紙と嫁と嫁オタク
成瀬イサ
第1話
「いいか? つまりは挨拶を交わしてくれるヒロインがどれだけ世の男たちに勇気と活力を与えてくれるのか、お前は知るべきなんだ!」
それが世界の
彼女とのデート中にそんなどうでもいいことを話すのは彼氏として失格か、はたまた人類失格か。せめて哺乳類という枠には入れさせてくれ。
「んーそれさ、男じゃなくてキミのことじゃない? 彼女のことをヒロインとか言っちゃうあたり」
なかなか鋭い着眼点だ。だがしかし、それがどうしたというのだ。そうだよ。ヒロインとか言っちゃう俺はクラスで浮いてるオタクだよ。オタクで何が悪い。ぼっちな陰キャですかなにかぁ? 問題でも?
「……ま、まぁそういう見方もできるかもしれんが、いやしかし! 挨拶は大事なんだ。ほれ、リピートアフターミー。『おかえりなさいアナタ! 今日もかっこいいわね!』」
「やだよそんな気持ち悪い挨拶。普通に『おかえり』でいいんじゃん」
「気持ちっ……!? そんなこと言ってるけど、お前、俺にロクに挨拶しないじゃんか!」
俺がそう言うと、彼女はシュタバのストローを指先でくるくる回し始める。
「……だってさー、三年も付き合って『おかえり』とか『かっこいい』って言う私を想像してみてよ」
「した」
この速度……、俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「どう思った?」
彼女は僕の目をじっと見て、なにか探るような顔つきになる。どこか緊張しているようにも見てとれた。
「どうって……」
「……うん」
「んー」
数秒瞑目しても、やっぱり思うことは一つしかなかった。俺はそのことをそのまま口に出した。
「――可愛いとしか」
じっと僕の目を見つめていた彼女の頬が少し赤みを帯びた。だが口元はこわばっている。ストローを回す指が一瞬止まり、そのあとすぐにとんでもない速さで回し始めた。
「え、ちょこぼすぞ」
「うるさいなぁ……、だから挨拶は恥ずかしいんだよ……」
せっかくのお気に入りのバナナジュースを無駄にしないよう忠告してあげたというのに、彼女はぷい、とそっぽを向いてしまう。ははーん、これが反抗期というやつか。
外を向いた彼女は何を考えているのかさっぱりだ。再びテーブルに視線を戻したと思ったら、今度はストローを包装していた紙の端と端をつなぎ、輪っかを作った。
「これ、あげるよ」
「ゴミをお願いしたいならそう言えばいいだろ」
「……プレゼントだよ、それ」
「え、なに新手のいじめ?」
「ちーがーうー! 形を見て! 薬指にはめて! 左手の!」
その言葉でようやく気付いた。彼女は指輪の模造品を作ってくれていたのだ。幼児でも作れそうなボロい指輪だったが、大切にとっておこう。
「あ……そーゆーことか。ありがとう」
自分用にもう一つボロ指輪を作りながら、彼女はそっけなく
「別に……いらないなら捨てて全然いいよ」
そう言った。冷たく言ったつもりなのだろうが、表情筋が緩み切っていることくらいバレバレだ。
「ほら。やっぱ可愛いじゃん」
「――っ!! い、言わなくていいよ。そういうの……」
もはや隠しきれていないというのに、それでもなお一生懸命冷たくしている彼女を見て、俺はふっと微笑んだ。
紙と嫁と嫁オタク 成瀬イサ @naruseisa
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