第7話 「じゃあサメ子な」

 店員の攻撃はひたすら単調で、とにかく直線的で、何より鈍重どんじゅうだった。

 当然ながら全てのスイングを見切り、回避の度にバットの先を指でピンとはじく。

 そんなあおりで店員の頭は更に温かくなり、攻撃はますます雑になる。


 大体、バットのようなリーチのある鈍器どんきを使うなら、狙うべきはまず頭部か利き手側の鎖骨さこつ

 強めの一撃で、戦闘意欲か戦闘能力のどちらかを奪ってしまうのがセオリーだ。

 なのに目の前にいる阿呆は、ただ闇雲やみくもにブンブン振り回すばかり。


「おい、もう5アウト分くらい空振ってるぞ」

「ふっ――だからっ! よっ――余裕ぶっ、てんじゃ――」

「このくらいで息切れすんな。あと同じこと何回も言うな」

「こぉ、のっ――」

「そろそろチェンジしとけ、よっ!」


 全力の大根切りの後、もう一度同じムーブでかぶった店員のアゴに、左のアッパー掌打しょうだを撃ち込む。

 今の自分では、グーで行くと殴ったこぶしを痛める可能性もあるので、一応は保険をかけた感じだ。

 クリーンヒットの感触と同時に店員の全身から力が抜け、白目をいてグニョンとその場に崩れ落ちた。


「えぇ⁉ 一発でKOとか、ケイ――薮上やぶがみくん、ちょっと凄くない?」

「アゴに打撃が上手く入ると、脳が揺れて今みたいに気絶するんだ……あと、俺の呼び方は昔と同じでいいぞ」

「でっ、でも……綽名あだなで呼んだりして、皆に噂されると恥ずかしいし……」

「どこのピンク髪ヒロインだ」

「ピン……えっ? 何?」


 反射的についツッコミを入れてしまうが、通じなかったようだ。

 もしかすると、まだ発売前かも……いや、そういう問題でもないか。

 ともあれ、金髪店員をKOしたことで、この場の敵は全て戦闘不能。 

 首をかしげる瑠佳るかを放置して、話を先に進める。


「色々と訊きたいことはあるが……まずは、コイツらをどうにかするか」

「どうにかって……どっかに埋めてくるの?」

「そこまで本格派じゃなくて。目を覚ましたら暴れる危険があるから、拘束する」

「手錠とか、ロープとか、そういうやつ?」

「あれば使うけど、なくてもまぁ問題ない」

 

 カウンターの周辺を確認すると、ガムテープが見つかった。

 これで全員を後ろ手で縛り、うつぶせにして転がす。

 この状態なら、意識を回復しても身動きがとれるまで時間がかかるハズだ。

 ついでだから、顔面にもテープを巻いて行動の難易度を上げておこう。


 本当なら両足も封じるべきだが、複数が小便を漏らしていて触りたくない。

 野々村ののむらに至ってはデカいのまで産み落とし、名実共にクソ野郎と化している。

 本当にどっかに埋めてきたい気分を高めつつ、素早く拘束を終了させた。

 かたわらで作業を眺めていた瑠佳は、手伝おうとしたけどやることが見つからなかった雰囲気だ。


「何なの、その手際の良さは……」


 瑠佳が、感心半分呆れ半分といった様子で言う。

 普通に生活していれば、人間を拘束することはまずないだろう。

 だが、俺にとっては日常的な作業のひとつ……だった。

 苦笑を浮かべて聞き流すと、俺はコチラからの質問を投げる。


「そんなことより……どうして、こんな場所に来るハメになったんだ、サメ子」

「とりあえずサメ子はやめて、サメ子は。呼ばれるの久々すぎて恥ずいし、そもそもあんま呼ばれたくないし」

「じゃあ、どう呼ぶ? 村雨むらさめさん? 瑠佳ちゃん? ルーさま?」

「最後のは誰なの? まぁ……呼びたいように呼んでくれれば、それで」

「じゃあサメ子な」

「人のハナシ聞いてないっ⁉」


 強張こわばりっぱなしな瑠佳の表情も、徐々にゆるんできたようだ。

 無駄話でリラックスしたのを見計みはからい、再び核心についての質問を投げる。


「来たくて来た、ってワケじゃないよな」

「うん……今日、この店まで来るように指示されて」

「その指示ってのは、そこに転がってるアホ共から、なのか」

「どうかな……連絡役してきたのは、そこの太ったヤツだったけど……たぶん、裏にいるのはヤクザ、なんだと思う」


 半ば予想はしていたが、やっぱりそういうのが出てくるか。

 現実での瑠佳は、本人だけでなく家族までもが消息不明だ。

 家族も含めて丸ごと蒸発させるとなると、こんな雑魚には明らかに荷が重い。


 いや、消すだけならば可能かもしれないが、消した証拠を隠滅いんめつする細かい工作は、コイツらには不可能だろう。

 とすれば、そういった仕事が得意な連中の関与がある、と考えるのが自然だろう。

 この辺りで、そんな組織はあったっけかな、と思い出しながら質問を重ねる。

 

