第3話 父親?
「え、今…なんて…」
びっくりしている和音をよそに、男性は手を伸ばして和音のお腹に手を当ててきた。
「ちょ、な、なにー!」
ぱっと彼の手をはね退けて、和音はその場から立ち上がった。
「名は?」
「え?」
「貴女の名前は?」
「城咲 和音です」
答えたのは院長だった。
和音は開いた口が塞がらす、パクパクしているだけだ。
「彼女の口から聞きたかった」
和音に答えてほしかったらしく、彼は不機嫌に顔を顰めた。
「申し訳ございません」
「和音。怖がらなくていい。私は君を保護しにきたんだ」
いきなり呼び捨てか!
外国の人だから、フランクなのか。
見た目は外国の人…というか本当にファンタジー作品のエルフ(耳は尖ってないけど)の彼は、とても流暢に日本語を話している。
日本語がまるで母国語みたいに。
両方か、もしくは片方の親が北欧系かなにかで、生まれたときから日本に住んでいるとかなのか。それともバイリンガルだかトリリンガルだかで、何ヵ国語も操る天才か。
けれど、彼の言葉は正しい日本語なのだろうか。
「保護?」
誰から?何から保護するというのだ。
「それより、体の調子はどうだ? 辛くはないか」
「あ、そ、そう言えば、子供って、どういうことよ。あなたの子供って」
もう何がなんだかわからない。身に覚えのない妊娠。初対面の怪しい男。その男がいきなりお腹の子の父親に名乗り出た。
「和音のお腹にいる子は、間違いなくわたしの子だ。波動を感じる。ああ、こんなにも嬉しいものとは。ようやく実を結んだのだな」
和音のパニックをよそに男は感動のあまり、涙まで浮かべている。
男がもう一度和音のお腹に手を伸ばしたその時、和音はお腹の奥からせり上がってくる吐き気に襲われた。
「う…」
口元を押さえふらりとよろめく。
「和音!」
前に倒れそうになったその体を、男が駆け寄って抱きとめた。
(なんだかとてもいい香り)
そう思った瞬間、和音は意識を失った。
城咲和音の両親は、彼女が幼い時に離婚した。
原因は父の浮気。
会社の後輩だった女性と不倫し、相手の妊娠により二人の関係は発覚した。
泥沼の離婚調停の末、和音の親権は母が持ち、父は慰謝料と多額の養育費を払うことになった。
幼い和音は、突然父がいなくなったことに戸惑い、幾晩も泣いてオネショまでして、母を困らせた。
父はクリスマスと誕生日にはプレゼントをくれたが、和音には会ってくれなかった。
後で知ったが、プレゼントは母が用意したものだった。
父は不倫相手とその子供を気にかけ、和音のことは離婚後すぐに忘れた。
理由は和音が女だから。
体が弱い母は和音を生んで、医師から次の子供は望めないと言われていた。
父は男の子がほしかったのだ。
和音はいらない子だったの?
そのことを偶然祖母と母の会話から立ち聞きしてしまった。
それが原因かどうかはわからないが、和音は男の人が信用できなくなった。
とびきり美人ではないが、そんな和音にも告白してくれる相手は何人かいたが、いつかこの人たちも他の女性を好きになって、自分を捨てるだろうと思うと本気になれず、結果、和音は俺のこと好きじゃないんだ。と言われ別れることが多かった。
裏切られるなら、最初から付き合ったりしなければいい。
そう思うようになった。
父は慰謝料と養育費を滞納するようになり、やがて連絡も途絶えた。
母はパートを掛け持ちして苦しい家計を支えてくれたが、無理がたたって病気になった。
和音は高校卒業と同時に近所のホームセンターに就職したが、二十歳になる頃、母が入院してそこも止めてしまった。
今はコンビニなどで働いている。
母が死んだことをどこで聞きつけたのか、長い間音信不通だった父が突然現れた。
目的はお金だった。
母が苦しい家計をやりくりして掛けていた保険金が彼女の手元に入ったからだ。
父は再婚相手との間に生まれた子供が、和音に会うのを嫌がったからだとか、でも和音のことはずっと心の底で思っていた。忘れたことは一日もない。など好き勝手なことを言ってきた。
「男なんて…信用できない」
大嫌い。
意識を失った和音は、そんなうわ言を口にしていた。
「そんな悲しいことを言うな。わたしは和音を裏切ったりしない。残りのこの命は、君とお腹の子のために使うと誓う」
そう囁いた声は、眠っていた和音に届いたのか届かなかったのか。
力を込めて寄せていた和音の眉間が、少し緩んだ。
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