第3章

第75話 「アメリカンポリス来るだろ、その番号だと」

「なぁ、週末ってのは何曜日だ?」


 金色のデカい鍋で三人分の中華麺をでながら、そんな問いを投げてみる。

 並んで座っている瑠佳るか汐璃しおり村雨むらさめ姉妹は、揃って小首をかしげた。


「何それ? いじわるクイズ的なやつ?」

「いや、普通に質問っていうか、確認っていうか」

「世間的にはたぶん、土日なんじゃない? 人によって金曜も入ったり」

「あぁ、大体そんな感じになるよな……」


 キッチンタイマーのアラームが鳴ったので、火を止めて麺を金属製のザルにあけた。

 流水でそれを軽くシメた後、水気を切ってからあらかじめタレを入れた丼に盛っていく。

 その上に角切りにしたチャーシューや輪切りのねぎをトッピングしていると、汐璃が訊いてくる。


「それで、週末がどうしたの、けぇにぃ」

「まぁ、大したことじゃないんだが……週末には帰るって言ってた姉さんが、まだ帰って来ない」

「それは大したことじゃなくなくない? もう火曜じゃん、今日」

「だよなぁ……何やってんだか、まったく」


 一個「なく」が多い気がしつつ、九割が完成した料理をテーブルに並べる。

 好みがわからないので、味変あじへんは各自に任せてラーは後入れスタイルだ。

 自分の前に置かれた丼をしばらく眺め、瑠佳が言う。


「えぇと、コレは……冷やし中華?」

「そいつは『まぜそば』だ。具と麺を混ぜてタレと絡めて食う、ラーメンの変種だな。辛味が欲しけりゃ辣油、酸味を足したけりゃ酢を入れて更に混ぜる」

「こんなの初めて見たけど、ケイちゃんが考えたの?」

「いや、発案はどっかのラーメン屋。見た目は微妙になるけど、美味いぞ」


 箸で丼の中を混ぜ始めた二人に背を向け、もう一皿の仕上げに入る。

 まぜそばと同じく、昔の――現時点からすると未来だが、とにかく元同僚から教わったトマトと卵の炒め物。

 簡単に作れて失敗のない一品として、前世ではだいぶ重宝した料理だ。

 他にも色々と、簡単に作れる中華系の料理を教えてくれたアイツは、そういう店で働いてたんだろうか。

 

「お姉ちゃん――鵄夜子しやこさんから、連絡ないの?」


 中華料理屋よりもクラブやラウンジが似合いそうな、元同僚の華のある風貌ふうぼうを思い出していると、混ぜ終えたらしい瑠佳が確認してくる。


「連絡は……先々週の金曜か。その昼にあった電話が最後だな」


 火が通ったくし切りトマトを調味料を入れた卵液と合わせ、多めの油を引いたフライパンへと流し込みながら応じると、ガタガタッと立ち上がる音が二つ。

 どうした、と振り返れば瑠佳はアホの子を見る目を俺に向け、汐璃は額を手で押さえながら天をあおいでいる。


「どうした? 味がイマイチだったか」

「まだ食べてない、っていうか十日以上もシャコねぇ帰ってきてないの!?」

「そうだが?」

「いやいやいや……そうじゃない、そうじゃないってば、けぇにぃ!」

「大学の友達のとこにいる、とは聞いてるから」


 ヘラでフライパンの中を軽く掻き混ぜながら、荒ぶる汐璃に応じかねていると、油ぎった箸の先で俺を指しながら瑠佳が続ける。

 

「何を平然と言ってんの! 連絡もなしに女子大生が十日も行方不明とか、それはもう911に通報しなきゃダメなやつ!」

「アメリカンポリス来るだろ、その番号だと」

「アメリカンでもモンゴリアンでもいいから、連絡すべきだって!」

「騎馬警官っぽいな、モンゴリアンポリス」


 俺が動じていないからか、二人は呆れ顔のまま冷静さを取り戻したようだ。

 完成した炒め物を大きな丸皿に移すと、取り分け用のスプーンを突っ込む。

 その大皿をテーブルの中心に置いて、三枚の小皿を脇に積んでから俺も席に着く。

 そして丼に酢と辣油を適量注ぎ、中身をグリグリと混ぜながら言う。


「大学には行ってるみたいだし、まぁ大丈夫だろ」

「ホントに大丈夫かなぁ……その友達ってのが、実は彼氏だったりして」

「それならそれで、俺には止める権利がないな……しょうもないナンパ野郎だったり、パチンコ狂いのヒモ野郎だったり、ヤンキーもどきのカス野郎だったりしたら、全力で止める義務が発生するが」

