大学2留したら2浪の美少女受験生と甘やかされ同棲生活する事になった

仮野屋号

出会い

第1・2話 二枚の紙(1)


「長塚さん、起きてください。もう朝ですよ」


 清楚な声。

 強く身体を揺すられて、ようやく俺は目を覚ました。


「うぅ……瀬奈、いま何時?」

「七時半です」

「まだ早朝じゃん……寝かせて……」


 七時半は大学生にとっては早朝なのだ。なんなら日の出前ぐらいの感覚である。

 モゾモゾ動きながら、ぬくい毛布の中に戻ろうとすると、


「ダメですよ。今日は火曜ですよ? 絶対に遅刻できないって言ってたじゃないですか」


 そうだった。

 火曜の一限には必修の中国語の授業があるのだ。これだけは絶対に落とせない。

 なんせ――俺がこれを履修するのは、『』なのだから。


「瀬奈……水、水飲ませて……」

「はい、ちょっと待っていてください」


 姑息な時間稼ぎを試みる。

 とたとたと、かわいらしい音を立てて声の主が去っていく。その声が戻ってくる前にどうにか布団から出る覚悟を決める。


 ……よし!

 ガバッと一気に身体を起こすと、ちょうど『彼女』がキッチンから戻ってくるところだった。


 彼女――俺が「瀬奈」と呼んだ女の子。

 よく整えられた長い黒い髪に、あどけない表情。人形みたいに小柄な背丈。透き通るように清楚な美少女。

 まさに、日本の古き良き大和撫子。エプロンを着けたその姿は、結婚したての新妻みたいだ。


 俺は今、この子と同棲している。



「どうぞ」

「ありがと~」


 コップを受け取って一気に飲む。四月になってどんどん暖かくなっているので、冷たい水が心地良い。


「ふふふ。ちゃんと起きれて偉いですね、長塚さん」


 ニコニコと微笑む瀬奈。

 起床しただけで褒められてしまった。ちょっと照れくさいな。


「朝ご飯できてますよ。着替えたらどうぞ」

「あい……急いで行くわ」


 まだ眠気の残る声で返事をすると、瀬奈は再びとてとてと去っていった。



 適当な服をクローゼットから引っ張り出して着替え、自分の部屋から出る。

 

 ダイニングのテーブルには、美味しそうな朝ご飯が並べられていた。

 盛られたご飯に、味噌汁。おかずは焼き鮭と卵焼き。漬物の小さな皿もある。


 まさに理想通りの朝ご飯。相当手間がかかっているだろうに、これを調理した本人はそんな苦労を微塵も顔に出さずニコニコと微笑んでいる。


「どうぞ召し上がってください。長塚さんのために腕によりをかけて作りました」


 長塚さんのために、だって。かわいいこと言ってくれるじゃないか。

 礼を言って席に着き、さっそく食べ始める。


 ……うん、うまい。どれも絶品だ。



「すいません、私は先に食べてしまったので……『』の方を」

「ああ、気にしないで」

「ありがとうございます。では失礼して」


 瀬奈は味噌汁の入ったお椀を少しどかして、テーブルにスペースを作る。

 そして、そこに参考書とノートを広げた。


 真剣な顔でカリカリとシャーペンを使う彼女の様子を見ながら、俺は朝食を口に運ぶ。

 最近になってようやく慣れてきた、我が家のいつも通りの光景である。


 事情を知らない人が見たら、俺達の様子をどう思うだろうか。

 若い夫婦の新婚生活? 大学生同士のカップル? それとも年の離れた兄と妹?


