑んだ彼女はベットサイドに進み寄る。
「心配を掛けてごめんね……」
今にも泣きそうに眉尻を下げて笑顔を作る母の瞳は、この屋敷に居ないたった1人の主役と同じ菫色。その菫に湛えた露は一筋の雨となって尾を引くと、彼女は俺の肩に顔を埋める。
「きっと大丈夫……アリーシャもアランも、パパとママの子供だから……」
俺に囁くようで自分に言い聞かせているような口振りの母が弱々しく吐いた呪文は、恐怖に震え上がっていた俺を宥めながら逃げ出した理性を呼び起こす。
「そうだね、きっと……大丈夫」
ゆっくりと母の言葉をなぞった俺に向き直った彼女は、乱れてもなお品位のある表情を浮かべて「愛してる、私の大切な天使」と囁き、そっと俺の前髪を上げて額に口付けを落とした。
「俺も」
ボーン……ボーン……ッ
午前0時を知らせる屋敷の大きな振り子時計が無機質に鳴り響く。その音は悪夢のような聖夜が訪れたのを淡々と告げ知らしめるも、ファントムから庇うように柔らかい母の愛情に触れられて安心した俺は、窓の外に一瞬だけ見えた吹雪に紛れる人影を気にも留めず、穏やかで深い眠りについた。
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