第41話 「そこにアキれる! 反吐が出るゥ!」

 過去――なのか未来なのか、とにかく前回の自分の人生で「不良少年」の集団あるを相手にした経験は少なくない。

 半グレの下請けをやっているガキ共の住処ヤサに乗り込んで、売春を強制されていた家出少女たちを救出する依頼、なんてのがあった。

 同級生に親のPCデータを盗ませ、企業相手に恐喝を仕掛けてきた不良高校生たちに、社会の厳しさを物理的に教えてやったことも。


 しかし、ヤキ入れのためにヤンキーの溜まり場に呼び出される、ってのは前回も含めて人生初のイベントだ。

 漫画でしか見たことない展開に巻き込まれ、目的地が近付くに連れて段々とテンションが高まってくる。

 そんな俺を取り囲んでいる三人は、落ち着かない様子で色々と話し合う。


「しかしよぉ、本当にお前が羽瀬はせさんたちをやったんか?」

「五人もいたのに、油断しすぎじゃねえの。こんなシャバいの相手によ」

「あぁ⁉ ふぉれらも俺らもひゅいぅひはれなひゃ不意打ちされなきゃみゃけやひねぇんらよ負けやしねぇんだよ!」

「ゲハハハハ、何言ってっかビタイチわかんねぇわ」

「まぁなぁ、すぐにぶっ殺せるから、それで我慢しとけや」


 相手をするのが面倒くさいので、何を言われていても全てスルーだ。

 体育館裏では、雪枩ゆきまつの手下らしい連中が五人、待ち構えていた。

 どいつもこいつも不快な面構つらがまえで、揃いも揃って十代半ばとは思えないくされた雰囲気を漂わせている。

 こいつらも加えると、総勢九人での歓迎会って流れか。


 それぞれが木刀や鉄パイプ、竹刀や自転車のチェーンといった、アウトレンジから攻撃できる武器を装備している。

 相手が一人だろうと、まずは全力で叩き潰そうと判断するのは、イキった不良たちに似つかわしくないリスクマネジメントだ。

 雪枩が想像以上に厄介なタイプなのか、もしくは頭の回る参謀的存在がいるのか。

 そんなことを考えていると、勝利を確信した態度で雪枩ゆきまつが語り始めた。

 

