デイリーミッションしときますわー
機材も最低限、一世代前の没入型VRヘッドセット(中古品)だ。
……実はなんか問題があって回収された代物で、それが原因かは分からないが安売りされていたのでデビュー当時の沙夜にも購入することができた。
「これひとつでダンジョン配信ができるんだもん、便利な世の中だよホント」
そう言って、沙夜はVRヘッドセットを被り電源を入れる。
起動ロゴが表示され、MRモードで立ち上がった。1LDKの安アパートで物のほとんどない沙夜の部屋に、ホログラムのようにメニューが表示された複合現実表示。
沙夜は安物の折り畳みベッドに横になりながら『
ログイン処理ののち、没入準備が整っているかを問う警告に「はい」を選択すると、沙夜の意識は一瞬ブレる。
次の瞬間にはもう、沙夜――カロナは、ロココ調な高級ホテルの一室で、ふかふかの天蓋付きベッドに横たわっていた。中世ヨーロッパの宮殿をイメージしてカスタムした個人ホームだ。
「あー、この高級感。うう、部屋に課金してよかった! 普段の部屋との格差でちょっと悲しくなるけど!……っとと、口調口調。お嬢様は優雅ですのよ。おほほ」
これを味わうだけでも『Battle-Cast ダンジョンアライブ』をやる価値はある。カロナはセットの崩れることのない薄紫の縦ロールをつまんでそう思った。
できることなら一生ログインしていたいが、それは現実の身体がヤバいので無理だ。最新のVRヘッドセットであれば身体に電気を流して筋肉の劣えを予防する機能とかもあるらしいが、それでもトイレとか食事は必要だ。
ふかふかの天蓋付きベッドから起き上がり、レリーフの入った木の椅子に腰かける。
机を指でトントンと叩けば、VRヘッドセット装着時と同様のホログラムなメニューが浮かび上がった。内容もBCDのアイコンがグレー表示になっている以外は全く同じだ。
まずは軽くネットサーフィンしてニュースまとめサイトをチェック。どこぞで火災があっただの、政治家がどうだの、企業の不正がどうのだの、いつも通りのくだらないニュースだったので殆どは適当にスルー。
せめてもっと雑談のネタになるようなニュースはないか……お、BCDニュース。ルーム管理秘書AI発売がいよいよ来週、これは要チェックだ。
続いてこのまま優雅に無料のWeb小説サイトのブックマークを開こうとしたところで、そういえばまだ今日のデイリーをやっていなかったことを思い出す。
「1日1回の企業ダンジョン巡り……はぁー、面倒ですがこれもの日課ですわね」
企業ダンジョン。それは企業が作った広告入りのダンジョンであり、入場自由の低レートダンジョンだ。
デイリーダンジョン、あるいは単純にデイリーとも呼ばれていて、クリアすれば1日1回限定でわずかな報酬(1か所あたり多くて100円程度)と経験値が貰える。
これをトレーニングがてら10箇所程、ノーダメで回れば1日の食費くらいにはなる。
最大同時視聴者数15人の零細キャスターであるカロナにとっては貴重なお小遣いだった。
「さーて、今日のデイリー配信いきますわよーっと」
生存報告な日記程度のデイリーミッション。単純な流れ作業。一応配信はしているが、『デイリー雑談』とタイトルにもいれているせいか視聴者数は0人。
そしてカロナ自身、あ、このドリンク新味出たんだ。みたいなダンジョンの壁に表示された広告を見て呟くだけ。
せめてコメントあればなぁ、と思いつつ配信画面を見るが視聴者数はいまだ0人。平日の昼間ということもあって常連すら来ていないためコメントが入ってくるはずもなく。
「くぅう、こんなにも可愛らしいお嬢様の配信なのに、どうして! どうしてこうも人気がないのかしらっ!!」
確かにカロナは美少女だし、中身も女性な配信者ではある。
が、没入型VRにおいては声もアバターに合わせた声になるのが当然で、もはや性差なんてなく、ロリ超絶美少女B-Casterの中身が中年のオッサンということも珍しくない世界。
いくらカロナが美少女なお嬢様といえど、「その程度ならどこにでもいる」。
企業所属もしていない零細B-Casterが埋没してしまうのは仕方のない事であった。
広告の新商品な炭酸飲料を彷彿とさせるしゅわしゅわなスライムが現れたので、直したばかりの
壁に激突したスライムは形を崩してべちょっと張り付きコアを露出させてしまうため、そこをすかさず傘の先端で突けば簡単に退治できる。慣れたものだ。
ダンジョンコアが置いてある最奥の部屋では、傘をフルスイングしてダンジョンコアに向けてスライムを飛ばす。
スライムは高速でダンジョンコアに激突し、スライムの核がダンジョンコアを破壊した。
日常で洗練された無駄のない攻略。これが一番楽だと思います。
Congratulation!! とダンジョンクリアのエフェクト+広告が浮かび上がり、ちゃりんと残高に小銭が入った。
「今日もノーミスクリアしましたわー!……はぁ、まー、分かってましたけど0人ですわね。ええ」
うなだれるカロナ。
食費は確保したが、やはりデイリーには需要がない。お金もさほど儲からない。
来週発売のルーム秘書AI、執事タイプかメイドタイプが欲しいのだけども……これを手に入れるには最低5万円、両方なら10万円を稼ぎたい。
「やっぱりこう……もっと売れる何かが……! 何かが無ければいけませんわ! ないかしら。こう、スパチャポーションも貰い放題なインフルエンサーなB-Casterがピンチに陥ってるところを颯爽と助けてしまいバズりちらかす私、とか。PKする迷惑系B-Casterを返り討ちにしてバズりちらかす私、とか」
と言ってから考えるが、そんな実力があったらカロナが零細B-Casterなわけもないし、そもそもカロナは他人と遭遇しない設定のソロダンジョンにしか挑んだことがない
出会い自体ありえないのだ。現状の設定では。
……せめて、そういう機会があるかもしれない、くらいは試すべきでは?
「……そう、そうよ。私もB-Casterとして大海原に出航すべきですわ! というわけで、今日の配信では、他人と遭遇するマルチダンジョンに挑んでみましょうかしら。賞金も高めだし!」
カロナはそう言って立ち上がった。
これがまさかあんなことになるなんて……みたいな事を期待して。
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