10 共にいる理由

 その後も二人は大通り沿いの店を中心にぶらぶらと散策する。

 他地方人の二人連れは珍しいらしく、店の人だけでなく村人にもじろじろ見られるがルーフェが意に介した様子はなかった。


「何も悪いことしてないんだから、堂々としてればいいの」

「あ、それ、……ハシバさんもそんなこと言ってた」

「え、そうなの? んー……そっか」


 ふふ、と笑うルーフェ。


「? どうかしたのか?」

「いや、ね。なんだかんだ言うけどハシバも困っている人は放っておけないんだなと思って」

「それは……そうかも」


 態度に棘はあれど、疲れているであろうレティスの荷物を持ったり、転びそうになったところを助けてくれたり、神殿関係者への口利きをしようとしてくれたりと色々配慮してくれている。


「ね。あの愛想のなさでだいぶ損してると思うわ」


 呆れたような口調ながら、ルーフェの声色はどこか明るかった。


 見るところは見たかなと帰路につこうとしたルーフェをレティスは引き止める。特に行きたいところがあるわけではなかったが、昼まではまだ時間がある。

 もう少し色んなところを見てみたいと伝えるとルーフェは二つ返事で頷いた。


「そうね、もうちょっとぶらぶらしよっか。あ、そうだ。これ、レティスにあげる」

「え、……これ、さっきの?」


 土産物屋に立ち寄った際に購入していたハンカチだった。


「うん。レティスの目に似て綺麗だなって思ったの。グレーのようにも、濃紺にも見えるでしょ」


 よかったらもらって、とルーフェは目を細める。

 断る理由がなくてレティスは素直に受け取った。


 歩いているうちに村の外れの方まで来てしまった。公園とも言いがたい広場には一面雪が積もって眩しいくらいだ。

 さくさくと雪を踏む小気味良い音が響く中、ぽつりとレティスは口を開いた。


「なぁ、ルーフェとハシバさんって……」

「ん? 何?」


 声が小さくて聞き取りづらかったのか、先を行くルーフェが首を傾げつつ振り向いた。

 ゆるく三つ編みにされた髪が揺らぎ、エメラルドグリーンの瞳がまっすぐレティスを射抜く。


 ――くれぐれも、彼女に直接問うような真似はやめてください。


 ふとハシバの声が頭の奥に響いて開きかけた口が止まった。

 気になるからといって聞いていいものなのか。デリケートな事柄にずけずけと踏みこむのはよくないだろとレティスの良心が次ぐ言葉を押し留めた。


「レティス?」


 口ごもったレティスにルーフェは先を促すように視線で問いかけてくる。


「……ルーフェはさ、ハシバさんと何で一緒にいるんだ?」

「え?」

「いや、……その、ハシバさん、ルーフェの付き人だって……」

「それ、ハシバが言ってたの?」

「え、うん」


 旅を円滑にするためにいるとハシバは言っていた。


「付き人……ねぇ。まぁ言い得て妙ってところね」


 何故か困ったように笑いながらルーフェは頷く。


「んーとね、ハシバと私は主従関係にあるってわけじゃないの。ハシバが仕えてる人と私が顔馴染みでね、ノルテイスラをまわるなら連れて行けって言うから一緒にいるというか……。シズもね、その人から預かってるだけなの」


 そう言ってルーフェはレティスの肩の上でくつろぐシズに手を伸ばす。

 白い毛並みを撫でようとするも、シズはするりとルーフェの手から逃げるようにレティスのコートの中へ隠れてしまった。


「ほら、ね。私には懐こうともしない。私の使い魔じゃないの、シズは。……ハシバも同じような感じ、かな」

「そう、なんだ……」


 分かるような、分からないような。


 あくまで第三者を介しての間柄だとルーフェは言うが、そこまで事務的な関係にも見えない。


「二人、仲良さそうに見えるけど」

「えー、そう? 小言ばっか言われてるわよ? まぁ、ハシバも昔からの知り合いではあるから、気心が知れてるといえばそうかも。それに、いてもらわないと困るのも確かなのよね」


 くすくすと笑っていたかと思えば、最後にふぅとルーフェは嘆息した。


 ノルテイスラでのよそ者に対する風当たりの強さを言っているだろうことはレティスにも分かる。行き倒れていた身だけあってそれには深く同意できた。


「……ノルテイスラの人もね、昔はそうでもなかったらしいんだけど。観光客も多かったし、他地方人だからって無下に扱われることもなかった。ハシバも愛想がないだけで嫌ってるわけじゃないと思うから」

「あ、いや……大丈夫。慣れてるから」


 気づけばずっと、それこそ物心ついた頃からレティスはそこにいるのにいないかのような扱いを受けてきた。衣食住には困らなかったものの、言葉を交わすのは不在がちの父と夢うつつな母、それに年の離れた従姉たちのみ。

 相手にされず、空気のようにふるまうのは慣れてしまっていた。


 ハシバに関してもただ愛想がないだけには思えなかったが、それなりに気遣ってもらっているのは感じられるため悪印象はなかった。


「慣れてる、って……」


 まるで痛々しいものでも見るみたいにルーフェの顔が歪む。


「や、そんな気使わなくていいよ。ほんとに、平気だから」

「……笑わなくていいから」

「え……」

「そんな、つらい時に無理して笑うことない。嫌だったら嫌って言っていいのよ?」


 そう言うルーフェの方がつらそうな顔をしていた。


 ここまで親身になってくれて悪い気はしない。下心ありの優しさとは知りつつも、ルーフェの言葉ひとつひとつに凝り固まった心がほぐされていく。


「……嫌、なことはたくさんあったけど、でも、ルーフェと会ってからはないよ。その、ハシバさんの気持ちも分かるし。……こんな得体の知れない相手のこと、信用できなくて当然だって」


 いまだ目的も明かさず、北と南の間の子だという曖昧な存在。


 間の子はいないわけではないが、物理的及び文化的な距離から北との間の子は珍しい存在だ。加えてレティスは外見的に北のノルテイスラの要素が少なく、南のスーティラの血が色濃く出ている。騙っている可能性を追われても無理はない。


 そんな相手に対して、当たりが多少厳しくなるのは仕方のないことだとレティスは思った。


「だったらさ、レティスのこと教えてよ」


 ね、とルーフェはレティスに笑顔を見せる。


「知らないままだと何も変わらない、でしょ?」

「…………えぇ、と……」

「まぁ、無理にとは言わないから」


 返事に窮したレティスを見て、ルーフェは鏡のように困った顔をした。


「そんないきなり言われても、よね。んー……どう言ったらいいのかな……」


 ぶつぶつと思案しながら先を行くルーフェについて歩く。


 太陽がわずかにのぞいていた空は気づけば雲が低く垂れこみはじめている。午後からはまた雪が降るのだろうか。

 どこかすっきりしない空模様はレティスの心を写しているようだった。


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