「もうパパの立場じゃん」

「木の陰に隠れて見る、と書いてオトウトと読むからな」

「習ってない漢字でてきた!」

「まぁ、とりあえずメシだ。腹が減っては一休さんが値切る、って言うだろ」

「習ってないことわざでてきた!」

「何年生で習うの、そのタワゴトわざ」


 愛想苦笑いとでも言うべき表情で、瑠佳がトマトと卵の炒め物を小皿に取り分ける。

 それが三人の前に行き渡ると同時に、汐璃がパンッと手を叩いて言う。


「いただきまーす」

「悪いね、ケイちゃん。晩御飯まで御馳走ごちそうになっちゃって」

「気にすんな。メシを一人分作るのも三人分作るのも、大した差はない」

「ふぉっ!? けぇにぃ、この謎ラーメンんまいっ!」

「まぜそば、な。簡単に作れるから、後でレシピを教えてやる」

「トマトと卵って組み合わせはどうかと思ったけど、コレもおいしいよケイちゃん」

「中国じゃメジャーな料理らしい。トマトってのは、火を通すと意外な化け方するんだ」


 姉妹に答えながら、久しぶりに口にするまぜそばをすする。

 体感では二十年ぶりくらいの濃厚な味わいが、何とも言えない郷愁ノスタルジーを刺激してしまったようで、涙腺るいせんが不意にゆるむ。

 メシ食って泣いてるのも怪人すぎるので、むせたように咳込んで誤魔化した。


「エホッ、バフッ――」

「だっ、大丈夫?」


 瑠佳が差し出してくる烏龍茶のコップを受け取り、一息にして目尻をぬぐう。


「スマン、ちょっと酢が強すぎた」

「あー、これ使って味を変えるんだね」


 味変を学習した汐璃が、結構な勢いで酢と辣油をブチ込み始めた。

 二杯目のお茶を飲みながら、ダイニングとリビングの様子を眺める。

 雪枩ゆきまつ大輔だいすけと手下たちに破壊し尽くされた室内は、パッと見ではそれとわからないように修復されていた。

 桐子きりこの知り合いだという内装業者は、あの後すぐにやってきて状況を確認すると、魔法めいた手際の良さを発揮。


 多数の職人や作業員が同時進行で修理・修繕・交換・掃除を展開し、あっという間に大ダメージの痕跡は消え、自宅は「模様替えしたのかな」程度の変化で済んだ。

 TVや電話機、テーブルやソファなどが別物になっているし、窓やカーペットも入れ替えてあるので、当然ながら鵄夜子には何かあったとバレるが。

 どう言い訳したモンだか思い付かないが、何にせよあの壊滅的な光景をそのままにするよりはマシだろう。


「げぅっふ、ぶひょっ――」

「何でケイちゃんと同じミスすんの!」


 辛味と酸味に惨敗してむせる汐璃のコップに、瑠佳がペットボトルから烏龍茶を注ぐ。

 ウチが滅茶苦茶にされたのを心配して様子を見に来た二人だが、ある程度は安心させられただろうか。

 鵄夜子が長いこと帰ってこない、という別の心配事を発生させてしまった気もするが。

 前回の失踪時期とはズレているので、ここで事件が発生するとも考えづらい。

 だけど、何かしらの関係がある可能性もあり得る。


 プルルルルルル――プルルルルルル――


 そろそろ動くべきか、などと考えていると電話が鳴る。

 今まで使っていたのと音が違うので、まだちょっと慣れない。

 噂をすれば影ってパターンかな、と期待したのだが――


『あっ、薮上やぶがみ君? 桐子だけど』

「ん、お疲れ……ありがとな、家の修理の手配してくれて。すっかり元通りだ」

『ヨナさん――与那原よなはらさんは、僕の知る限りで一番ウデがいいから』

「ああ、また何かあったら頼みたい感じだ。もういっぺん俺んをブッ壊されるのは勘弁だが」

『あははは……そうそう、家っていったら、落ち着き先が決まったよ。前のマンションからはだいぶ離れたけど、学校には近くなったかな』


 転校しなくても大丈夫か、新居の安全性はどうか、まだ実家には戻らないのか。

 そんな疑問もいくつか浮かんだが、桐子も事情がテンコ盛りだろうから、余計なことは訊かずにおく。

 桐子が伝える新しい住所や電話番号をメモっていると、受話器の向こうから小さい咳払いが聴こえ、続いて改まった調子の声が。

 

『そんなこんなで、今週中には学校に戻れると思うから。またよろしくね、薮上君』

「おう……あぁ、それとな。ウチに電話してくる時とかな、薮上っていうと姉さんも薮上だから、俺のことは荊斗けいとでいい」

『わかったよ……荊斗。じゃあ何日かしてから、学校で』


 受話器を置くと、二人が「誰?」と言いたそうな顔で見てくる。


「桐子から……俺の友達、だ」


 汐璃が「だから誰?」みたいな顔をしているので、追加の説明もしておく。

 話しても問題ない範囲で最近のアレコレを語りつつ、にぎやかな食事を続ける。

 桐子が元子役の榛井はるいしょうだと知った汐璃は流石に驚いていたが、あまりミーハーな反応は見せなかった。

 小学生ってこんなに落ち着いてたかな、という疑問が若干なくもない。

 だが、高校生がどんなんだったかも忘れかけている俺には難問だ。

 食後もしばらく無駄話をし、村雨姉妹を家の近くまで送って、この日は解散となった。


 そして翌朝、目覚ましをセットした時間の三十分前に起床し、リビングに向かう。

 寝起きの倦怠感もないし、雪枩邸での戦闘で受けた負傷からもほぼ回復している。

 若さのありがたみを噛み締めていると、留守電のマークが点滅しているのに気付く。

 夜中や明け方の電話ってのは、大抵ロクでもない用件なんだよな――経験則けいけんそくが報せるイヤな予感に顔をしかめつつ、再生ボタンに指を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る