 どれも違う。というか、きっと誰にも当てられない。

 なんてったって当人の俺がまだこの状況を信じられないぐらいなんだから。


 俺は確かに大学生だ。でも普通の学生じゃなくて、

 そしてこの瀬奈という子も普通じゃない。彼女は大学受験に失敗して、



 俺は現在、この子と同じアパートで同棲している。生活費はこっちが出しているが、洗濯や料理などの家事は全部瀬奈がやってくれている。

 家事だけじゃない。とにかく瀬奈には甘やかされっぱなしだ。朝起きただけで褒めてもらい、大学に行くだけで褒めてもらい、家に帰ってきただけで褒めてもらっている。


 二留の大学生と二浪の受験生。

 俺がどういう経緯で瀬奈と出会い、どうしてこんな甘やかされ同棲生活を送る事になったのか――


 日付は、数週間前に遡る。




──────────────────




 二留だ。

 俺――長塚大和は今日、二留になった。


 「二留」ってのはつまり、大学を二回留年しているって事だ。

 普通の人間は大学で留年なんかしない。つまり相当ヤバいことをしてしまったのだ。


 まあ、俺は単純に授業に出てなかったんだけど。


「…………」


 アパートに届いていた留年通知書を、ただ、ボーッと眺めてみたりする。


 紙の真ん中にはでっかく「原級」と書かれている。

 原級ってのは文字通り同じ学級に留まるって意味だ。進級不可能。何度見返したってその文字は幻覚じゃなかった。


「はぁ……」


 溜め息をつくと同時、腹もグゥ~と鳴った。

 そういえば夕飯を食ってない。


 新発見だ。留年しても腹は減る。これでノーベル賞取れたりしない? 無理か。



 冷蔵庫には何も入ってなかった。仕方なく駅前のコンビニまで向かう。

 家を出ると、春の夜の空気がした。先日まで降っていた大雨は止んでいる。もう三月も終わりだ。


 四月になれば、俺は3回目の二年生になる。

 3回目の、二年生。


「…………」


 俺が住んでいるのは東京から埼玉方面に向かった旭台という街だ。ほどよく田舎って感じでちょうどいい。大学からはちょっと遠いが、どうせ二年近く行ってないので変わらない。

 私鉄の旭台駅の前に、塾やらカフェやら色々なテナントが入った建物がある。そこの一階のコンビニで適当に食べ物を買う。


「あ……、スパイシーチキンもお願いします」

「はーい」


 これこれ。忘れるところだった。

 コンビニ来るとついホットスナック買っちゃうんだよね。健康には悪そうだけど、そんなん二留が一番健康に悪いしな。今更変わらん。

 

 レジ袋片手に、コンビニを出る。

 足を向けたのは、家への最短経路ではなく若干の回り道だ。今日は普段とは違うルートで帰ってみよう。

 留年をすると散歩が趣味になる。暇すぎるからね……。


 最近は寒さも薄れて、夜中に散歩できるようになってきた。

 夜は好きだ。俺の情けなさを深い闇が誤魔化してくれるような気がするから。


「これからどうすっかなあ……」


 なんとなく、口に出してみる。


 二留って、ヤバいだろ。一留でもヤバいのに二留って。

 人生詰んだな。笑うしかない。アハハハハ!

 

 はぁ……………………。


 いかんいかん。やっぱり腹が減ってると思考がネガティブになるな。

 人通りのない線路沿いの路地に入った所で、俺はレジ袋からホットスナックを取り出す。そのまま孤独な食べ歩きに興じようとしたところで――


「ん?」

「うっ……うぅっ……」


 ――気づく。

 路地には先客がいた。街灯の光に、人影が一つ照らされている。



 それは、一人の少女だった。

 ちょっとビックリするぐらい美しい少女だ。モデルとかアイドルとかそういうんじゃなく……もっとこう、神秘的な、それこそ「女神」みたいな言葉が似合うような。


 まず目を引くのは黒い髪。シルクのような光沢があり、腰まで優雅に垂れ下がっている。それは蛍光灯の光を浴びて微細な金の輝きを放ち、まるで星々が彼女の頭上に舞っているかのように見える。

 シミ一つない白い肌。華奢だが女性らしいシルエットの身体。凜々しいというよりはあどけない印象の表情。端正な顔立ちは涙に濡れて――


 ――涙!?


「ちょ、え……」

 

 思わず驚きが口から出た。

 見間違いではない。その美少女は確かに泣いていた。

 さめざめと、静かに泣いていた。


「……ぁ、うっ……」

「えぇ……」


 どうしよう。どうすればいいんだこれ。いやどうすればとかそういう問題か?

