3・助手

 

「クランプスに会う方法?」


 私がしわくちゃのコピー用紙に書いた字を見て、助手さんは驚きの声を上げる。

 なんだか少し恥ずかしくなったけれど、知らない人だし別にいいやと開き直って、私は「ええ」と頷いた。


「なぜそんなことを。身内の方にクランプスの兆候でもあるんですか?」

「いいえ、お礼を言いたいんです。お世話になったから」

「お世話に?」


 不思議そうに問い返されて、うっかり口を滑らせたことに気付いた。本物のクランプスにお世話になるなんて、普通の人間にはあまりないことだ。


「つまり、今日のお話に感動したんです。みんなのために、邪霊を退治してくれているんでしょう? ぜひ一言、お礼の気持ちを伝えたいなって」

「なるほどね。ただ、彼らは正体を隠して活動するのがおきてです。会ってお礼を言われるより、そっとしておいてもらえる方が喜ぶでしょう」


 まったくごもっともな意見だった。でも、引き下がるわけにはいかない。


「じゃあ、手紙を送ることはできますか?」

「住所さえわかればね」

 肩をすくめて言われ、もう軽くあしらわれ始めているとわかって、私は焦った。


 クランプスたちは完璧に正体を隠していて、インターネット上のディープなサイトで情報を探っても、魔女仲間たちに片っ端から情報提供を頼んでも、本物の彼らと接触する方法は全然わからなかったのだ。

 確実な活動日である聖ニコラウスの日の前夜クランプスナハトに空を見上げれば、狩りをする姿を見ることはできるかもしれない。でもそれじゃ‶彼〟を見つけたことにはならないだろう。


 ――君が俺を見つけたら。

 この言葉が意味しているのは、たぶん、人間としての‶彼〟を見つけることなんじゃないかと、私は思っていた。

 クランプスにはいろいろな掟がある。

 用もないのに魔女のところへ行かないし、自ら正体も明かさない。

 もう一度会いたかったら、本当に私から見つけるしかないのだ。


 手詰まりで悩んでいるところで、今回の無料講座があることを知って、私は閃いた。精霊文化の研究をしている人だったら、彼らと会ったり連絡を取ったりする方法を、知っているんじゃないかって。


「クランプスの研究をする時、インタビューをすることはありますか?」

「それは、探りを入れられているのかな」

「羨ましいと思っただけです。私も彼らに会ってみたいから」

「要するに君は、クランプスのファン?」

「ファン……そう、そうです。だからファンレターを書きたくて!」


 いいことを思いついて、私は思わず両手の指先を胸の前で合わせた。

 個人宛ての手紙が無理でも、団体宛てならどうだろう?

 そこに彼だけがわかりそうなメッセージを入れる。たとえば私がよく行くカフェの名をさりげなく入れて……これだと相手に会う気がなかったら終わりだけど、とにかく何か、少しでも糸口になるのなら、やっておいて損はなさそう!


「精霊文化の研究で接触することがあるなら、私の手紙をついでに渡してもらえませんか? 誰宛てということじゃなくて、全体に宛てた内容にするので」

「つまり、誰が読んでも構わない?」

「もちろん!」

「へえ……」


 助手さんの声のトーンが低くなった気がして顔を上げると、灰色の瞳と視線がかち合った。生真面目な恰好をしているから、もっとずっと年上の人かと思い込んでいたけれど、こうして間近で顔を見ると、そうでもない気がする。


 あんまり目を合わせていると変装がバレてしまいそうで、私は慌てて視線を逸らした。魔女の魔法って結構、人間の錯覚や思い込みを利用している部分が多いから、注意深い人には効かなかったりするのよね。


 しばらく沈黙が続いた。

 膨らんでいた希望が段々と萎んでくる。

 なんだかすごく怪しまれている気がする。

 このままだと不審者として、出入り禁止になるかも。


「あの、無理を言ってごめんなさい……」

 ひとまず出直そうと思ってコピー用紙の端を掴むと、大きな手がやんわりと紙の真ん中を押さえた。


「自分の一存では決められないので、教授に聞いてみます」

「えっ、いいんですか?」

「まあ、ご想像の通り、研究に協力してもらうこともあるのでね。次の講座も参加予定なら、回答はその時でいいですか?」


 次回の十一月一日水曜は他の予定が入っているので、参加するつもりはなかったけれど、遅刻すれば来られない時間じゃない。頭の中で確認して、私は頷いた。


「遅刻になってしまいますけど、来ます」

「そう。じゃ、ここに名前を」

 再び差し出されたペンを受け取り、エルナのErnまで書いて、寸前でErnestaに変更した。名前を知られている魔女じゃないけど、念のためね。


エルネスタさんフラウ・エルネスタ。では、また次回に」

 お礼を言って帰りかけ、私はふと思いついて振り返った。

「あの、あなたのお名前を教えてもらっても? もし来月、どうしても来られなくなってしまったら、大学に問い合わせてもいいですか?」


 短い間を置いて、「エックハルト」と答えが返ってきた。

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