小樽で強引なおばあちゃんと出会う


 狭い二段ベッドに寝転んだ伊吹は、さっき出逢った青年を思い出していた。


「あれ、確かにツノだったよな?」


 見間違いかと思ったが、あの時確かに見たのだ。

 でも、人間にツノが生えているはずがない。

 じゃあ、あれはなんだ?

 その自問自答の繰り返しだった。もう一回見たら、何かわかるかもしれない。


「そうと決まれば、行くか」


 寝ていた体を腹筋を使い起き上がると、そのままベッドを降りた。

 船内を探索している振りをして探してみるも見つからなかった。

 部屋に入ってしまえば、どこにいるのかわからないし、一つ一つの部屋を見回ると、不審者扱いされるかもしれない。


(どうしたものかな……)


 『皆様、本船は小樽港にただいま只今着岸いたしました。係員の指示に従い下船ください。本日は、ご利用いただきありがとうございました。またのご乗船を心からお待ちしております』


「タイムオーバーか」


 ため息を一つ吐いて天を見上げた。この目で確かめられなかったのは残念だったが、こればかりはしかたがない。真相を知ったところで自分が得するわけじゃないしな。むしろ巻き込まれるかもしれない。なんたって怪しいことこのうえないのだ。角が見えただなんて、あの青年は災いを起こす元凶なのかもしれない。


「触らぬ神に祟りなし……か」


 これはこれで良かったのかもしれないな、と思い直した伊吹は、自分のベッドに戻り荷造りを始めたのだった。



 ロードバイクの入った袋とバックパックを背負った伊吹は、約1日ぶりの地面に足をつけた。背負っていたものを一旦道路に置き、大きく息を吸い込んで伸びをする。


「んーーーっ」


 手を下げるとブルッと身震いをした。

 肌寒い。出発する時は汗ばんで蒸し暑かったのにこんなにも気温が違うものなのか。半袖から伸びた腕に鳥肌が立っているのを温めるように反対の手で擦る。バックパックから上に羽織れるジャンパーを取り出して着た。


「小樽って何があるんだろー」


 オルゴール館や水族館があるって見たけど、興味はない。彼女と旅行とかならいいかもしれないが、こっちは貧乏旅行だ。入館料は払ってられない。少しでも旅費は切り詰めいないとならないのだ。

 とりあえず、ここの名物や郷土料理のリサーチから始めるかな。北海道に来たのだから海の幸は外せない。高いかなー……と、思いながら荷物を背負い直し歩き始めた。


「やっぱり、観光客多いな」


 せっかく小樽に来たなら、小樽運河でも見てみるかと川べりの石畳を歩いていた。真っ直ぐではなく緩やかに湾曲を描いていてその対岸には煉瓦造りの建造物が並ぶ。感心したように「へぇー」と呟いたと同時にぐぅ〜と腹の底から大きな音が鳴る。


「俺は、綺麗なものを見るより食い気が勝るか」


 眉毛を下げ苦笑いした伊吹は、飲食店を探す。寿司にザンギに中華、蕎麦。

どれも美味しそうに見える。


「寿司食いたいけど、やっぱ予算オーバーするな。んー、でも海鮮は外せないよな」


 非常に悩ましい問題に唸りながら歩いていると「お兄さん」と呼ぶ声がした。首を傾げながら振り返ると、割烹着を着てニコニコしている優しいおばあちゃんが立って手招きしている。伊吹は、自身を指さし「俺ですか?」という。


「そうそう、お兄さんだよ」

 呼ばれた伊吹は、おばあさんの元に行く。


「何ですか?」

「お腹空いてるんだべ」

「何食べようか悩んでて。俺、ロードバイクで日本縦断するので腹に溜まるものがいいかな、とか。でも、海鮮は外せないけど、値段高いなーって悩んでて」

「うちで食っていけば」


「おばあさんところ飲食店なんですか?」

「うん。で、予算はなんぼ?」

「できれば、千円から千五百円以内で」

 最後の方の言葉は若干声が小さくなる。


 はははと豪快に笑ったおばあちゃんは、伊吹の背中をパンパンと叩く。


「まかせれ。うちの食堂は安くて美味い」

「あ、あの……、魚とかもあります?」


 おばあさんは目を丸くしてキョトンとした顔をする。予算が少なくて望んでた刺身とか北海道っぽい魚は出せないのかもしれない。


「ごめんなさい、今のなしで。なんでも……」

「北海道さ来たら、魚食わねぇで、何食うのさ。ジンギスカンか? ほら行くべ」


 伊吹は、若干押しの強いおばあさんについて行くのだった。

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