ロジック売りの少女

クロロニー

ロジック売りの少女

 雪がしんしんと降りしきる中、一人の少女が道行く人々に問いかけます。


「ロジックいりませんか? ……ロジックはいりませんか? 出来立てのロジックをお売りします」


 しかし誰も相手にしません。それもそのはずです。この町では誰もロジックなんかに興味がありません。あっと驚くような真相、整合性を超越した奇想、そんな創造的な夢想こそが人々の生きる原動力であり、ただそこに現実があるだけの論理性にはちっとも心が動かされないのでした。


 それでも少女はロジックを売るしかありませんでした。人生経験のない少女が差し出せるものは、ロジックしかないのですから。幸か不幸か、少女の頭脳は十分な教育を受けた大人と遜色がなく、ロジックを売るには十分でした。なにせ夢想に生きる大人たちの町なのです。十分な教育を受けた大人が住めるようにはできていません。そして少女の親もまた、この町の人々と同じなのでした。

 少女のような突然変異的神童は、家の外に追い出され、町の外に追い出され、そしてこの世から追い出される定めにあるのです。

 さて、少女のロジックは一向に売れませんが、その物珍しさから時折ちょっかいをかけようとする人が出てきます。例えば罵声を浴びせかける人。


「今更ロジックを買うやつなんて誰がいるもんか。それもこんなガキの!」


 あるいはいかにも買いませんといった薄笑いの表情で少女に近寄り、質問を投げかけます。


「そのロジックってえのを買やあ、一体どうなるってんだ? 教えてくれや」

「正直にお話ししてくれさえすれば、あなたの抱えている問題が1つ解決されます」

「いんや、解決できねえ。俺の抱えている問題は俺が解決しなきゃいけねえ問題だ。よそからもらったロジックじゃあ到底解決できねえんだ、お嬢ちゃん」


 屁理屈でやり込めて少女を笑い者にしようという魂胆が透けて見えるようです。皆が自分の人生の中でだけ生きているこの町において、人生を面白くするためならどんな振る舞いをしてもいいという特権を人々は持っているのです。


 夜が更けてくると人通りはどんどんまばらになっていきます。気温は下がり、アスファルトも凍りつき、雪が少しずつ積もっていきます。今や少女の思考の大半を寒さが占めていました。道行く人々に揶揄われていた時はアドレナリンの分泌で気にならなかったのですが、これ以上は人が来ないと悟った途端に圧倒的な現実と直面することになったのです。少女は自分が現実的に物事を考えられていると思っていましたが、随分と楽観的に物事を捉えていたということにようやく気が付いたのです。


 どうしてこんなことになったんだっけ、と少女は考え始めました。記憶を1つずつ丁寧にさかのぼっていきます。ロジックを売ろうとしたのは、食べ物を買うお金を持っていなかったから。お金を持っていないのは、着の身着のまま家を飛び出したから。家を飛び出したのは、家族の一員として生きていけないと思ったから。生きていけないと思ったのは、家族の誰一人として信用できなくなったから。信用できなくなったのは、無実の罪で家族の誰からも信じてもらえなかったから。


 ――そう、信じてもらえなかったのだ。私の反論は。


 身体がぶるぶると震えるにもかかわらず、少女のはらわたは煮えくり返るようです。更に記憶を遡っていきます。


 ――信じてもらえなかったのは、意外性を好む兄が「むしろ逆。お前がやらなさそう。だからお前が怪しい」と言ったから。兄がそう言ったのは「私がこんな愚かなことをしでかしそうってこと?」と私が言ったから。私がそう言ったのは、兄がしたり顔で「いや、お前がやったんだろ」と鎌をかけてきたから。兄が鎌をかけてきたのは、「つまりおばあちゃんを殺したのはお兄ちゃんということになる」と親に言ったから。


 ――そう、それは論理的で絶対的な結論なのだ。おばあちゃんは家の中で死んでいた。家に入れるのは私たち家族だけ。父はその時間仕事に行っていた。母は近所のママ友とお茶に出かけていたし、出かけるときには玄関に鍵をかけていた。そして私は家の鍵を与えられていない。つまり、消去法で引きこもりの兄のみが犯人たりえるのだ。だから誰もが私を信じるべきなんだ。それなのに。

 

 少女がそのような推理を親に述べたのは、母親が「きっと天使様が現れて天に召されたのだわ」と言い出したから。


 少女の母親はメルヘンチックな世界観に生きているので、原因なんて何一つ気に留めません。

 

 身体が冷たさを通り越し熱さすら感じられるようになっても、少女の記憶は更に遡っていきます。外に出掛けていたはずの母親が祖母の死体に駆け寄ったのは、少女が電話で呼んだから。少女が母親に電話したのは、玄関のドアを開けたらおばあちゃんの死体の前で立ちすくんでいる兄の姿を見たから。玄関のドアを開けたのは――。

 その先の記憶が少女の意識に浮かぶことはありませんでした。なぜなら彼女の身体はもうアスファルトと変わらないくらいに冷たくなっているからです。しかし少女はロジックの力で自らの潔白を信じ抜くことが出来たので、そういう意味では幸福だったのかもしれません。

 翌朝、少女の遺体は大人に発見され、家族に引き取られることになりました。そして祖母とは離れたところに埋葬されることとなりました。さて、数年してその墓場ではこんな怪談話が作られます。夜になるととある墓石が開かれ、孫が帰ってくるのを待ち続けている墓がある、という。そう、最期の日と同じように。

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ロジック売りの少女 クロロニー @mefisutoshow

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