 無視すればいいだろ。無関係の他人なんだし。関わり合いにならなきゃ良い話だ。


 俺は顔を伏せ、そそくさと脇を通り抜けようとする。

 その時、風がびゅうと吹いた。


「あっ!」

「ぉわあっ!?」


 クッソ情けない声を出す俺。

 横顔に何かが触れた。ザワリとする感触。

 なんだいきなり!? 虫か!?


 慌ててそれを掴むと、それは虫じゃなくてペラペラの紙だった。

 紙――というか、普通の紙じゃない。


「これは……」


 それは、模試の成績表だった。

 受験生時代に俺も見てたから知ってる。


 欄外に塾の学籍番号と名前。英語、数学、国語みたいに各教科の名前が並び、その横に点数と偏差値が書いてあって、弱点は古典のどこそこですねとか分析されていて、ついでに志望校の合格判定も載ってる、あの紙だ。


 その志望校判定欄に載っていたのは……

 D、D、D。

 判定はDばっかりだった。一個だけC。


「かっ……返してください!」

 

 硬直していたその美少女が再起動して、成績表を引ったくってきた。


「あ……ごめんなさい西園寺さん」


 反射的に謝罪。

 しかしうっかり名前を口にしてしまい、ビクッと少女の身体が震える。

 やべっ!


「いや違うんですよ! 紙に名前書いてあるのが見えちゃって……別にジロジロ眺めたわけじゃなくて、ホントたまたまで……別にストーカーとかじゃないんで……ホント……」


 半ばパニックになって、しどろもどろに話す俺。

 ヤバい。咄嗟に名前を呼んじゃったのは悪手だった。

 少女は顔を伏せながらプルプルと震えている。もう逃げるしかない。逃げるが勝ち。三十六計逃げるにしかず。


「あの、すいませんでした。さよなら」

 

 俺は踵を返して、


「――私、二浪なんです」


 ……え?


「浪人してたんですけど、また受験大失敗して……落ち込みながら模試受けたらこっちも全然うまくいかなくて、それで……もうどうしたらいいか分からなくて……うぅ……」


 ぽろぽろと涙をこぼす少女。


 に、二浪……二浪か。

 現役生の時は失敗し、浪人したけどまた失敗し、そんでこの春から2回目の浪人生をやろうとしてる……って意味だよな。


 合計3年間も大学受験やってるって事だろ? かなりエグいな……。


「ぅう……うっ、うっ……」

「あ、あの……」


 ジャージにジャケットを羽織った、コンビニ帰りの俺(二留)。

 模試の成績表を手に持って泣いている美少女(二浪)。


 なんだよ、この状況。

 どうすりゃいいんだ俺。マジでどうすりゃいいんだ……。

 「頑張ってください」とか「大変ですね」とか言ってみるか? いや見ず知らずの人にそんなん言えないだろ。なんで俺ここにいるんだろう。もう帰りたい……。



 すると、腹の音が鳴った。

 俺の胃が空腹すぎて限界なのかと思ったが、違う。音がやってきたのは目の前の少女からだった。


「……っ!」


 同時に彼女も音源を理解したのか、カァッと一気に顔を赤くして、腹を押さえて俯いた。


 そのまま何も言わず黙りこくっている。

 時折鼻をすするズビッ、ズビッっという音が聞こえるだけだ。


「…………」

「えーっと、その……」


 泣きながら突っ立っている空腹の少女(二浪)。

 戸惑って何もできない俺(二留)。


 どんな状況だよ、マジで。



 線路を電車がやってきた。減速しながら駅のホームに入っていく。レールに車輪が擦れる音がする。

 風に軋むフェンス。少女の髪が揺れる。雑草も揺れる。準急列車の窓の光。チキンの良い匂いが俺の手元から漂う。


「あの――このチキン、食べますか」

「……え?」


 チキンを差し出すと、少女はぽかんとした顔で聞き返してきた。





 数分後。

 西園寺瀬奈というその少女を連れて、俺は自分のアパートに戻っていた。


「お、おじゃまします……ぐすん」

「えーっと、ハイ、どうぞ」


 丁寧に靴を揃えて室内に上がる少女。

 それを見て俺も慌てて揃える。


 彼女の近くを通ると、髪からふわりと良い匂いが漂ってきた。言葉では表しにくい女の子の匂いだ。


 ……どうしてこんな事になったんだろう?

