第10話

 気分の悪くなった私を背負ってノブはゆっくり歩いている。会話は特にない。


 静かな二人の間に耳慣れない音が届く。


 ノブの背からほんの少し頭をもたげるとノブが「もうすぐだ」とささやく。


 ざぁーという音。

 その正体は地面に落ちる空の揺れ。


 まだ月は出ていないというのに、地面の空にはすでに無数の星が瞬いている。


 気分の悪さはどこへやら。

 そろりとノブの背からおり佇む私の手をノブが柔らかく引く。


「帰蝶、これが海だ」

「うみ……」


 果てしなく続く空と同様に、海も果てしなく伸びる。


「海の向こうに何があると思う?」

「向こうに? 何かがあるの?」

「あるとも。ここよりもっと大きな国がたくさんある」


 ノブの言葉が理解できず私は首を傾げる。

 私にとってはずっとあの崖上だけが世界だった。


 初めて森を見て花畑の上を歩き、マチを通って海に来た。なのにまだまだ多くのものがこの海の向こうにもあるのだと言われても、ノブの見る世界が大き過ぎて私にはちっとも分らない。


 しかしノブは怒ることなく、からりと笑う。


「船に乗り海を渡り、たくさんの国に足を運びたい」


 夢を語るノブの瞳に星が宿る。


 ノブが大きくて眩しくて、私はしゃがみこむ。


「疲れたか?」


 首を横に振る。


「……帰るか?」


 首が止まる。


「どうした?」

「……私なの」

「ん?」

「あの花の絵。……せんさいせん、を描いたのは」


 私の告白にノブは目を見開いた。

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