第66話 「慰謝料と修理費と手間賃に、深夜料金を足すとこんな感じだ」

 意識不明なままの力生りきおを引きずって、右手の指先をプレートに接触させる。

 数秒後、ピボッと電子音が鳴って、ロックが外れたらしき金属音が続く。

 レバーを握ってみれば、さっきとはまるで違う手応えで簡単にスライドした。

 蛍光灯に照らされた室内は並んだ棚の圧迫感が強く、広さはよくわからない。

 ビデオやフィルムが目立つが、ガラス瓶やビニール袋に入った何かもあるようだ。


 人の気配はないのにエアコンが効いているのは、収蔵品の保護のためだろうか。

 部屋の一角には、大型テレビとローテーブルとソファのセットがあるようだ。

 テレビの横の棚にはビデオデッキなどの機械類が置かれ、コードやケーブルの一部は部屋の外へと延びている。

 その棚の下には、大型の金庫らしきものがしつらえられていた。

 用済みになった力生を放置して中に入ると、桐子きりこも数歩遅れてついてくる。

 

「おぉう……コレが全部、誰かの秘密なのか」

「たぶん、ね。アイツが撮った殺人ビデオとかも、混ざってるんだろうけど」

「カネとヒマがあるアホってのは、本当に厄介やっかいだ」

「同感だよ、まったく」


 棚を眺めてウンザリしている俺に、桐子が渋面じゅうめんで同意する。

 力生は意外と几帳面きちょうめんなのか、ビデオケースの背表紙には全て出演者の名前が書かれていた。

 名前の下にある「乱交」「薬物」「収賄」「傷害」「マゾ」「宗教」「詐欺」「幼児」などの単語は、収録された弱味の概要だろうか。


 与党の大臣経験者や野党の若手議員、大御所の演歌歌手やベテラン司会者、アイドル出身の人気俳優や冠番組が始まったばかりの漫才師など、有名人がズラズラと並んでいる。

 まだ有名とは言い難いが、後に大企業のオーナーとなる起業家や、莫大な金を動かす投資家となる人物も、ガッツリと弱味を握られているようだ。

 

「どいつもこいつも、脇が甘いというか何というか」

「そうだねぇ……ホントにね」


 呆れ気味な俺の言葉に、苦笑気味の桐子が応じる。

 マヌケな女優シマちゃんに人生を狂わされた身からすると、この光景はまた違った色合いを見せてくるのだろう。

 長者番付常連の小説家や少年誌の看板漫画家、綱取り間近と言われる力士や水泳の金メダリストなどの名前を眺めていく内に、あまり整頓されてないコーナーへと辿り着いた。


「これはまぁ、予想通りだな」


 そこに並んだビデオの中には、沼端ぬまはた百軒もものき高遠たかとおといった、見覚えと殴り覚えのある名前が。

 中身は本人か家族か知らないが、裏切りを防ぐ鎖として機能していたのだろう。

 ビデオ棚が終わると、今度はファイルがみっしり詰まった棚が続く。

 適当に一冊選んで開いてみると、毒舌芸でTVによく出ていた経済学者が、体重が三桁ありそうな白人女性の生温なまぬるい聖水を満面の笑みで浴びている。


「うへぇ……これはバレたら社会的に即死だな」

「どれも表に出たらタダじゃ済まない、だろうね」

「おっと桐子、お前のもあるぞ。榛井肖はるいしょうって、ホラ」

「うん……写真週刊誌に載せるために、わざわざ不祥事を演じたんだよね……」


 俺の渡したファイルをパラパラめくり、眉間みけんにシワを寄せる桐子。

 中は見ていないが、楽しい気分になるシロモノじゃない、って程度はわかる。

 しかし、貞包さだかねの所で脅迫用の情報を集める下請けをしていた可能性も考えたが、たぶん違うな。

 チンピラ連中のやれることなどたかが知れている――濃い闇に触れたいならば、一般社会とは全く別の階層レイヤーでの居場所が必要だ。


「使えそうなやつ、いくつか持ってくか」

「……脅迫するの?」

「いや、保険というか牽制けんせいというか、そんなだ」

「んん? ちょっとわかんないけど」

「ああ、つまりだな――」


 各界の著名人や権力者を脅せる材料を集めた、この『雪枩ゆきまつコレクション』とでも言うべきビデオやら写真やらの存在は、それなりに知られていたと思われる。

 公然の秘密レベルか都市伝説レベルかは定かではないが、効果的に脅迫するならば材料が本物だと一発で理解させられる方が色々と便利だ。

 だから、力生の工作でスキャンダルが表沙汰になった際は、その出所が自分であるのだと匂わせることで、弱味を握っている他の連中に改めてプレッシャーを与えたハズ。


「――という感じで、情報を武器に色々な相手を遊び道具にしてたんだろうが、その情報のコントロールが急にデタラメになったら、どう思う? 隠蔽いんぺいと引き換えに力生に従ってたのに、唐突に致命的な秘密をバラされたりしたら?」

「まずは呆然として……その後でブチキレる」

「今までも破滅させた相手から恨まれてはいただろうが、情報を流出させるタイミングは、おそらく相手が指示に従わないとか、支配を逃れようとしたとか、そういう理由があってのこと。それに力生の性格からして、逆襲を封じるのに手を尽くしていただろうな」


