第64話 「遊んでやるが、遊ばれるつもりはない」

 コチラが臨戦態勢に入ったのを察し、力生りきおから浮ついた気配が消え去る。

 狂気をはらんだ笑顔はそのまま、眼光が別物へと切り替わっていく。

 凝視ぎょうししながら対象ではない何かを見ているような、イカレた奴に特有の焦点の曖昧あいまいな目つきとは違う。

 ギラついてるのにしゃが掛かったような風合ふうあいいの――前回の人生でもイヤになるほど遭遇してきた、人殺しの目だ。


「ふふっ……ふはははははっ! 自分から玩具オモチャになるのを志願するとは、中々の殊勝しゅしょうさではないか」

「遊んでやるが、遊ばれるつもりはない」


 音を立てない足運びで、力生がじわりと間合いを詰めてくる。

 構えは正眼中段のようだが、少し崩れている印象だ。

 コイツなりの、独特なアレンジが入っているのだろうか。


「お前の心構えなど知らん……この場で大事なのはただの一点、わしがどうしたいか、だけだ」

大輔だいすけの野郎にソックリだな、その自己中でカスみたいなミニ暴君ぶり。この調子だと、長男ってのも似たり寄ったりのクズなんだろ?」


 軽く煽りながら、力生の正面に立たないように移動。

 沼端ぬまはたとの格闘戦で受けたダメージは、回復には遠いが多少は薄れている。

 耳鳴りはだいぶ治まったし、左肩には痛みと強張こわばりが残っているが、回らない程じゃない。

 六角棒の先を床にすべらせ、二回コツコツと叩いてから右肩にかつぐ。

 

得物えものはそれでいいのか?」

「まぁ……アホを殴り殺すには、こいつで十分だろ」


 一瞬、百軒もものきから回収したザスタバを突き付けたい衝動に駆られたが、俺が銃を取り出せば高確率で狙撃が待っている。

 いくら俺でも、死角からの刺客には対処できない。

 ついでに言うと、一端いっぱしの剣士を気取っている力生のプライドを、刀もろとも粉砕したい気持ちも若干。


 そんな判断から、ベルトに挟んだ拳銃には手を伸ばさず、重たい金属棒をこれ見よがしに振り回す。

 余裕ぶったアピールだが、今の俺の筋力では中々に厳しい。

 それを知ってか知らずか、力生は鼻で笑ってコチラを眺めていた。


「お前はこれから、文字通りに一寸刻みになっていく……想像しろ、自分の指が、耳が、肉が、床に散らばる様を」

「んー……どれだけ想像してみても、テメェが小便漏らして泣きじゃくってる、ばっちい絵面しか出てこないわ」

「ハッ、どこまでその虚勢きょせいを保てるやら……せいぜい楽しませてくれよ」


 互いに距離を詰め、一歩踏み込めば切先きっさきが届く位置で対峙する。

 やけにうるさく聴こえてくる呼吸音は、俺のものか力生のものか。

 空調エアコンが効いているだろうに、六角棒の握りに汗が染みていく感覚が。

 今日一番の緊張が、腹の底から湧き上がって全身に拡がっていく。

 戦闘能力としては恐らく、沼端やグラサンコンビの方が高い。

 しかしこの力生には、そうした常識的な判断基準を超えた部分での危険が匂う。


 シャコッ――スチャッ


 不意に響いた、金属質の擦過音さっかおんが沈黙を破った。

 出所はわからないが、銃器に弾倉マガジン装填そうてんする音に似ているような。

 そんなことを思いながら、先手で動いた力生が繰り出す初撃へと対処する。

 大きく一歩を踏み込むと同時に、左から右下に急角度の袈裟斬けさぎり。


「ホルァ!」


 速いが、予測の範囲内の攻撃だ。

 片手で振った六角棒ですくい上げ、斬撃をはじく――


「甘いっ!」


 しかし想像以上に重たい一撃で、ねられなかった刃が滑ってくる。

 このままでは、数瞬後に何本かの指が落とされて、武器も失う。

 回転させて軌道をズラすのを試みるか、捨てて逃げる安全策か。

 咄嗟とっさの判断で後者を選んで、得物を手放し左方向へと跳ぶ。

 着地して一息く間もなく、片手持ちで右から左への横薙よこなぎ。

 これは尻を落として上体を沈め、床に転がってどうにかかわす。


「うぉあ――」


 予備動作が大きくてかろうじて反応できたが、ついてこれなかった十本ほどの髪がパラパラと舞い散る。

 トンッ、タンッ、ともった感じの足音。

 それとほぼ同時に、殺気の薄い刺突が二つ三つと続けて放たれる。

 無様にコケた玩具をなぶろうとする、浅ましさばかりが伝わってくる連撃。


「さっきまでの威勢はどうしたんだ、あぁ!? そんなものか? これで終わりとはフザケているっ! 儂を失望させるんじゃないっ! さぁ、さぁさぁさぁさぁっ! 持てる全てをさらけ出せっ!」


