第56話
シャロンは頷いた。
「そう。ローレンスが殺したのは偽のシモンだけじゃない。本物のルイス少佐も殺害してるのよ」
「そ、それはたしかなんですか?」
「ええ。目撃者がいるわ。ここに連れてくることはできないけれど、可愛い目撃者がね」
「それって……」
あの猫達から聞き出していたのはシモンのことではなく、ルイス少佐のことだったのか。
私が口をつぐむとシャロンはまた頷いた。
「ルイス少佐が殺されたのは偽のシモンが殺される前々日の夜。つまりルイス少佐があの古城を訪れたとされる前日の夜よ。ローレンスはあの岬にルイス少佐を連れて行き、突き落とした。その証拠がこれよ」
シャロンは私にある物を渡した。それは軍服に付ける勲章だった。王は私が持つ勲章を覗き込んだ。
「なるほど。これはミリタリークロスだ。優れた武勲を挙げた者だけが授与できる。これが本物なら裏面に受け取った日付と名前が彫られているはずだね」
私は恐る恐る憧れのミリタリークロスをひっくり返した。そこには十五年前の日付とルイス・フォレスターの名前がしっかりと彫られている。
「……ルイス少佐のものです」
周囲はどよめき、ローレンスに注がれる視線が濃くなる。シャロンは言った。
「それが崖下に落ちていたわ。おそらく突き落とされた時にそれだけ外れたんでしょう。となると死体は速い海流に乗ってアゾン海を彷徨っている最中でしょうね」
「いや、でもなぜ?」とレナード大尉は尋ねた。「どうしてルイス少佐を殺す必要があったんですか?」
「彼が魔法に反対していたからよ」
シャロンは確認するようにローレンスを見た。ローレンスは頷く。
「その通りです。あの人は魔法を目の敵にしていた反対派の急先鋒です。だから魔法反対派に有利な話があると言って呼び出し、海へと突き落としました」
ローレンスはそう言うがその説明では納得できない。
「ちょっと待て。でもお前は魔法使いであるシモンも殺している。この二つは矛盾するじゃないか」
「それがしないのよ」とシャロンが答えた。「なぜならあのシモンは偽者だから。そしてなにより、あの城にはスパイがいたから」
「スパイ?」
「ええ」シャロンは頷いた。
「スパイになんの関係があるんですか?」
私はロバートを見た。ロバートは訳が分からず混乱している。
「わ、私はなにも……」
「しないでいいのよ。スパイがいるということが重要なのだから。考えてもみなさい。ローレンスはとても事件解決に協力的だった。でも犯人がそんなことするかしら? 彼の協力がなければわたしはこの事件を解けなかったかもしれないのに。どう考えても自殺行為だわ。でもする必要があった。スパイを見つけ出すためにね。だってあるはずの設計図がなくなっていたのだから。もしスパイが盗っていたら大変なことになるわ」
そうか。それならローレンスの言動と一致する。ローレンスは自分が捕まるリスクよりもスパイ発見を優先していたんだ。だがなぜそんなことを?
私の疑問に答えるが如く、シャロンは言った。
「前もってルイス少佐が殺され、しかも密室なんていうまどろっこしいものを作っている。このことからローレンスが事前に知っていた情報は二つある。一つはあの古城にイガヌのスパイがやってくること。もう一つはシモン・マグヌスが偽者だということ」
「どうやってその二つを知ったんですか?」
「スパイの方は知り合いに聞いたり報告が入ってきたりしたんじゃない? 警備主任なら持っているべき情報だし。あなたも言ってたじゃない。秘密情報部は確証が持てない限り上に報告しないって。つまり確証が持てない段階の情報なら横の繋がりで手に入れることは可能なのよ」
「なるほど……」
「次にどうしてシモン・マグヌスが偽者か分かったかだけど、こちらは調べるのに苦労したわ。だけど電話という便利な技術のおかげで解決できた。坊やが部屋を出てから、わたしは二つの場所に電話をかけたわ。一つはローレンスの故郷タンウェブ。もう一つは再びシモンがいるグラスゴート。ローレンスが予めシモンのことを偽者だと分かっていることから、彼は昔の知り合い、またはその土地の者である可能性が高いわ。予想は的中し、タンウェブ出身の行商人がグラスゴートにも現れていた。その男は彼の両親が営むドーナツ屋にも品を届けていたわ。男の名前は」