 落ち着け。落ち着いて経緯を思い出そう。



 俺、チキンを差し出す。

 ↓

 少女(二浪)、夢中になってチキンをガツガツむさぼる。

 ↓

 少女(二浪)、食べながらまた号泣。俺困惑。

 ↓

 レジ袋の中のカップ焼きそばを物欲しそうな目で見られる。その場では作れないので仕方なく俺の家に向かう。


 以上だ。



 ……自分で言ってて頭おかしくなりそう。なんだよこれ。


「あの、お湯沸くまで待っててください」

「はいぃ……」


 俺が借りてるこの物件は2DK。玄関の扉を開けたらすぐダイニングだ。

 そのダイニングの真ん中に、少女はちょこんと座った。テーブルや椅子などの家具は皆無なのでフローリングに直座りだ。ちなみに座布団もない。


「……」

「…………ずびっ」


 少女が鼻をすする音。

 それに背を向けて、俺は何か手元で作業しているフリをする。ただ突っ立ってるには気まずすぎる。


 シュコーッ。

 ようやく、使い古した電気ケトルが湯を沸かした。

 そのお湯を使ってカップ焼きそばを急いで作る。二つ買っておいてよかった……。


「どうぞ」

「ありがとうございますぅ……」


 少女は割り箸を割ると、ズルズルと焼きそばを食べ始めた。

 俺も同じようにして食べる。


 二人ともなぜかフローリングの上で正座だ。ナンデ?


 コンビニのカップ焼きそば。いつもなら喜んで食べるジャンキーなソース味が脳まで伝わってこない。

 だって仕方ないだろ! なんだよこの状況!


 俺はなんで見ず知らずのこの子に食べものを分け与えてるんだろう。しかも自分のアパートにまで連れてきて。

 分からない。

 泣き顔の美少女って妙な迫力があって逃げられなかった。



 人を上げるって分かってたら……いやこんなん分かりようがないけど、もし事前に知ってたら部屋を掃除しておいたのに。


 大学生活三年間で積み重なった荷物の山は俺の部屋をあふれてダイニングまで浸食していた。

 おかげで床に座った俺達の周りは、鬼のように散らかっている。

 中に何が入っているのかも分からないダンボールの山、買ってから一度も使ってない授業テキスト、筋トレ用具、プロジェクターの箱、大学から届いた書類――


 ――書類?


「……? この紙は」

「アッ」


 不思議そうな顔でその書類を手に取る少女。

 マズい!

 その紙は――その紙を見られたらヤバい!


「留年通知書……?」


 終わった。

 コンビニに行こうとして、大学から送られてきた留年通知書をその辺にぽいっと放り投げたんだった。完全に忘れてた。



「留年って……え? 留年ですか? 大学を? 留年? しかも南渡過ナントカ大学って、超名門の一流私立大学じゃないですか! それなのに留年?」


 先ほどまでの涙はどこへやら、驚愕した顔で紙を見つめる少女。

 留年留年って、そんなに連呼しないでくれ!


「留年って……その、えっと……」

「長塚です。長塚大和と申します」


 なんかもう名乗るのも恥ずかしい。


「長塚さん、これ、どうして留年してしまったのですか……? 病気とか、ケガとか、何かご事情があったとか……?」


 違うんです……。

 なんも違くはないけど、違うんです。ホント許してください。


「いやぁ……だらだらスマホ見たりソシャゲやってたら……なんか二留しちゃって……」

「に、二留!? 二回もぉっ!?」


 ヤバい口が滑った。


「長塚さんも、その、受験したんですよね? 受験して南渡過大学に入ったんですよね?」

「ハイ……」

「一生懸命勉強してやっと大学に入ったのに、なんで二回も留年しちゃったんですか……?」

「ハイ…………………………」


 誰か殺してくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!

