第22話 囚われの王と翼を持つ弟②
「らしいね。王族の我々は指を咥えて見てるしかないけど。それとも、私のように世間に顔が知れた人間でも、仮面をつけていればわからないかな?」
そう言って、美少年めいた兄はほのかに頬を染めた。子供みたいだ。ルシオは複雑な気持ちで兄の背中に手を当てる。
「そのうち替え玉でも用意して遊びにいけばいい。そっくりな兄弟なら僕が手伝ってやれたのに、お役に立てなくて残念だよ」
「お前の方が兄みたいだね」
くすりと笑ったジュリアスに、ルシオは真剣な眼差しを向ける。
「そんなことないよ。兄さんは兄さんだ。じゃ、もう行くよ」
そう言ってルシオが兄に背を向けたとき、後ろから声がかかった。
「もしも私が死ぬようなことがあったら、あとを頼む」
ルシオは息をのんだ。背後から聞こえた声は、兄のものとは思えないくらいに低く、暗い。ルシオは眉をひそめて振り返った。
「何か……あったのか?」
「いや。何も」
さらりと言うジュリアスの顔はいつもと同じで朗らかだ。
しかし、ルシオには仮面に隠された兄の本当の気持ちが分かる気がした。
祖父も父も殺されたのだ。次に会う時に、自分が同じ姿で弟の前に立てるかわからない――兄はそう思っているのだろう。傀儡の王権は、今も薄氷の上に立っている。
「王国はどこも治安が悪くなっているらしいな」
ジュリアスの声にハッとして、ルシオは顔を上げた。返事を考えあぐねていたが、当の兄はいつもの様子に戻っている。ルシオは頷いた。
「ここへ来る途中もいろいろ見聞きしたけど、貴族そのものが狙われているようだ」
「だからその格好か」
ジュリアスは、ルシオが着ている薄汚れた外套に目をやる。
「ルシオ、くれぐれも気をつけてくれ。僕はいつでも、どこにいたってお前の味方だから」
「ありがとう。兄さんも」
最後には王国式の敬礼をして、ルシオは王の執務室を出た。
「デローニ。例の件、宰相が手を回してくれるそうだ」
来たときよりもややゆっくり歩きながら、ルシオが告げる。デローニは簡潔に返事をして、主人の後ろに下がった。
兄に会ったあとはいつも、虚無感と焦燥感で胸が苦しくなる。穏やかな顔の裏に、玉座に就いたときから生きることを諦めた彼の骸が垣間見えるからだ。それなのに、彼を鳥かごから出してやれない無力な自分に、いら立ちを覚える。
優しすぎる兄は王の器ではない。死をもって安らぎを手にいれるその日まで、自由を求めて心の中で叫び続けるだろう。
王宮の一階広間では、メイドたちが楽しそうに仕事をしていた。今夜はとある宮廷婦人の取り仕切りで、カードゲーム大会が開かれるらしい。会場となる部屋に隣接した広間では、軽食を提供するための準備が進められている。
「のんきなものですな。これから天地がひっくり返る事件が起こるかもしれないというのに」
デローニが呆れたように言う。ルシオは先ほど兄から聞いた、カードゲーム大会よりもっと浮ついた催しのことを思い出した。
「どうやら、仮面舞踏会とやらもあるらしい。一般貴族が羨ましいな」
「その仮面舞踏会でしたら、わたくしも参加する予定です」
後ろに控えていたクロナージュ伯爵が突然言ったので、ルシオは眉を上げた。
「伯爵が? ああいったものは、若い男女が参加するものではないのか?」
「は。さようでございますが、主催がムゼ侯爵とあっては、積もる話がいろいろありますので……。当日はエレイナを伴って参ります」
エレイナの名を聞いた途端、ルシオの耳がぴくりと動く。
「なんだって?」
「先日まで進めておりました縁談がなくなりましたので、なんとか次のチャンスがないかと思いまして。ムゼ侯爵ほどの人脈があれば、きっと娘が気に入る男性が見つかるのではないかと、今から楽しみでございます」
クロナージュ伯爵は満面の笑みを向けたが、ルシオはもう彼を見ていなかった。彼の言ったことも、もちろん最後の方はほとんど耳に入っていない。
――まったく。
せっかくあの忌々しい婚約者を蹴散らしたというのに、どうしてこうも邪魔が入るのか。
なんとしても阻止しなければならない。もう一度とエレイナに会って、吹けば倒れそうな繊細な身体をこの腕に抱きたい。そして、芳しい花びらにも似た彼女の唇をふたたび味わうのだ。
これ以上ないというくらいに険しい顔で宙を見詰めていたルシオが、ぱっと側近の方を振り返った。
「デローニ。私も仮面舞踏会に参加することにした」
「殿下……!」
にいっ、と不敵な笑みを浮かべる主人の顔を見て、デローニは額に手を当てて天を仰ぐ。その隣で、ルシオは颯爽と廊下を歩きだした。
いよいよだ。いよいよ本来あるべき男の姿で彼女に会うのだ。ルシオは戦いに赴くこの国の騎士がよくするように、握った拳で胸を二回叩いた。
幼なじみの第二王子(女装)に甘く迫られています♥ ととりとわ @totoritowa
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