信号機人間

茶茶

第1話 赤信号

身に纏った光は、赤色。長い波長に身を寄せ合い、腹へりのお迎えを待つ。


いつのまにか閉じ込められた世界は赤で、ただ赤色で、画面越しの青空が眩しい。何度も叩いて、助け求めるけど、いつだって横断歩道を渡る人間どもは無視、むし、ムシ。わたくしにだって感情はあります。なんて怒ってみても返ってくる言葉ひとつなどありません。


信号機の中の人という、仕事を勝手に割り当てられました。このような仕事など、好きでやっているわけではありません。勝手に、勝手にやらされているだけであります。わたくしは、この職の前は普通の会社員をやっておりました。中間職でした。妻と子供もおります。 

     

急にいなくなったわたくしを前に妻と子供はどうしているのでしょうか。

妻はその朝パンケーキを作っていました。わたくしは、妻のパンケーキが大好物であります。パンケーキを食べる前に、ゴミ出しに行くと妻に声をかけて、ゴミ袋を両手に階段を下っていました。すると、視界が途切れ途切れになり、いつのまにかここにいたというわけであります。


もちろん、最初は驚きました。ここから出してくれと、大声で叫びました。何より、お腹が空いていました。わたくしはこの世で一番好きな妻のパンケーキを残して、ここにきてしまったのです。非常に無念でなりません。あぁ、またお腹が鳴りました。ここでは、ご飯はもらえません。洋服を脱ぐことも許させず、ただ直立しているだけであります。


わたくしの存在意義などどこにあるのですか。信号機というだけで価値などあるものですか。この瞬間もただ赤い人という認識だけであります。あぁ悲しいったらありゃしない。


わたくしのお腹の声はどこまでも鳴り響きます。


後ろを振り返ればどこまでも人工的な赤。目がチカチカしてきます。わたくしの心は分解され、半分は信号機に侵食されつつあります。わたくしという存在が食べられているなぁと感じます。皮膚の下の血液が自分以外の誰かに所属している。そんな感覚など、本当は必要もないのです。されども、わたくしはそれが心地よいなど思ってしまう、大馬鹿者なんです。笑ってください。そうでもしないと生きていけないんです。


わたくしはスマホを片手に素早く歩いていく人間どもが憎くてなりません。えぇ、ただの嫉妬です。わたくしにはない日常を、彼らはさも当たり前のように過ごしているのですから。


よじれた概念はいつ元に戻るのでしょうか。わたくしはいつまでここにいればいいのでしょうか。


あぁ、お腹の音がまた鳴りました。しかしながら、この音は誰にもとどきません。



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