月が綺麗だと思える場所にいたいと、思っている。
硝水
最初は偶、愛故でしょ。
「ばきゅーん」
目があった瞬間、銃声を口頭で発しながら弓を構えられた。それが柳瀬ミノリとの出会いだった。
「……どちら様ですか?」
「柳瀬と申します。キミの守護天使です。嘘です」
嘘なの? 柳瀬と名乗ったその……羽の生えた、天使?は金髪を揺らしながらぺこりんことお辞儀した。天使と聞いて想像するルックスに当てはまるのは真っ白な羽と金髪くらいで、オールホワイトでコーディネートされた服はどっかのマネキンが着ていた気がするし、羽があるとは思えないほど履き古された白いスニーカーは僕も昔履いていた気がする。
「はぁ」
「お話したいことがあるので、一曲付き合ってもらいます」
「一曲……?」
というか、拒否権、なし。そのままずるずると引きずられてカラオケボックスで熱唱して帰った。柳瀬は僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもうアポロ十一号は月に行ったっていう曲を歌っていた。
柳瀬は春夏秋冬いつでも白を着ていたので、眩しくて、どこにいても目立っていた。僕はさして目立つ色を着ているわけでもないのに柳瀬は、僕が柳瀬を見つけるより先に僕を見つけて近づいてきている。ショート丈ダウンのポケットに両手を突っ込んだ柳瀬はポケットに突っ込んだままの片手をわずかに上げた。裾がめくれてヘソが見えた。寒そうだ。
「待ったかね」
「今来た」
「嘘吐き。キミは十五分前にはそこに立っていた」
「……見てたなら声かければいいのに」
「待ち合わせ時刻は今だからね」
そう言われて腕時計を見ると確かに秒針まで一時ちょうどを指している。
「僕は柳瀬を待ってたんだから」
「でも待ち合わせ時刻その時までは、それってキミの時間でしょう」
「そう、なのか……?」
「さぁゆくぞクリームソーダ巡りへ」
「巡るの……?」
もう木枯らしがびゅうびゅうとかそういう感じの気候なんですが。まぁ僕はホットコーヒーを飲むのでいいのですが。
「実はキミに会わせたい人が三人ほどいるので、喫茶店を三軒巡ります」
「また勝手にそういう……」
「ふーん、櫛見はアイとふたりっきりがよかったんだね」
「そういうわけじゃないけど」
「そういうわけじゃないんだ……」
「何なんだお前は」
「まぁここはアイの奢りですから」
お金ハンドサインをしながら白い歯を見せてニッと笑う。
「そういえば柳瀬って何歳なの」
「何歳に見える?」
両手をグーにして顎にあて、上目遣いできゅるきゅる見つめてくる。そういうの抵抗ない歳なのはわかった。
「うわめんどくさいやつだ。じゃあ仕事してるの?」
「仕事してるように見える?」
「その言い方だと無職を誇ってるように聞こえる」
「これで本当に無職ならどれほどよかったか……」
眉間をつまんでぎゅっと目を瞑り、悔しいです感を全面に出しながら歩いているということは、柳瀬はこう見えて社会天使なのか。社会天使とは?
「天使ってどういう仕事するの?」
「アイは天使ではないが、まぁ、月下氷人とか」
「げっかひょうじん……?」
「仲人ってやつさ」
市松柄に貼られたタイルを同じ色だけ踏み抜いていく後姿を眺める。大きな羽に遮られて、その華奢な体はほとんど見えない。柳瀬の解像度が上がったことにより、一層遠のいたような気がする。柳瀬は大人で、よくわからない仕事をしていて、天使っぽい何かだ。子供で、学生で、人間の僕とは違う。
「柳瀬はなんで僕と仲良くするの」
「理由が必要?」
わからない。でも、ある程度不公平な関係には、何か確固たる理由があったほうが納得がいく。
「必要、だとしたら」
うーん、と考え込む素振りを見せながらその青い目は微笑んでいて。
「そうだなぁ、キミのことが好きだから、って言えたらよかったのにね」
カラコロと鳴るドアの向こうへ、柳瀬も柳瀬の声も吸い込まれていく。ちゃちなシャンデリアの下で、柳瀬と知らない人間が笑っている。
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