やらかしてばかりの男

兎ワンコ

本文

 アイ氏はやらかす男として世間から嘲笑されていた。大学時代にはトイレに間に合わず、股間をビシャビシャにした。また、ある時は駅で電車に乗れば鞄をホームに忘れる始末。改札で切符を置き去りにするのまだ可愛い方で、ひどい時は約束をすっぽかして家にずっと居たこともあった。

 あらゆる場面で災難が起き、彼は困るばかりだ。一方で、彼の失敗は周囲の人々の嘲笑を買うのであった。


 だが、彼を笑う者にも同じような災難が降りかかる。

 ある者はコンビニエンスストアで買い物をした際、一円だけ足りず泣く泣く自宅に戻った。また、別の者は本屋で購入したと思った本を店に忘れたと思い、電話をすればレジで会計すらもしていなかったりといった災難に見舞われた。

 彼を笑った者は、彼と似たような失敗をやらかしてしまうのだ。それでも人々はアイ氏の失敗が面白いので、ひたすらに笑い続けた。

 

 ただ、失敗ばかりのアイ氏は気が気ではなかった。会社では上司に怒られ、周囲からは馬鹿にされたアイ氏はホトホト困っていた。そこでアイ氏は自身が失敗を繰り返す原因を探ろうとあらゆる人を訪ねた。


 まず彼は医者を訪ねた。高尚な医者ならば、自分の脳にある欠陥を見つけてくれるかもしれない。だが彼はここでも失敗し、どういうわけか歯医者を訪れてしまった。

 羞恥心から顔を真っ赤にして帰宅したアイ氏は、二度とこんな失敗を繰り返すべきかと、反省の意を込めて失敗日記を綴り、インターネット上にあげた。

 そこでも彼の失敗話は面白く、読み上げた者は大笑いし、灰皿の中身をパソコンのキーボードの上にぶち撒けた。また家庭教師のアルバイトをしている者は新たに受け持つ女子生徒がアダルトビデオの女優そっくりでまともに顔も見れなかった、という珍妙な災難に見舞われた。


 翌日、気を取り直したアイ氏は心療内科を受診したが、満足のいくような答えは貰えなかった。そこでアイ氏は医者だけでなく、人間の行動心理を研究する大学教授や、数々の霊視をした霊能力者を訪ねてまわることにした。


 まず大学教授の所。はなしをしたが、大学教授はうーんと頭を傾げて困惑させた表情を浮かべた。アイ氏は空回りであったと後悔した。


 次に霊能力者は彼の話を聴き終えた途端に立てないほど大笑いし、話が出来る状態ではなくなってしまった。アイ氏はガックリと肩を落とし、浮かない気持ちで帰宅したのだ。

 そして一連の流れをまた失敗日記を綴った。


 一週間後、以前に訪ねた大学教授から連絡を貰ったアイ氏はまた大学を訪ねた。一週間ぶりに会った大学教授は額に小さな絆創膏を貼っているではないか。

 大学教授はエホンと、大きな咳払いをしたあと、いった。


「どういう訳かは分かりませんが、あなたの事を笑った人間には災難が訪れる、拡散型のやらかし体質が備わっているようですね」

「はぁ……」


 大学教授はそれらしい言葉をいうのだが、ピンと来ない。


「過去の事例を調べましたが、やはりこのような現象は例がないですね」


 やはり、アイ氏にとって満足できる答えは返ってこなかった。教授は続けた。


「そこでとある実験をしてみたのです」

「実験、ですか」


 教授は立ち上がると、部屋の片隅にあったホワイトボードをアイ氏の前まで運ぶ。ボードには、数式や筆記体が綿密に書き殴られていた。


「実験とは、私が受け持つ生徒数名に頼みまして、あなたの失敗を笑わせてみることにしたのです。彼らを仮にA、B、Cと致しましょう」


 ホワイトボードの左端を指し、順を追っていく教授。


「まずAにはカメラを持ってあなたを尾行して貰い、直接あなたの失敗を笑って貰うことにしました。続いてBにはAが録画した映像を見て笑うことにして貰います。最後にCは、あなたが書いた日記を読んで笑うことにしました」


 自分の生活を覗き見されていたなんて思ってもおらず、アイ氏はひどく狼狽した。


「まず、Aですが、五日前にあなたが午前中に喫茶店でお会計のトレイと食器を運ぶトレイを間違えたのを目撃し、大笑いしました。その午後にAはイヤホンと間違えて、パーカーの首紐を耳に突っ込み、周囲から嘲笑されて恥をかきました」


 淡々と話す教授に対し、アイ氏は失敗を思い出し、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。


「続いてBにこの様子を撮影した映像を見せ、大笑いして貰ったところ、Bは駐輪場にて他人の自転車に跨って帰ってしまい、また駐輪場に戻ってくるハメになりました」

「はぁ」

「そしてCにはあなたが失敗を語った日記を読んで貰いました。するとCは昼食に食べようとしたご飯の上に誤って、飼っている猫の缶詰をぶちまけてしまったそうです」


 そこまで語り終えると、教授はホワイトボードの下に指さした。そこには『失敗する』、という四文字かでかでかと書き殴られていた。


「どうやら、直接あなたの失敗を見ただけじゃなく、失敗したことを撮影した映像を見たり、その事を伝える文章を見た者にまで、あなたのやらかしは伝染するのです」

「えぇ!? そ、それじゃあ直接だけでなく、映像や文章でも、そのやらかしを笑った者には災難が訪れるのですか?」


 教授は深く頷いた。


「それだけではありません。あなたの話を私の口から他の生徒たちに発語して聴かせてみたのですが、大爆笑の渦が起こったあとに、多くの生徒が財布を無くしたり、単位を落としたりしました。つまり、あなたの失敗が広まれば広まるほど、なんらかの形で触れた者には災難が降りかかるのです」

「なんですって!?」


 アイ氏は震えあがった。もし、自分の失敗を笑う者が増えれば、大惨事を招くのではないかと思ったのだ。


「ですが安心してください。どうやら、あなたの失敗を笑った者は、あなた程の失敗で収まります。つまり、うっかり程度のやらかしで済むのです」


 教授は額に貼られた小さな絆創膏をさすって笑った。アイ氏は教授の笑顔に胸を撫で下ろし、それくらいならばと安心して帰宅した。

 家に帰り、リビングのテレビをつけたアイ氏は流れ出てきた映像に卒倒しかけた。なんと、彼が綴った失敗日記が巷で評判となり、それをニュース番組が特集を組んで放送していたのだ。

 アナウンサーが彼の失敗を綴った日記を読み上げて大笑いし、挙句の果てにその日記の文の一部まで放送するのだ。


 これは不味いことになったぞ、とアイ氏は困惑した。だが彼の心配を他所に、テレビを見ていた人々はアイ氏の失敗を抱腹絶倒といった様子で大笑いしたのだ。

 さらに不運なことに、このアイ氏のやらかしは、放送を録画した者によって、インターネットを通じて世界中に拡散されてしまっていたのだ。おかけで世界中の人がアイ氏のやらかしに大笑いしたのだ。


 ある者は重油が沢山詰まったタンクが並ぶ港のコンビナートの管理室で。

 また、ある者は山奥にある大きな湖を管理するダムの放水調整室で。

 そして、ある者は核爆弾を発射するスイッチが設置された管制室で。

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やらかしてばかりの男 兎ワンコ @usag_oneko

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