 頼むぅ゛! 誰でもいい! 今すぐ俺を殺せっ!!


「俺、その、生活習慣がヤバくて……マジ昼の二時とかにならないと起きらんないんで……それで授業行けなくて……」

「そんな不健康な生活を送っているんですか……? 自分から留年しにいっているようなものでは……?」

「その通りでございます……」


 思わず敬語になる俺。

 いたたまれない。マジ死にたい。なんだこの拷問……?


「でも学費はどうしているんですか? 私立だから、お金もかかりますよね?」

「俺の家、無駄に金持ちなんで……一人暮らしの費用も出してもらってます……」


 年下の美少女に正論で詰められる地獄。

 心がグサグサ指されている感じ。なんもご褒美じゃない。



「そ、そうなんですね……ん?」


 不思議そうな顔をする少女。


「長塚さん、一人暮らしなら、このアパートはどうして部屋が二つあるんですか? 彼女さんと同棲していらっしゃるとか?」


 彼女なんているわけねえだろうが!

 こんな二留クソ大学生に彼女なんていねえよ!


 ……ぐっ。

 自分で言ってダメージを受けた。


「入学した時、物件探し始めるのが遅くて……鉄筋コンクリートで駅近のとこ探したらここしか残ってなかったんです」


 その分家賃は結構高いが、どうせ親が全額出してくれているので関係ない。

 親のスネ囓りまくりだ。ガリ○リ君より遠慮なく囓ってる。典型的なダメ大学生だな俺……。


「じゃあ今は誰も使ってない?」

「ハイ。片方は物置になってます」

「……そうなんですね。なら――」


 顎に手を当てて何事か考え込む少女。どうしたんだろう。



「あ、あの……どうしました?」

「……長塚さん、一つお願いがあります」


 キッパリと、決意に満ちた顔で――


「――!」

「……はぁっ!?」


 な、何を言ってるんだこの子は!?


「置いてくださいって……え?」

「この家で一緒に暮らさせてくださいという意味です。同棲、同居、居候、食客、間借り、相宿、下宿、ルームシェアってやつです!」


 いや意味は分かるよ!


「ちょ、え? な、なんで? さ、西園寺瀬奈さんだっけ?」

「呼び捨てで構いませんよ」

「瀬奈、瀬奈、え? 待ってくれ、なんでそんな事を!?」


 目の前の少女が――瀬奈が、何を言っているのか全く分からない。


「私、田舎から東京に出てきて、大学受験のために予備校通いしながら勉強してたんですけど、実は親に二浪するの反対されているんです。今年ダメだったんだから田舎に帰ってこいって言われてて……このままじゃ連れ戻されちゃう……でも行く場所もなくて……」


 そういえば二浪って言ってたな、この子。


「お願いします。家事は一通りできます。料理も得意です、お任せください」

「そんな事言われても……」

「長塚さんの生活習慣、一人で暮らしてたんじゃずっと不安定なままですよ。今年もまた留年したいのですか!? 私がサポートしますから家に置いてください。きっと役に立つと思います!」


 うぐぅっ!

 痛いところを突いてくるなあ……。


「お願いします。夢を――諦めたくないんです」

「…………」


 瀬奈は、頭を深々と下げた。

 正座のまま、俺と彼女は向かい合う。


 表情は見えないが、瀬奈の全身には異様な覚悟が漲っていた。

 その覚悟に押されて、俺は「とりあえず今日はもう寝よう」と提案することしかできなかった。


 逃げたのだ。判断を先延ばしにした。

 一晩経てばどうにかなると思っていた。瀬奈も冷静になって、見ず知らずの男の家に居候するなんてバカな事は言わなくなると思っていた。


 だが甘かった。

 翌朝、想像もつかないほど恐ろしい罠が待ち受けていることを、俺はまだ知らなかった――――

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