「ブランドン・ベイリー」ローレンスが先回りして答えた。「仲間内ではBBと呼ばれていました。どこにでもいるケチな行商人ですよ」
ローレンスは眉をひそめ、シャロンは頷いた。
「そう。おそらく警備対象の情報が渡された時に気付いたのでしょうね。今はそういうものに写真を貼るのが当たり前になっているから」
「その通りです。そしてあいつはルイス少佐とも年齢や骨格が似ていました。だから制服と付けひげだけで十分変装ができましたよ」
ローレンスは抵抗もなく言った。
そうか。シャロンが私のいない時に電話をしていたのはローレンスの周辺を探るためだったのか。私を遠ざけた理由はさっきまでの状況を見れば一目瞭然だ。
私に真実を告げればローレンスを助けようとする。だから言わなかった。
信用されてなかったわけだ。当然だな。それだけ私は弱かった。
シャロンは落ち込む私を見てどこか悲しそうにしながら話した。
「写真を見たローレンスは当然こう思ったわ。こいつは偽者で魔法使いなんかじゃない。でもそれだけじゃ殺す必要なんてなかった。でも予想外の情報が入ってきたの。それがスパイの存在と兵器よ。ローレンスは考えた。偽者のシモンは王を騙すためにやってくるはず。おそらく病気を治す治療費を騙し取るためにね。そうなると一つ懸念が生まれる。設計図はまだ完成していないのではないか? もしそうだった場合、今後も完成する可能性が低い。簡単に入れ替われたことから考えて本物のシモンは既に死んでいるかもしれないから」
辺りが再びざわついた。やはり本物のシモンはもう……。
シャロンは続ける。
「やってきたシモンが偽者とバレないためにも持ってくる設計図は本物のはず。だけどそれを完成できる唯一の存在が既にいないかもしれない。本物は既にこの世から去っていて、やってきたシモンも偽者だということがイガヌのスパイにバレたらネルコはどうなるかしら? 考えられるのは二つ」
シャロンは小さな指を二本立てた。
「一つは設計図は完成している場合。この場合、ネルコは兵器を手に入れることができる。ただし、おそらく設計図は暗号化されているでしょうね。だからロバートはすぐに覚えられなかった」
ロバートは頷いた。
「その通りです……。設計図は大事なところが複雑な暗号になっていました。それに完成しているかどうかは私には……」
「それが今回の鍵である二つ目に繋がるわ。設計図が完成していない場合、ネルコは兵器を手に入れられない。だけどそれでも利用できることはあるわ」
私は不思議に思った。
「利用?」
「そう。ネルコが強力な兵器を持っているかもしれないと他国に思わせる。そうすれば他国は反撃を恐れてネルコやその植民地に手出しできない。だけどこれには問題がある。設計図が他国に流出し、解読された場合、ブラフが見破れる可能性が高いのよ」
「なるほど……。だからあんなにも必死にスパイを探していたんですね。完成していれば他国に流出して不利になり、完成してなければブラフが見破られるから……」
「ええ。そして未完成だった場合、それがバレないようにするには偽のシモンが本物と思われている内に殺すことが必要になる。偽者だと分かれば設計図自体も偽物だと思われ、そうなれば未完成だった時のブラフが使えない。だから王に会う前に偽のシモンは殺されたのよ。会えば偽者だとバレる可能性があるから。それがスパイに知られればネルコは将来に渡って得られたはずの国際的リードを永遠に失うでしょうね。繁栄するはずの未来をね」
シャロンは小さく溜息をついて続けた。
「偽者のシモンさえ殺してしまえば完成していた設計図を回収したと嘘を言えばいい。スパイはその情報を本国に持ち帰るでしょうからね。これによってブラフは成立するわ。設計図が本物だったら尚よし。シモンは有名人だから嘘である確率は低い。他国は相当焦るでしょうね。偽者のシモンがしたようにローレンスもまたシモン・マグヌスのネームバリューを利用したのよ」
私がハッとするとローレンスは頷いた。
「ミスヴィクトリアの言った通り情報は武器です。我が国はすごい魔法使いが開発した恐るべき兵器を持っている。そう相手に思わせるだけでもかなりの効果が望まれます」
「そう。だからあなたは偽のシモンを殺す必要があったの。わざわざ密室を作ったのは人間ではなく魔法使いを注目させるため。その中にスパイがいるのだから当然ね。犯人捜しの名目でスパイを炙り出すことができるわ」
