23-04 *



「……あれ?」

 和都が目を開けると、見慣れない部屋の、大きなベッドの上にいた。

 白い壁に黒い木目の家具で統一された室内。

 身体を起こすと、グレーの薄い掛け布団をかけられていたことに気付く。

 見覚えはあるけれどどこだったか、ぼんやりした頭で思い出そうとしていると、部屋のドアがガチャリと開いた。

「あ、やっと起きたな?」

 部屋のドアを開けて入ってきたのは、紺色のゆったりとしたルームパンツを履き、上半身は裸のままの仁科。シャワーでも浴びていたのか、バスタオルで頭を拭きながらベッドに近寄ってきた。

 そこでようやく、仁科の家の寝室だった、と思い出すと同時に、意識がハッキリする。

「先生、おれ……?」

「こっちに来る途中で、寝ちゃったんだよ」

 ハクが早々に『鬼』を始末し、その後流れるように全てが解決してしまったこともあり、本来の目的である『和都が一人で勝手な行動を取らないように見張る』必要はなくなった。

 だが、バクが離れたことによる体調の変化などがあった場合、自宅に一人でいるのはまずいのでは? ということもあって、結局和都は仁科の家に泊まることになったのだった。

 狛山駅前にあったファストフード店で五人一緒に遅い夕飯を食べ、それぞれの家まで送っていき、その後仁科の家に向かう途中、和都は車の中で寝落ちたらしい。

「背中とか、色々診たいから、ちょっと上脱いで」

「……あ、はい」

 和都が言われるままに上に着ていたシャツとインナーを脱ぐと、ベッドに上がってきた仁科がバスタオルを肩にかけたまま、背中や腕にケガがないかとしっかり診る。

 特に背中の札を貼った辺りは、何か跡が残ってしまっていないか、顔を近づけて念入りにチェックした。

「……うん、跡とかも残ってないし、身体のほうは問題ないかな」

 そう言ってこちらを見た仁科に、和都は少し違和感を覚える。いつも見ている顔に、何か足りない。

「先生、メガネしてなくて、見えるの?」

 足りないものに気付いて聞いてみると、仁科はああ、かけ忘れてたな、という顔をした。

「ああ、メガネなくても、一応生活する分には大丈夫なんだよ」

「へー、そうだったんだ」

「でも運転するからね。掛けなくても一応大丈夫なんだけど、掛けてたほうがちゃんと見えて安全だし」

「そっか」

 仁科は納得する和都の顎を手で少し上げて、今度は和都の目のほうをじっと観察する。

 診るのは特に、バクのチカラが残ってしまった、左目。

「……今は黒目だな。見え方は? 見えづらかったり、霞んだりはしない?」

 跡地で見た時は黒目の部分が金色に染まり、バクと同じ六つの細長い瞳孔が花のように広がっていた。

 今はこれまでと同じ、夜空のように深い黒。

「うん、そこは特に変わんないけど……」

「けど?」

「山の麓の駅、改札に黒いヤツ、いたでしょ?」

「あー、いたね」

 和都に言われて、仁科も思い出す。

 菅原は電車の方が早いからと、そのまま駅で別れたのだが、その時に三つある自動改札の一つの隙間に、天井まで伸びる真っ黒い影がぼやぁっと立っているのを視た。

「あれが前より少し、薄いっていうか、ぼんやりした感じに視えた」

「なるほど。俺にはハッキリ黒いのが視えたから、ちょっと視界は変わって視えてるかもね」

「……そうみたい」

 バクの言っていた通り、以前より視えるチカラは弱くなっているような気がする。

「まぁ、これまで分けてた霊力チカラを全部使っちゃったって言ってたし、チカラが増えればもう少し視えるようにはなると思うけど」

「そっか、そう言ってたね」

 視えて楽しいものではなかったけれど、今まで視えていたものが急に視えなくなるのは、それはそれで妙な恐怖感があった。

「不安?」

「少し……」

 素直にそう答えると、仁科の大きな腕が伸びてきて、そっと抱き寄せられる。

「今まで視えてた世界が変わるのって怖いよなぁ。でも、完全に視えなくなるわけじゃないし」

「うん」

「もし困ったら、俺に言えばいいからね」

「うん」

「よく、頑張ったね」

 大きな手が頭を撫でて、そう言った。

「……うん!」

 ようやく、いろんな緊張が解けた気がして、つかえていた何かが涙と一緒に溢れ出す。

 死んでしまうかもしれない恐怖と、何も変わらないかもしれない絶望。

 悲しみも喜びも、全部が一緒になって渦を巻いているようだった。

 仁科は和都の大きな瞳から止めどなく流れてくる涙を拭い、そのまま両手で顔を包むと、唇を重ねる。

 それからゆっくりベッドの上に押し倒して、静かに唇を離した。

「これからも一緒にいるから」

「うん」

 そう囁く仁科に、和都は嬉しそうににっこり笑う。

 ベッドの上に二人で並ぶように横になると、そのまま向き合うように身体を寄せあった。

 そういえば、上は互いに何も着てないままだ。

 和都が仁科の胸元に頬を擦り寄せる。

 肌のしっとりとした感触と、その下からじんわりと熱を感じた。

 そして、トクトクと内側から命の流れる音がする。

 生きている音だ。

「……人の肌って、あったかいんだね」

「そりゃあね」

 仁科が小さく笑って、和都の頭を撫でながら、二人分の身体を包むように掛け布団をかけた。

 そっと縋るように、頬をつけたままの和都の頭を、仁科がそっと撫でる。

「落ち着く?」

「うん。なんか、安心する」

「そっか」

 そのまま二人でぎゅっと抱き合ったまま、深い眠りに落ちていった。

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