 左、中、右、右、中、左とランダムに繰り出される、鋭さの乏しい突き。

 とはいえ、刺されば無事では済まない程度に力は入っている。

 右に左に転がり、必死に後退あとずさり、地をう蹴りで足払いを狙う。

 反撃を悠々と往なした力生は、俺を見下ろしながら歓喜に満ち満ちた厭らしい笑顔でのたまった。


「もっともっともっと、もっとだ! 躍れ躍れ躍れ、躍れっ! 死に物狂いで絶望にあらがうのだ! お前の命の燃え尽く果て、きらびやかに飾ってみせろっ!」


 勢い余った突きが床を叩き、剣先が明後日あさっての方向へ流れる。

 コチラが大きく動くのを誘う、ミスしたフリの可能性もなくはない。

 だが、このまま避け続けても限界は近い、というか力生が舐めプに飽きたら終わりだ。

 ならば、僅かでも可能性がある方に賭けるべき。


「よっ――ぬぉ」


 緊張感のせいか、気合の声も妙に締まらない。

 刀を提げた狂人に背中を向ける恐怖を捻じ伏せ、素早く二回転。

 力生との距離を十分に確保したところで、左手で六角棒を拾い上げて身を起こす。

 やっと絶体絶命の体勢からは脱したが、ここからどうしたものか。

 呼吸を整えつつ力生の出方でかたうかがっていると、不意に叫び声が。


「右ぃっ!」


 桐子きりこの声に反応して視線を巡らせれば、小さな丸窓が開いていた。

 小銃だか猟銃だかの銃口マズルが、ニュッと突き出されている。

 力生が合図するか、明らかに不利な状況になったら、俺を撃つ手筈てはずになっているのだろう。

 予想通りではあるが、小賢こざかしい保険をかけてくるのは気に入らない。


「逃げ場などない……お前はただ、届きもしない蟷螂とうろうの斧を振り回し、儂のつづる映像詩の一部となる……その栄誉を甘受かんじゅするがよい」

「うるっせぇ、ボケがっ!」


 まともに相手をするのも面倒になり、チンピラ言語が口をく。

 それを俺の焦りと見たのか、薄笑いを嘲笑あざわらいへと変化させる力生。

 そんな力生の不快なつらにらみながら、背中に右手を回してベルトからザスタバを抜き、連続して銃爪ひきがねを引いた。

 二度の破裂音が響いた後、丸窓から銃口が消えて重量物の落下音が続く。


「なっ、何を――」

「飛び道具は無粋ぶすいだろ……ホラ、こんな展開になっちまう」


 言いながら銃口を力生に向ければ、すぐさま厭な笑いは霧散むさんして、引きった笑顔もどきに転じた。

 もう一枚二枚は切札を用意してるかと思ったが、この状況で何も起こらないとなると、どうやらネタが尽きたらしい。

 俺は銃を床に落とすと、足で遠くに蹴り飛ばしてから六角棒を構えて告げる。

 

「邪魔者も消えたし、仕切り直しといこうか」

「……愚かだな。折角の優位を捨てるなど、何のつもりか」

「アンタに感化されたのか、雑魚を甚振いたぶる遊びがしたくなってな」

「ほざけ、クソガキめが……三分もすれば、お前は自分の臓物はらわたと対面しとるぞ……そこで後悔しても、全てが手遅れだ」

「御忠告どうも。お返しに俺からも予言してやるが、三分後のアンタは床につくばって、どこで間違えたのかを必死で考えて――」


 俺が言い終わるのを待たず、上段に構えた力生がコチラとの間を詰めてきた。

 何の小細工もナシに、一刀のもとに斬り捨てようとの気概きがいが伝わる。

 刀剣は使えなくはないが専門外に近いので、真っ向勝負では力量差は如何いかんともしがたい。

 そもそも、手にしているのは刀ではなく金属の棒なので、真剣勝負にカテゴライズしていいのかどうか。


「……参る」

「参った、の間違いじゃ――」


 コチラの混ぜっ返しを無視し、タタンッと小さな歩幅で踏み込んでくる力生。

 精神性はゲスの極みだが、身のこなしは武人のそれと言って差し支えない。

 この後に放たれるであろう斬撃は、受けるのも躱すのも間に合わなそうだ。

 まぁ、元からどっちを選ぶつもりもないワケなんだが――

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