13 怒りがおさまりませんので
結局その日は
と言っても、今残っているのは洗濯桶を代用して作った五株ほどの寄せ植えだけだが。
農作物を自らの手で育てた経験がなかった
最後まで残ったのは、室内観賞用にと、野苺の株を詰めて運んできた洗濯桶の中に御花園の土と一緒にそのまま植えていたものだった。
(やはり庭師が定期的に肥料が施されている栄養豊富な土は違いますね)
そんな野苺桶は現在、収穫にはあと三日ほどかかりそう、というところである。
(水星宮が陽当たりがもう少し良ければ、今日この時、野苺の
「にゃー、にゃぁう」
「いいえ! お山に帰られる前に、やはりしっかりと食べなくては。……そうですわ! ここを出られたら、わたくしの住む水星宮にいらしてください。食事が届くはずですから、たらふく腹ごしらえをしてから出発なさっても遅くはないはずです」
「なう、なぁぁん」
「ふふ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。半分こいたしましょうね」
苺苺は膝先にすり寄ってきた三毛猫にしか見えない猫魈に指先を優しく伸ばし、もふもふの顎を撫でる。
「それにしたって、こんなにかわゆい猫魈様を飢餓で苦しめたうえ、最上級妃である木蘭様を襲えと命じられるなんて……血も涙もない方ですわ。一体、どこのどなたなのでしょうか? お名前や特徴など、覚えておられることはありますか?」
苺苺は猫魈の嫌な記憶を刺激しないよう、そっと尋ねる。
「にゃぁぁぁ」
「なるほど、道術での契約ですか……。猫魈様のお命に関わるため、お名前も特徴も言えないのですね」
「にゃー」
「大丈夫ですよ。恐ろしい女官の方が後宮に実在しているのだと、わたくしはちゃんと信じています。どうか猫魈様のお命を大事にしてください」
猫魈は目を細めて安心した様子を見せる。
そしてお気に入りのぬい様を噛み噛みしながら、苺苺の膝で丸くなった。
(もし……この投獄がその女官の方の手引きであれば、わたくしたちは証拠隠滅のために消されてしまうかもしれません)
話がひと段落して静かになった獄中で、苺苺は猫魈と自分の今後の処遇について考え始める。
(木蘭様のお命も危険に晒されていますのに。こんなところで、わたくしがいなくなるわけには参りません。もちろん、恐ろしい女官の方に利用された猫魈様も)
けれど、あやかし用の穴蔵のように暗い牢の中では、『弁明する余地もなく、もしやこのまま……?』と悪い方向に思いを巡らせてしまう。
歴史上では『白蛇の娘』の出自を畏怖して、直接手を下す人間はいなかった。
しかし猫魈を非道に操り、幼い木蘭をその牙に掛けようとした女官ならば、他の方法で手出ししてくる可能性も考えられなくはない。
「にゃ〜う」
「ううっ。慰めてくださってありがとうございます」
「にゃー」
「はぁぁ。猫魈様のもふもふで、疲れも吹っ飛びます……」
ぐすっと涙を我慢しながら、苺苺は毛並みにそって猫魈の背を優しく撫でる。
そうやって静かにひとりと一匹が心を交わしあっていると。
石畳を蹴るように、カツンと靴の音がした。
外が見えない牢の扉の向こう側で、なにやら数人の男性の喋り声が聞こえる。
きっと宦官が沙汰を言い渡しに来たに違いない。
苺苺と猫魈は揃って目を見合わせてから、不安げな表情で扉を見つめる。
少しして無遠慮に扉が開かれる。
扉の前には、苺苺を捕らえた宦官とは別の宦官がいた。
「皇太子殿下の命により、白蛇妃を無罪とし釈放する。外へ出ろ」
「……ありがとうございます。あの、猫魈様は……?」
「あやかしは城外の道士に引き渡す予定である」
宦官たちの悪い顔を見るに、酷い刑罰を与えるつもりだ。
(彼らのこの様子では、『猫魈様は本当は女官に操られていたのです』と伝えても、誰も取り合ってはくれないでしょう)
こんなにも本質は優しく穏やかな猫魈を、友人を、苺苺は見捨てられるわけがなかった。
苺苺は巻きつけた手巾に血が滲む手のひらを、決意とともにきゅっと握りしめる。
「そ、それでしたら猫魈様を、わたくしにいただけませんでしょうか」
「なんだと?」
「どうするつもりだ」
「わた、わたくしが……ばばばば罰を与えますわっ!! いいい怒りが、おさまりませんので!!」
嘘をつけない性格である苺苺は、嘘がバレないように目を瞑る。
そして慌てふためきながら、なんとか言葉を言い切った。
「罰だと? いったいどんな罰を下すというのだ」
「『
「し、白蛇の刑!?」
「そんな、白蛇の刑……だと……!?」
「なななんと恐ろしいことを考えるのだ!」
苺苺の適当に思いついた出まかせに、宦官たちはそれぞれの想像を巡らせて震え上がった。
「わ、わ、わかった。あやかしを『白蛇の刑』に処すことを許そう。籠をこちらへ……!」
一番年上の宦官が、後ろに控えていた若い宦官に命じる。
「ありがとうございます」
苺苺は符の付いた鳥籠を受け取ると、できるだけ邪悪に見えるように微笑みを浮かべる。
その顔は、宦官たちをさらに震え上がらせた。
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