第36話

 イースメイムの魔術師による後方支援によって進軍してきた帝国兵の陣形が大きく崩れ始める。

 巨大な火球が着弾する度に周囲は轟音が鳴り響き、地面が爆散し土が高く弾け飛んでいくのが見えた。

 ガルダ平原一帯に焼け焦げた臭いと共に煙が立ち上り、それを見た部隊長が手に持った剣を掲げて大きく叫んだ。


「今だ! テイルリザード隊、突撃ィ!」


 今が好機と判断した部隊長は空に向けた剣を帝国兵の方向目掛けて振り下ろし、号令を轟かせる。

 その声に今かと待ち構えていた青と黄色の鱗に包まれ眉間に鋭い角が生えたリザード型のモンスター、テイルリザードを騎乗とした部隊が一斉に前進し始めていった。

 一番槍を任されたテイルリザードにはその体に顔を中心に薄く鋭利な装甲を身にまとっており、一気に帝国兵の方向にかけ走っていく。

 リザードバックのような力強さはないが、悪路をかけ走る為に発達した四つ足は場合によっては並みの騎乗生物よりも早い。


「おおおおっ!!」


 テイルリザード隊の兵士が士気を高めていくように声を挙げて黒い煙の中へと突っ込んでいく。

 地面は先ほどの魔術でところどころ抉れており、凹凸のある状態だったがテイルリザードはそんなのお構いなしに走っていった。


 ――ガキィンッ!!

「ッ!?」


 その時、黒い煙の中を進んでいたテイルリザードの角から金属の音が鳴り響く。

 その音は同じように突撃した者からにも響き渡り、テイルリザードに乗っている兵は目を凝らして先を見るとそこにいは複数人の帝国兵が盾を重ねて構え、堪えている姿が目に映った。


