第64話 「遊んでやるが、遊ばれるつもりはない」
コチラが臨戦態勢に入ったのを察し、
狂気を
ギラついてるのに
「ふふっ……ふはははははっ! 自分から
「遊んでやるが、遊ばれるつもりはない」
音を立てない足運びで、力生がじわりと間合いを詰めてくる。
構えは
コイツなりの、独特なアレンジが入っているのだろうか。
「お前の心構えなど知らん……この場で大事なのはただの一点、
「
軽く煽りながら、力生の正面に立たないように移動。
耳鳴りはだいぶ治まったし、左肩には痛みと
六角棒の先を床に
「
「まぁ……アホを殴り殺すには、こいつで十分だろ」
一瞬、
いくら俺でも、死角からの刺客には対処できない。
ついでに言うと、
そんな判断から、ベルトに挟んだ拳銃には手を伸ばさず、重たい金属棒をこれ見よがしに振り回す。
余裕ぶったアピールだが、今の俺の筋力では中々に厳しい。
それを知ってか知らずか、力生は鼻で笑ってコチラを眺めていた。
「お前はこれから、文字通りに一寸刻みになっていく……想像しろ、自分の指が、耳が、肉が、床に散らばる様を」
「んー……どれだけ想像してみても、テメェが小便漏らして泣きじゃくってる、ばっちい絵面しか出てこないわ」
「ハッ、どこまでその
互いに距離を詰め、一歩踏み込めば
やけにうるさく聴こえてくる呼吸音は、俺のものか力生のものか。
今日一番の緊張が、腹の底から湧き上がって全身に拡がっていく。
戦闘能力としては恐らく、沼端やグラサンコンビの方が高い。
しかしこの力生には、そうした常識的な判断基準を超えた部分での危険が匂う。
シャコッ――スチャッ
不意に響いた、金属質の
出所はわからないが、銃器に
そんなことを思いながら、先手で動いた力生が繰り出す初撃へと対処する。
大きく一歩を踏み込むと同時に、左から右下に急角度の
「ホルァ!」
速いが、予測の範囲内の攻撃だ。
片手で振った六角棒で
「甘いっ!」
しかし想像以上に重たい一撃で、
このままでは、数瞬後に何本かの指が落とされて、武器も失う。
回転させて軌道をズラすのを試みるか、捨てて逃げる安全策か。
着地して一息
これは尻を落として上体を沈め、床に転がってどうにか
「うぉあ――」
予備動作が大きくて
トンッ、タンッ、と
それとほぼ同時に、殺気の薄い刺突が二つ三つと続けて放たれる。
無様にコケた玩具を
「さっきまでの威勢はどうしたんだ、あぁ!? そんなものか? これで終わりとはフザケているっ! 儂を失望させるんじゃないっ! さぁ、さぁさぁさぁさぁっ! 持てる全てを
左、中、右、右、中、左とランダムに繰り出される、鋭さの乏しい突き。
とはいえ、刺されば無事では済まない程度に力は入っている。
右に左に転がり、必死に
反撃を悠々と往なした力生は、俺を見下ろしながら歓喜に満ち満ちた厭らしい笑顔で
「もっともっともっと、もっとだ! 躍れ躍れ躍れ、躍れっ! 死に物狂いで絶望に
勢い余った突きが床を叩き、剣先が
コチラが大きく動くのを誘う、ミスしたフリの可能性もなくはない。
だが、このまま避け続けても限界は近い、というか力生が舐めプに飽きたら終わりだ。
ならば、僅かでも可能性がある方に賭けるべき。
「よっ――ぬぉ」
緊張感のせいか、気合の声も妙に締まらない。
刀を提げた狂人に背中を向ける恐怖を捻じ伏せ、素早く二回転。
力生との距離を十分に確保したところで、左手で六角棒を拾い上げて身を起こす。
やっと絶体絶命の体勢からは脱したが、ここからどうしたものか。
呼吸を整えつつ力生の
「右ぃっ!」
小銃だか猟銃だかの
力生が合図するか、明らかに不利な状況になったら、俺を撃つ
予想通りではあるが、
「逃げ場などない……お前はただ、届きもしない
「うるっせぇ、ボケがっ!」
まともに相手をするのも面倒になり、チンピラ言語が口を
それを俺の焦りと見たのか、薄笑いを
そんな力生の不快な
二度の破裂音が響いた後、丸窓から銃口が消えて重量物の落下音が続く。
「なっ、何を――」
「飛び道具は
言いながら銃口を力生に向ければ、すぐさま厭な笑いは
もう一枚二枚は切札を用意してるかと思ったが、この状況で何も起こらないとなると、どうやらネタが尽きたらしい。
俺は銃を床に落とすと、足で遠くに蹴り飛ばしてから六角棒を構えて告げる。
「邪魔者も消えたし、仕切り直しといこうか」
「……愚かだな。折角の優位を捨てるなど、何のつもりか」
「アンタに感化されたのか、雑魚を
「ほざけ、クソガキめが……三分もすれば、お前は自分の
「御忠告どうも。お返しに俺からも予言してやるが、三分後のアンタは床に
俺が言い終わるのを待たず、上段に構えた力生がコチラとの間を詰めてきた。
何の小細工もナシに、一刀の
刀剣は使えなくはないが専門外に近いので、真っ向勝負では力量差は
そもそも、手にしているのは刀ではなく金属の棒なので、真剣勝負にカテゴライズしていいのかどうか。
「……参る」
「参った、の間違いじゃ――」
コチラの混ぜっ返しを無視し、タタンッと小さな歩幅で踏み込んでくる力生。
精神性はゲスの極みだが、身のこなしは武人のそれと言って差し支えない。
この後に放たれるであろう斬撃は、受けるのも躱すのも間に合わなそうだ。
まぁ、元からどっちを選ぶつもりもないワケなんだが――
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