「さて……一年三組、薮上荊斗やぶがみけいとクン。言うことあるなら、聞くだけ聞いてやらんこともない」

「俺がここで土下座謝罪でもキメたら、何か変わるのか」

「基本的には変わらん……が、全治二年が一年半くらいに割引されるかもな」

「それはそれは、ありがたくて涙とか阿弥陀あみだが出るねぇ、坊ちゃん」


 こちらの煽りには基本無反応だったのに、「坊ちゃん」呼びをしてみたら明らかに機嫌をそこねた気配がふくらむ。

 教室でのやりとりからも半ば察せられたが、雪枩は実家や父親を引き合いに出されるのが大層お嫌いなようだ。

 となれば、俺はそこをチクチク刺し続けてやるワケだが。


「甘やかされて育ってると、一人じゃ喧嘩もできねぇんだな。マジでウケるんですけど。もしかして、ウンコする時にも手下がゾロゾロついてくんのか?」

「口数が多くなってんぞ……ビビってんのか、薮上」

「そりゃあな。俺一人を袋叩きにすんのに、ここまで人数を集めてくるとか、どんだけ弱虫チキンなんだよ? 逆にビビるわ、こんなの」


 雪枩は平然を装っているが、口の端がピキピキと震えている。

 もう二押しくらいで、完全ブチキレまで持って行けそうだ。


「で、へっぽこボンボンの雪枩ちゃんは、一人じゃ怖くて喧嘩もできないから、九人がかりで俺をブッ飛ばしちゃうんだ、スゴいね⁉」

「そうイキがんなよ、クソガキ……三十分経った後、前歯が全部なくなった口でも同じセリフが言えるかどうか、よく考えるんだな」

「さすが坊ちゃん、パパのお金でヤンキー軍団を結成してもらったヤツの言葉とは思えない! そこにアキれる! 反吐へどが出るゥ!」


 パンパンパン、とサルのオモチャみたいな動きで拍手をしながら言えば、雪枩の顔にグイグイしゅが混ざっていく。

 ここまで来たら、もう一押しで決壊けっかいだろう。

 と、考えて次の一手を打とうとしたところで、予期せぬ場所から動きがあった。


「らぁ、まぁ、るぇえええええええええええっ!」


 俺のトラッシュトークが、歯抜け稲妻坊主にも効いていたらしい。

 鼓膜こまくのダメージも残っているだろうに、無駄に耳聡みみざといことだ。

 坊主がポケットから取り出した筒のようなものを、地面に向かって振る。

 すると、軽い金属音を響かせながら筒が伸び、特殊警棒が姿を現した。

 にしても、この時代のヤンキーはどうして特殊警棒とかバタフライナイフとか、使い勝手のイマイチ悪い武器を持ちたがるのか。


 しかしまぁ、まともに「黙れ」とすら発音できない状態なのに、喧嘩に参加しようとする根性だけは大したものと言える。

 ただ、俺の嫌いなものランキング第三位は「無理や無謀を気合と根性でどうにかしようとする頭の悪い精神論」だ。

 なので、この坊主には頭の悪さに相応しい末路を用意して、サッサと医者に行ってもらうとしよう。


「ふっほぁあああああああああああっ!」


 締まらない雄叫おたけびを上げながら、稲妻坊主が突進してくる。

 二時間前に瞬殺されたばかりなのに、金属の棒一本を手にしただけで何故に勝てると思うのか。

 こちらが小さく溜息を吐くと、坊主は大きく息を吸い込んだ。

 直後、警棒がキレ味なく振り下ろされる。

 これならイケる、との判断が出たと同時に、右手首へのハイキックを放つ。


「ふぁう――」


 今の俺には、蹴りの一閃いっせんで骨を折るほどの力はない。

 とはいえ、握っているものを取り落とす程度の衝撃には十分だ。

 坊主の手放した警棒は、弧を描きながら重力に従って落ちていく。

 それを左手ですくい上げて握り、右の肩口へと引きつける。

 そして、たたらを踏んで寄ってきた坊主のアゴを、斜め下からカチ上げた。


「んぼっ」


 くぐもった声と共に、何本かの血涎ちよだれに塗れた歯が宙を舞う。

 それらに少し遅れたが、意識を失った本体の坊主も地面に転がって、タンポポの綿毛を飛ばした。

 続けて突っ込んでくるのを待ち受けるが、アホなりに危険な匂いは察知できるらしく、迂闊うかつな行動に出るヤツはいない。


 各個撃破が難しそうなので、改めて雪枩を煽り散らかす方向で攻めるとしよう。

 俺は伸ばしたままの警棒をベルトに挟むと、再び全力でウザキャラを演じていく。


「あーあ、よわよわ坊ちゃんがモタついてっから、手下のカス虫が死んじゃった」

「ボケが……一人減ったところで、八対一だっての」

「えっ、やっぱりクソザコ坊ちゃんはタイマンも張れないんだ⁉ うーわ、マジ引くわ。パパの金で集めた三十人のヤンキーに介護されながら、地域最強とか言っちゃってるの、恥ずかしくないの? 俺がアンタなら、正気じゃいられないんだけど」

「おっ――てぁ――殺――っ!」


 雪枩は頭に血がのぼって、舌も回らなくなってきている――ここだ。


「はーい、頭悪くても頑張って日本語喋ろうねー? どうしたいのかなー? ブチキレちゃったボクちゃんは、ナマイキな後輩相手にどうしたいのかなー? パパに頼んでやっつけますかー? それとも、金で買ったお友達に頼りますかー?」

「ってやんよ、クソが……あぁ⁉ ナメやがって、絶対ぜってぇ絶対ぜってぇここで、今すぐ、ぶっ殺す! クソがっ! そのクソ脳味噌ブチ撒けるまで、テメェのクソ頭を蹴り続けるからよぉ! おぉん⁉」

「クソクソうるせぇぞクソボンボン。能書きはいいから、かかって来い」

「お前ら、手ぇ出すなよ……このクソガキは、俺がブチ殺すからよ」


 雪枩が上着を脱いで放り投げ、手下の一人がそれを空中でキャッチした。

 下に着ているのは校則で規定されたワイシャツではなく、黄色と黒のボーダーで色分けされたロングスリーブのTシャツだ。

 自分を危険物だと警告する、シャレのつもりなのだろうか。

 着痩きやせするタイプなのか、シャツの下では筋肉が盛り上がり、デコボコとした体の輪郭を形作っている。


「おい坊ちゃん、弱虫なのに武器を使わなくていいのか」

「だから……ナメたこと言ってんじゃねぇぞ……」


 すっかり脳が煮えた雪枩は、こちらの煽りに簡単に乗ってくる。

 この人数を同時に相手にするのは流石にキツかったので、単細胞な反応を見せてくれて助かった。


「逃がさねぇように、リング作れ」


 その言葉に反応し、下っ端ヤンキーたちは俺と雪枩の周囲に人垣ひとがきを作る。

 逃げたり休んだりを許さず、ひたすらに殴り合いをさせるスタイルだ。

 映画の決闘シーンで観たことはあるが、実際にやらされるハメになるとは。

 しかもこの状況では、俺が倒れたらそのまま袋叩きに展開する危険性もある。


 ただ、稲妻坊主の瞬殺を見たせいか、囲んでいる連中には余裕が感じられない。

 なのに悠然ゆうぜんと俺に向き合う雪枩は、どれだけ己の腕っぷしに自信があるのか。

 もう少し事前調査をしておくべきだったかな――軽く後悔していると、雪枩がいきなり仕掛けてきた。

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