「で、ヤクザに脅される原因は? ナンパしてきた若い衆の頬骨ほおぼねをメガトンパンチで砕いた? 盗んだバイクで黒塗りのセンチュリーに当て逃げ?」

「私をどんな無法者アウトローだと思ってるの? 原因は私じゃなくて家族……っていうか、何ていうか……」


 言いよどむ瑠佳に無言でうなづきき返し、先をうながす。


「親っていうか……一応は親ってことになるんだろうけど、子供の頃にウチから出ていった……元チチオヤの野郎が、やらかしてくれやがって」

「口が悪くなってんぞ、おい」


 色々と思うところがあるのか、瑠佳の「父親」の発音がおかしい。

 続きを語るのを迷うような素振りも見せるが、しばらく待っていると忌々いまいましさを丸出しに瑠佳が口を開く。


「あいつ……外面はいいけど、メチャクチャ酒癖と女癖が悪くて……オマケに暴力まで振るうカスで。酔って暴れるならまだしも、飲んでない時も私やママを殴るんだ」

「パーフェクトなクズ親父じゃないか」

「いや、ホントに。ケイちゃんと同じ学校に転校した時には、もういなかったけど」

「DV親父は家族に執着しそうだが……よくスムーズに別れられたな」


 家庭内暴力ドメスティックバイオレンスの略語は通じてないようだが、瑠佳はそこに引っ掛からずに話を続ける。


「あいつが泥酔してる時に、口喧嘩からの流れで離婚届にハンコを押させたママが、私と妹を連れて逃げたの。だいぶ前から、逃げる準備はしてたみたいで」

「やるなぁ、らんちゃん」

「ママを下の名前で呼ぶな! ってか、よく覚えてるね」

「話してる内に思い出してきた。サメ子とプチサメ子と藍ちゃんで村雨家、だったのを」


 俺の言葉で瑠佳に微笑が浮かぶが、それはすぐにしかつらへとすり替わる。


「そうだね……で、そのクズ親父が、事業の失敗なのかギャンブルで負けたのか、結構な額の借金を作ったらしくて。元から信用のない男だから、まともな相手から借りられなくなって、ヤバい所から借りた挙句に……」

「借金のカタにサメ子を売り飛ばした、と」

「うん……そういうことになってる、みたい」


 喋っている内に瑠佳から感情が消え、俺の言葉に答える声は合成音のようだ。

 噴出しそうな激情を無理矢理に抑えているような、そんな不自然さを感じる。


「親の、しかも離婚して他人になっているヤツの借金なんて、サメ子が返す必要はないが……そういう常識が通じる相手でもない、か」

「この件についての連絡が、あのクソ親父からあったのが一ヶ月くらい前で、私には関係ないって突っぱねたんだけど……半月くらい前から、ウチの周りを妙な連中がウロつくようになってね。警察に相談するべきだったんだろうけど、それもちょっと」

「ジャブ的な脅迫でもあったか」

「そう……『余計なマネをすると家族に不幸な事故が起きる』って電話が、何度か」

 

 直接的な暴力や脅迫には及ばず、それが起きるのを相手に想像させる。

 反社が交渉で持ち出してくる、心理的に圧を掛ける時の常套手段じょうとうしゅだんだ。


「藍ちゃんは、連絡があったのを知ってるのか?」

「私からは言ってないから、たぶん知らない……でも、もしかすると借金を申し込まれたりは、あったかも」


 聞けば聞くほど、厄介極まりない状況だ。

 この時代にも暴対法ぼうたいほうはあるだろうが、野々村ののむらと愉快な仲間たちみたいな半端者が前面に出ているなら、官憲の取り締まりには期待できない。

 後に半グレと呼ばれる連中が蔓延はびこったように、ヤクザのようでヤクザではない連中は、こういうグレーな仕事に精通している、というのもある。


 そもそも、瑠佳をおとしいれようとしている主体が身内、というのが最大の問題だ。

 たとえ今回のトラブルを解決できたにしても、この親父を野放しにしておいたら、またすぐ似たような騒動を巻き起こすのは確実だろう。

 何にせよ、まずは野々村の言っていた「上」とやらを叩く必要がありそうだ――

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