「うおおっ! やらせん!!」


 装着している魔導アーマーの稼働率を上げて突撃してきたテイルリザードをなんとか抑えているのを見た兵士は思わずゾっとする。

 テイルリザードは興奮しやすい性格で自慢の角で獲物を突き殺すという生物であり、その勢いを止めるのは並大抵ではない。

 ましてやウエスメイムが誇る鍛冶職人のドワーフ達が作り上げた装甲を身にまとっているのだ。

 いくら盾を重ねているからといってこの突撃で吹き飛ばされず後方に少しずつ押されている程度で済んでいるこの光景は異常であった。


「――このっ!」


 耐えられているこのままでは状況を立て直してくるのを予感した兵士は手に持ったメイスで思い切り盾を上から殴りつける。

 それを皮切りに他の兵士たちもそれぞれがメイスで盾を殴りつけていく。

 なんとかしてここを突破しなければならないという焦燥感がわき始めていき、殴りつけているメイスにより力が籠っていく。


「がぁっ!」


 メイスで殴りつけていく中でテイルリザードが拮抗していた角を大きく振るうと流石にこれには帝国兵たちも堪えることができずに吹っ飛ばされてしまう。

 陣形の隙間を開けたテイルリザードはそのまま中へと足を動かし内部へと突撃していくとその先を見た兵士は凍り付いた。


「なっ……」


 そこにはすでに体制を立て直した帝国兵たちが一列に並んで魔導ガンを構えている光景であったのだ。


「撃てェ!!」


 発射の合図と共に突破してきたテイルリザードに魔導ガンの弾を浴びせていく。


「うおおおっ!?」


 青い弾道が次々と降り注ぎ、テイルリザードもそれに乗っている兵士もその攻撃をモロに食らってしまう。

 装甲に身を包まれているとはいえ、大量の攻撃を食らえば話は別でありテイルリザードの興奮は頂点に達すると暴走気味な挙動で悶え苦しみ始めた。


「ギャゥオッ!!」

「お、落ち着けっ!! うわっ!」


 突撃した勢いは先ほどの盾の部隊によって完全に失っており、テイルリザードは距離を取っていた魔導ガンの部隊に辿り着くことなくやられていく。

 振り落とされた兵士が見た光景は自分と同じような状態になっている仲間と、その次はこちらを囲んでくる帝国兵の姿であった。


「なんだと……? 全くダメージが入ってないぞ……!!」


 上空で待機していたベリルがテイルリザード隊の惨状見て思わず呟く。

 あの大規模魔術を食らった帝国兵は陣形が崩れただけで大きな被害は見られない。

 その頑丈さと魔導ガンの一斉射撃の恐ろしさを空の上でも理解した。


「まずいぞアイリス!! 彼ら助けるぞ!!」

「グアッ!!」


 ベリルの言葉にアイリスは上空から一気に帝国兵のいる方向に降下するとベリルは弓を構えてアイリスから魔力を受け取っていく。

 その魔力を生成すると、いくつもの矢を生成させ構えた。


「――いけっ!!」


 アイリスは地上にいる帝国兵に向かってギリギリまで降下するとベリルはその勢いのまま矢を放って行った。

 複数の矢はアイリスの真下にいる魔導ガンを構えた帝国兵たちに頭上から降り注いでいく。

 空からの攻撃は帝国兵の隙をついた形になり、魔導ガンの部隊は大きく動揺し始めた。


「よしっ! 効いているぞ! もう一回だ!」

「グアッ!! ――ッ!?」


 空からの攻撃に手ごたえを感じたベリルだったが突如として自分の周囲が爆発した。

 アイリスは自慢の速度と繊細な動作でその爆発をすり抜けるように回避して上空へと非難した。


「なんだっ!? 爆発!?」

「ガァッ!」

「まだ来る! アイリスもっと上へ飛ぶんだ!!」


 飛んでいるアイリスの後ろから付いてくるように爆発の連鎖を見てベリルは高い位置に避難するように命ずる。

 ベリルはそのまま振り向いて地上を確認すると、魔導ガンのさらに後方の位置に筒状の兵器を地面に設置して構えている帝国兵の姿が目に映った。


「あれがそうか!」


 筒状の先が上空に向けているのを見て、恐らく竜騎兵に対抗するための対空砲のような手段なのだろうと理解しつつ、その部隊に先ほどの同じような攻撃を行っていく。


「くっ! 思うように攻撃できない……!」


 構えた弓からいくつもの矢を対空砲を構えている帝国兵に降り注ぐが、その爆撃による抵抗は激しく思うような被害を出すことができない。


「グァ! グアァ!!」


 アイリスもこの爆撃の中を攻撃しながら突き進むのは危険だと言う。


「くそっ……。他の竜騎兵がいれば……。いや、僕がもっと強ければ……!」


 竜騎兵の得意とする戦法は空からの魔術などによる広範囲攻撃だが、ベリルは魔術が使えずアイリスは火が吹けない。

 その代わりとして、アイリスの飛行速度とベリルの精密な弓の攻撃を重視した遊撃が主な役目であったが今回はそれが通用してないことにベリルは思わず唇を嚙み締めた。


「おいおい! なんか不味いんじゃないか!?」


 地上では前衛部隊の惨状を見たピークコッドがマホに対して声を荒げる。

 だがマホの顔は冷たく静かな表情をしており、自分たちと同じ景色を見ているのか疑問さえ浮かんでしまう様子だった。


「何をそんなに慌てている」

「いやだってウエスの兵士たちヤバくないか!? もう一回さっきの魔術で援護したほうがいいんじゃ……」

「馬鹿者。今それをしたら近くにいる味方にも被害が出るだろう。それにさっきの魔術はインターバルが長い。そう易々と撃てばその隙を突かれる」

「で、でも……」

「……っ!!」

「おい、どこへ行く」


 戦場の状況を見たラティムは思わずそこへと向かおうとするのを見てマホが厳しい表情で睨みつける。


「お前たちには最後の砦としてここに待機させているんだ。勝手は許さんぞ」

「ラティム……」

「…………」


 土台に乗っているマホを下からラティムは睨みつけているが、マホも負け時と返していく。

 二人の緊張が高まっていく空気の中、リリーはただオドオドとした様子で彼らを見る

 しかできずにいた。


「それにみろ。部隊長が動き始めた。もしも大規模魔術を放つ機会があるとすればその後でいい」


 マホの視線をリリー達は追うと、そこにはリザードバックに騎乗した部隊長が率いる隊が突っ込んでいく姿が目に映った。

 先を行ったテイルリザード隊を救うべく、残りの前衛部隊が一気に突撃していった。


「おおおおっ!!」


 それを見た盾を持った帝国兵たちが同じように固まってその突撃に備える。

 だが先に突破したテイルリザード隊によって陣形は完全に整っておらず、空いた穴を突くように突破していった。

 それを後方にいた帝国兵はすぐに魔導ガンを突破してきた部隊に銃口を構えた。


「堪えろー!!」


 引き金を引き、青い弾幕が部隊長たちを襲う。

 リザードバックはテイルリザードよりも頑丈で、身に着けた装甲もより重厚な物になっているがこの攻撃は受け続けられるほど優しくはない。

 それでも進むしかない前衛部隊は強引なまでに前進していくと、突然その弾幕の雨が止んだ。


「!?」


 顔をあげて先を見ると、そこには帝国兵が魔導ガンの銃身から青い結晶を取り出しているのが見える。

 恐らくあれが青い弾を発射させるためのエネルギー原なのだろう。

 そしてそれを握り、魔導アーマーの背中にある魔結晶からエネルギーを充電していくのを見て部隊長は大きな声で命令した。


「奴らの攻撃が止まった! 今が好機だ! 一気に進めェ!!」


 部隊長の言葉に付いてきた他の兵士たちも声を挙げて一気に前進していく。

 怒号を挙げながら愚直に進んでいくウエスメイムの兵を見て帝国兵もなんとか充電を終え、青い結晶を元に戻して魔導ガンを構える。

 だがすでにその距離は迫ってきており、引き金を引く頃にはすでに間近に迫っていた。


「おおおおっ!!」


 リザードバックが青い弾幕を体で受け止めつつ、頭突きをするように突っ込んでいくと、魔導ガンを構えていた帝国兵たちを大きく吹っ飛ばして行った。

 それを皮切りに他の兵たちも帝国兵たちを次々と打ち倒していく光景は少しずつ連盟軍に状況が傾いていくようであった。

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