たしかに人間には不可能と思える密室があったからこそ、我々は真っ先に魔法使いを疑い、しつこく調べた。
だがその実、私達は殺人犯ではなく、スパイ捜しをさせられていたのだ。
シャロンは続ける。
「全ては順調にいくはずだった。だけど誤算があったわ。回収するはずの設計図はスパイであるロバートに盗まれていた。変装させて呼び出したシモンが設計図を持ってこなかった時は焦ったでしょうね。もし設計図が完全なものだったらイガヌだけがそれを手に入れることになる。設計図が不完全でしかもシモンが偽者であることをスパイが知っていたら牽制の意味がない。イガヌのスパイと軍の裏切り者が結託して開発者を殺さないといけないほどの兵器がネルコにあると国の内外に知らしめるはずだったのに。だからスパイを見つけ出し、設計図が流出することを防ぐためにもわたしに協力する必要があった。私欲は一つもない。全てはこの国の未来を守るためにね」
愛国者としての使命。それがローレンスに人を殺させた。
衝撃的な事実に誰もが黙り込んだ。ある種の英雄だ。しかし同時に恐ろしくもある。
人は巨大な組織を前にすると滅私を持って尽くそうとしてしまうのだ。
それが果たして正しいことと言えるのか、私には分からない。少なくとも二人の命を奪っていい理由になるとは思わなかった。
沈黙を破り、レナード大尉が口を開いた。
「なるほど。ルイス少佐を殺した理由と同じく国のためか」
「はい。魔法はこの国にとって有益なものです。現にイガヌはそれを求めスパイまで送っている。なのに保守派はいつまでも過去の成功にしがみつき、利権を捨てられない。本当に国を思う心があるのであれば発展のために使えるものはなんでも使うべきです」
「……その通りだね」
レナード大尉は同意したが、同時に気圧されていた。生粋のエリートである大尉にはできないことだろう。頭では分かっていても実際に人を殺すとなれば躊躇する。相手が同じ軍人であるなら尚更だ。
「魔法使いが王に認められ、魔法反対派で一番目立っていたルイス少佐が殺されれば、この国の流れは一気に傾く。魔法は科学と溶け合い、ネルコは更なる発展を遂げるでしょう。自分はその礎となります」
そう告げるローレンスは一切の後悔をしていないように見えた。
そうか。思い返して見れば最初からおかしかった。魔法痕なんていう知識をローレンスは持っていたんだ。あれはきっと魔法について学んだからだろう。
そして気付いた。この技術が国の発展に役立つと。
だからこの国を守った。自分を犠牲にしてまで。
素晴らしい愛国者であると同時に狂っている。だが少し気持ちは分かった。あの古城にずっといたんだ。この国を愛する気持ちは日に日に強まっていっただろう。
それだけの魔力があの古城にはあった。
だからこそ『魔城』などと呼ばれているのかもしれない。
殺しの方法は兵の間に伝わる噂話にヒントを得たんだろう。おそらく似た方法で過去にも犯罪が行われているはずだ。
それが伝説となって残り、何世紀も先で別の男を殺した。
そう言う意味では兵達の噂話は本当だった。そして伝説と同じで殺した者は魔女によって長い年月を奪われる。
美しく、そして悲しい話だった。
「でも少し悔しいですね」とローレンスは言った。「車内に証拠が残ってるなんて。血痕を含めて一番確認した場所なのに、まさかそんなものがあったとは」
「ああこれ?」
シャロンは持っていた貝殻を近くにあったシャンパンのグラスに投げ入れた。
「これは偽物よ。筆跡だけだと否定される可能性があったからここに来る時用意したの。遠目だと血に見えるのはホテルに用意された苺ジャムよ。それを昨日拾ってきた貝殻に塗っただけ。さすがに証拠が二つもあれば罪を認めると思ったわ。まあ最終手段として自白剤があったけど、あれをあなたに飲ませたくはなかったの。作った本人が飲まないところを見ると効果もあるけど副作用も強そうだから。良い男が苦悶で顔を歪めるところは見ようと思うほど悪趣味じゃないわ」
シャロンはあっさりと嘘をついたことを白状した。
私もローレンスも他の全員も唖然としていた。
魔法使いは嘘つき。そのことを忘れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます