第8話


「では、契約成立ということで」


「契約成立じゃ。これから仲良くするとしよう、旅の仲間よ」


 特に契約書を交わすこともなく、口約束だけで契約は完了した。

 それでいいのかとも思ったが、魔王リディアからすれば、俺が契約を破ったら殺せばいいだけだから契約書など必要ないのだろう。

 それを思うと、書面で契約書を作成したところで、魔王リディアが殺すと決めたら俺は殺されるから、契約書を作ることにあまり意味はない。


「ところでお主の名前を聞いておらんかったのう」


「ショーンです」


「ほう。ありふれた名前じゃのう」


「全国のショーンさんに謝ってください」


 確かに突飛な名前ではないが、俺自身は割と気に入っている。


「では、ショーンよ。出発は明日の朝で構わんか? それとも昼まで寝ていたいタイプかのう?」


「朝で構いません。一刻も早く呪いのアイテムを手に入れたいので」


「ふむ。せっかくこの山にいるのだから、最初に潜るのはこの山にあるダンジョンにするのはどうじゃ」


「え……この山のダンジョンですか……」


 魔王リディアの発言に、俺は固まった。

 この山にあるダンジョンは、勇者パーティーが行こうとしていた場所だからだ。


 俺は昨晩、この山を下山しようとしていた――細かいことを言うと夜の下山は危険だから勇者パーティーから離れた場所で野宿をし、翌日下山するつもりだった――が、魔王リディアと出会ったせいでそれが叶わなかった。

 その出来事が、まさかこんな事態を生むとは。


「ダンジョン内で勇者パーティーと鉢合わせたら、気まずいどころの騒ぎではありません」


「目的が別なのだから、喧嘩にはならんじゃろう」


 勇者パーティーは、魔王城へ行く道すがら、良質なアイテムのゲットと特訓を目的としてダンジョンに潜る。

 この山もそういった理由で登っている。


 一方で俺は、ダンジョン内にある呪いのアイテムを得ることが目的だ。

 ダンジョンクリアなんて全く目指していない。

 良質なアイテムが手に入れば今後の旅が楽になるかもしれないが、それだって絶対に手に入れたいわけではない。


 とはいえ、だ。

 先程パーティーから追い出したばかりの俺がダンジョン内にいたら、勇者たちはどう思うだろう。


 俺が勇者パーティーの邪魔をしようとしていると思われかねない。

 そうなると、勇者たちは俺を攻撃する気がする。

 それどころかダンジョン内で殺せば死体が消えるからやってしまおうと考えるかもしれない。


「いやまさか、腐っても勇者だし……」


「健全な精神を持つ者が、眠っている仲間を毎日殴るものかのう」


 殴らないだろう。

 あいつは能力的には勇者かもしれないが、心は勇者とは程遠いクズだ。


「なあ、ショーンよ。勇者パーティーの前で勇者の欲しがっていたアイテムを獲得したら、いい気分になるとは思わぬか?」


「俺は勇者のように心がねじ曲がっているわけではないので、そんなことは……」


「勇者パーティーが手も足も出ないボスモンスターを簡単に退かせたら、いい気分になるとは思わぬか?」


「そもそも俺は弱いので、簡単にモンスターを退かせたりは……」


 スキルを使ったら倒せるかもしれないが、スキルを使って倒せてもイマイチ俺が勝ったようには見えないだろう。

 そのせいで勇者たちは俺のことを見くびっていたわけだし。


 ……って、違う!

 勇者たちを見返すことに、何の意味も無い。

 そりゃあ少しは心が晴れるかもしれないが。


「ほらやっぱり。心が晴れるのではないか」


 俺の考えを読み取った魔王リディアは、にやにやと嫌な笑いを浮かべている。


「ええそうですよ。俺は聖人じゃないですからね! 酷いことをしてきた相手を見返せたらスッキリはしますよ、もちろん」


「では決まりじゃな」


「決まりって……俺に拒否権は無さそうですね。分かりました。行きますよ、この山のダンジョンに」


 行き先は俺に決めさせてくれるという契約を交わした直後にこれでは、先が思いやられる。

 もう、なるようになれだ。


「それでよい。では妾は寝るぞ。ショーンもぐっすり寝て体力を回復させるといい。ショーンが寝ておっても、妾は勇者のように殴りはせんからのう」


 魔王リディアは何も無い空中に毛布と布団を出現させ、その布団を地面に敷くと毛布をかぶってさっさと寝てしまった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る