告白デスゲーム
神坂 理樹人
序章 不運な少年のはじまり
第1話 幸運で不運な男の子と不運で幸運な女の子
人は生まれたときから一生の運の量が決まっている、という言葉は、人間が不運を呪い、諦め混じりに自分を慰めるために使う定型句だが、
七希の生まれ持った運が決まっているとすれば、小さじ一杯、いや塩ひとつまみほどしかない。
小さなことなら、じゃんけんは人生で一度も勝ったことがなく、おみくじはいつも大凶。もっと言えば同級生の誰よりも遅い四月一日生まれ。そのせいかは知らないが体格にも恵まれず頭の回転も早くはない。
それでも不運だからこそ
四月から通うことになった高校も第一志望ではなかった。二つの候補のうちどちらにするか、両方の願書を書いて悩んでいたら、締切直前になって慌てた母親が間違えて七希が諦めた難度の高い方の高校に出願してしまった。でも、そのおかげで中学の仲間が毎日遅くまで勉強に付き合ってくれたおかげでなんとかこうして合格することができた。
そして、この
「今日もきれいだなぁ、不二さん」
七希の見つめる先。垂れてきた前髪を耳にかけながら、手元の文庫本に視線を落とす少女から目を離せないでいる。
野暮ったい丸メガネに、本を読むには邪魔になりそうな長めの前髪。編み込んだ髪を右肩に垂らして時々毛先を指でくるくると遊ばせている。
それでも七希の目を引いたのは、度のきつそうなメガネの隙間から覗く大きな丸い瞳とすらりと鋭角に流れる顎のライン、ツヤツヤと光る肌、白く長い指先。
例えるならまだ磨かれていない宝石。ありのままの容姿で飾っていないのに、ほんのりと淡い光を放っているような自然な
七希の席から美咲は左隣。でも美咲の姿をはっきり見られるのは、休み時間に友達と話していて視界に入る時とプリント用紙を後ろに回す時の一瞬だけ。
でもその一瞬が、七希にとって一日で一番楽しい瞬間だった。
「きっと不二さんがきれいだって知ってるのは、僕だけなんだろうなぁ」
クラスには派手なメイクをしてクラスの中心になり始めている女子グループもいる。美咲はそんなグループとは少しも関係ないようにいつも気配を消すように背中を丸めていた。
七希は七希で、声をかける理由も勇気もないままただ遠くから眺めているだけだった。
実は七希以外の男子生徒たちも美咲の隠された美貌に気付いていたのだが、誰もが七希と同じように自分だけが気付いていると思い込んだまま、男子生徒たちの間では公然の秘密として美咲の密かな人気は誰の口から出ることはなかった。
そんな生活が大きく変わったのは何気ない一言からだった。
「不二って地味だけど結構かわいいよな。化粧するとたぶん化けるぜ」
朝のホームルーム前、教室にも廊下にも生徒がたくさんいる中で、誰もが言わなかったことが大声で明らかにされた。いつものように猫背のままの美咲に一気に視線が集中する。教室中の注目の的になった美咲は逃げるように小さな文庫本に隠れた。
「え、不二さんって他にいないよね?」
「嘘だろ。俺だけだと思ってたのに」
戸惑いと衝撃の小さな波が広がっていく。空気の読めない一言を放った男だけが一人、周囲の雰囲気が変わったことにキョトンとして首をかしげている。
誰もが知っているけれど、誰もが知らないふりをしている。
そのパンドラの箱を開けるのは、いつだって勇気のある愚者なのだ。
ただ今回は開けた相手が悪かった。
大声で美咲をかわいいと言ったのは、隣のクラスの山下という男で、入学早々サッカー部の期待の新人として美咲とは違って周囲から公然とイケメン扱いされていた。男子生徒が美咲に隠した感情を持っていたのと同じく、女子生徒にも山下を想っていた人は多かった。
その山下が、目立たない、猫背で暗い不二美咲を。かわいい、と言った。
ただのモブだったはずの美咲がヒロインになる。それを許せないと思う女子がいるのは当然のことだった。
クラスの雰囲気が変わったのは翌日からだった。
どこか冷たく感じる張りつめた空気は、七希やクラスメイトにはすぐにわかった。教師たちは気付かないのか無視しているのかはわからないが、美咲の扱いが変わったことは誰の目にも明らかだった。
元々美咲が話している姿を見ることは少なかったが、休憩時間ごとにどこかに姿を消すようになった。自分の席に座った美咲の背はさらに丸くなり、小説に目を落としていた輝く瞳は伏し目がちで怯えたものに変わっていった。
数分も経たないうちに誰もが理解した。不二美咲はイジメの標的になったのだ、と。
陰湿なイジメは発見もされにくく、表立って問題は起こらない。教師からの頼まれごとや掃除当番をいつも担当している。ペアを組ませると余る。ディベートをしても誰とも話をしている気配がない。
イジメが起きていると知っていなければ見逃がしてしまうことばかりだ。
ただ美咲にとっては息をするのも嫌になるほどの疎外感がずしりとのしかかっているようだった。
美咲も七希もクラスにいる誰もが、声を上げられない。何も間違っているわけではない。
ただ少し貧乏くじを多く引いている。一見するとそう見えてしまう。
ただその雰囲気に飲まれないくらいには、七希の不運は年季が入っている。
その日最後の授業の終わりだった。宿題になっているノートと問題集を提出するために、クラス全員分が集められた。教卓には二つの山になったノートが積まれている。
「うーん、さすがに多いから誰か職員室まで運んでくれ。今日は十六日だから、出席番号十六番。運が悪いと思って恨みっこなしだからな!」
十六番はもちろん七希だ。
「こういうときって僕になるよね」
特に落ち込むでもなく、七希は教卓に積まれたノートを問題集の上に乗せる。重いことには重いが、男子高校生一人に持てない重さじゃない。
「吉岡、大丈夫か?」
「うん。へーきへーき。先に帰ってよ」
そう答えながら、横目に美咲の姿を見る。申し訳なさそうな、怯えたような目で七希の言葉を待っている。
代わりに不二さんがやっておいてよ。
そう言われたら美咲は断ることなんてできない。それは七希も美咲もわかっていることだった。
「不二さんもまた明日ね」
周囲に聞こえないように小さな声で伝える。美咲は答えないまま小さく頷くと、顔をカバンで隠して逃げるように教室を出ていった。
「大変な量だけど誰かが代わりに休めるなら、ラッキー、だよね?」
積み重ねたノートたちを両手でしっかりと抱えて、七希はゆっくりと職員室へと向かった。
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