 俺がそこで話を切ると、桐子は見覚えのあるうつむき加減のポーズで考え込む。

 ああ、これは『マジ大』でグンシが作戦を指示する前の――と思い出すと同時に、桐子がスッと顔を上げた。


いびつではあるけど、力生と脅迫対象の間には信頼関係が構築されていた。それを力生が一方的に破棄するとなると、もうルールは成立しなくなるね」

「その通り。だから、ココから持ち出した破壊力の高いネタを一度に、大量にマスコミに流してやれば……」

「それで破滅したヤツからの報復もあるだろうし、いつ自分の秘密が表沙汰にされるかと不安に駆られたヤツは、反撃を選択するかも」

「そういうこった。まぁ、あんまり心が痛まないように、犠牲になってもらうのは裁かれても当然なカス共をメインにしとこう」


 言いながら棚を眺め、汚職政治家や経済ヤクザ、サラ金の会長やインチキ霊能者といった、存在そのものが害悪な連中をピックアップしていく。

 ついでに、後々で役に立ちそうなのも確保しておこう。

 力生のようなゴミクズに悪用されるよりは、俺のようなナイスガイに悪用された方がマシというものだ。

 ポンポンとビデオを抜いていると、桐子が苦々しい表情で棚を見ているのに気付く。


「シマちゃんのビデオ、探してんのか」

「いや、それはあそこのデッキに入ってる、らしいんだけど」

「ああ……知り合いのがあるなら、回収しておけばいい」

「うっ、うん……そうさせてもらおう、かな」


 目的はわからないが、桐子ならおかしな使い方はしないだろう。

 俺の方は一通りの収穫を終えたので、金庫の解錠に取り掛かろうとするが――


「ダイヤルも鍵穴もない……どうなってんだ、こりゃ」


 扉の構造的に、バールのようなものでじ開けるのも難しそうだ。

 バーナーで焼き切るのはイケるかもしれないが、そんなのは用意してない。

 というかバールもないし、持ち主から直接訊くしかないか。

 入口前で死んだカナブンみたいに固まっている力生を拾い、金庫の前まで引きずってから、チョンマゲを掴んで引き起こしてビンタを入れる。

 徐々に威力を高め、六発目まで行ったところで意識が回復した。


「はぅんっ! ぶふっ、ぷぁっ、はん――」

「おい、金庫の開け方は」

「なっ……何、がっ」


 何やら、無駄な尋問じんもんをさせられそうな気配だ。

 面倒なので、右目に親指を沈ませながら告げる。


「金庫の開け方、だ。五秒以内に答えないと目玉をえぐり抜く」

「ゆゆゆっ、指輪っ! 印台指輪シグネットリングをっ……金庫背面の、くぼみに挿し込んで……右に三回、ひっ、左に一回……右に、三回っ」

「指輪ってのは、コレのことか」


 指を抜いて、鍵束に混ざっていたプラチナっぽい指輪を示せば、片目を充血させた力生が不承不承ふしょうぶしょう感を丸出しにうなづく。

 金庫と壁の間にある、微妙な隙間はこのためだったか、と納得しながら教えられた解錠法を試すと、コンッと音を立てて扉が開いた。

 騒がれたり邪魔されたりを避けたいので、力生には再び眠りに就いてもらう。


「おいっ、待っ――」


 再び髪を掴むと、厚い大理石のローテーブルに頭部を叩き付ける。

 脳震盪のうしんとうを起こす程度の力加減は、どんなモンだったっけか。


「んがっ! ぅごっ! やっぷぃ……」


 三発目の直後、珍妙な呟きと同時に全身の力がダラリと抜ける。

 耳と鼻と目と口から一斉に、トロみのある赤色が流れ出た。

 たぶん死んでいないが、死んでいても特に問題はない。

 後ろ暗い事情がありすぎるから、事故死か病死で片付けられるだろう。

 或いは、長男に跡を継がせる準備のため、しばらく入院ってことになるかも。

 そんなことを考えつつ指に絡んだ髪を振り払い、金庫の中身を確認する。


「おぉ……真っ当な商売してない連中は、やっぱり手元に大金を置いてる」


 ザッと見て、全て旧札聖徳太子で五千万以上の現金がありそうだ。

 屋敷全体では数倍以上の金があるだろうが、いらん欲を出して命を落としたケースを何度も見ているせいか、手堅い稼ぎで我慢しておくべきとの自制がかかる。

 札束の他には、やけに豪華なこしらえの短刀と、何本かのビデオテープが。

 そして手のひらサイズなのに重たいにしきの袋と、一回り小さいサイズの革袋。


「どっちもジャラジャラいってるが……」


 錦の方を開けてみると、日本の古いコインが詰まっていた。

 種類はバラバラだが、たぶん明治時代に発行された金貨だ。

 革袋の方には、まぁまぁなサイズで揃えたダイヤの裸石ルースが二十ほど。

 宝石の鑑定は素人だが、出すトコに出せばかなりの値段になるだろう。


「ここらは、まるっとさらってくか」


 床に敷いてあった虎の皮を風呂敷ふろしき代わりに、手早く戦利品をまとめていく。

 虎皮を捨てるハメになった時の保険に、二つの小袋はポケットに収納。

 武器も品切れ状態なので、豪華な短刀もベルトに挟んでおいた。

 そんな作業にいそしむ俺に、桐子は若干冷えた視線を送ってくる。


「馬鹿共に荒らされて、俺んちメチャクチャになってるからな。慰謝料と修理費と手間賃に、深夜料金を足すとこんな感じだ」

「深夜って何時からだっけ?」


 どこにあったのか、小ぶりの古いトランクにビデオを詰めながら桐子が言う。

 虎の足を結びながら答えようとすると、複数の足音が聴こえてくる。

 どうやら、最後の一戦が残っているらしい。

 桐子に隠れるようジェスチャーで伝え、ベルトの短刀を抜いた。

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