第52話
確認が済むとシャロンは集まった人の前に立った。自分より大きな者達の視線を一身に受けても悠々と振る舞う。
「全員揃ったわね。ではまず今回の事件を振り返ってみましょう。事件当日。この古城には六人の魔法使いと五人の軍関係者がいたわ。そして彼らを百人以上の警備兵達が守っていた。にもかかわらず警護対象の内一人は殺され、軍の関係者が一人城を去っている」
シャロンはここにいる全員に事件の概要を伝えた。ここにいる誰もが知っている内容だった。シャロンは続けた。
「もう少し詳しく説明しましょう。あの日の晩、魔法使いが食事を終えたあと三階に戻った。ロビーにいた軍関係者も合わせて十人が三階にいたことになるわ。ロビーにいた四人と会話したのはサイラスとロバート、そしてイブリン。間違いないわね?」
名前が出た三人は「ああ」「ええ」「そうです」と言って頷いた。
「軍の関係者と話さなかったのは殺されたシモンとヴィクトリア、アーサーの三人。彼らは自分の部屋にいた。そして話していた三人も部屋に戻った。軍の関係者は四人とも下の階に降りていることを見張りが証言しているわ。そして問題はここから」
そう言ってシャロンは魔法使い達を鋭い目つきで見つめた。
「魔法使い達は殺されたシモンと会っていて、そのことを隠していた」
辺りがざわついた。知らない者からすれば衝撃的な事実だろう。
「イヴリン、サイラス、ロバート、ヴィクトリア、アーサーの順番にね。最後にシモン・マグヌスを見たのは何時頃だった?」
アーサーは「十二時になる少し前だよ」と答える。
「そうね。じゃあこの事件で唯一古城を去ったルイスって男はいつ頃出たの?」
それにはローレンスの部下であるマイロ少尉が答えた。
「十二時二十分頃です」
「そう。この二十分は後々重要になってくるわ」
私を含め、よく分からないままシャロンは続けた。
「その後ローレンスの部下がルイス少佐を駅まで運んだ。古城から駅までは十分ほどだから十二時半ってところね。そしてそれから五時間半後の朝六時頃にシモン・マグヌスの死体が部屋の下の道で発見された。部屋の窓もドアも施錠されていて、鍵は室内のテーブルに置いてあった。テーブルの上には飲みかけの酒が置いてあり、描きかけの魔方陣があった。これが大まかな事件の流れね。誰か訂正はある?」
誰も口を開かない。私が知る限り今言った内容で合っている。
訂正がないのを確認するとシャロンは「よろしい」と言って続けた。
「今回の事件で重要なことが四つあるわ。密室を作った方法。魔法使いの存在。スパイの存在。犯人の動機。この四つよ」
スパイという単語を聞き、軍の関係者は眉をひそめた。
王がシャロンに尋ねる。
「やはりスパイがいるんですね。僕も報告は受けてます」
「そうよ。今回の事件はこのスパイが大いに関わっているわ」
やはりそうなのか。ならそのスパイが主犯か共犯なのは確実だろう。でも誰なんだ?
私は魔法使い達や軍の関係者の顔を見たが、特に変わった様子はない。
シャロンは余裕を持って微笑を讃えた。
「さて。まずはこれらの情報から犯人を推理してみましょう。これは案外大切なのよ」
「それなら家臣から聞いて多少はしましたよ」と王は言った。「犯人が誰だか分からないことに違いはないですけど」
「それでいいのよ。犯人はどんな人だと思う?」
「ある程度の知能はあるでしょうね。でないとあの密室は作れない。そして魔法に精通した人物のはずです」
「それはなぜ?」
「魔法を使わないと窓やドアを閉めたり鍵を中に入れたりできないじゃないですか。あと普通に襲ったら誰かが声や物音を聞いているはずですが、それもない」
「なるほどね。他には?」
「当たり前ですけど人を殺せる人物でしょう。激情タイプか冷徹なタイプ。どちらにせよ強い動機の持ち主です」
「まだあるわね」
「えっと、ああ。度胸がありますね。周囲は百人に囲まれてるんです。そして城内にも警備の兵がうじゃうじゃいる。そんな中で殺しをやるにはかなりの度胸がいるでしょう。僕が呼んだ人を殺したんだから反逆者になる覚悟もあるはずだ」
「そうね。つまり犯人は知能が高く、魔法の知識を持ち、度胸があり、人を殺せる者になるわ。わたしは事件の概要を聞いた時に最初からこう想定してたの」
そうだったのか。だが聞いてみると当たり前のことだ。王は苦笑する。
「でもそんなの誰でも当てはまるんじゃないですか? 特にここにいる人達は魔法使いにしろ軍人にしろそれなりに頭は働くだろうし、魔法使いはもちろん、最近は軍人だって魔法に詳しい。軍人なら人を殺す度胸はあるでしょうし、魔法使いもあるかもしれない。実は昔は狩りをしていたとかね。感情だって隠せます」
「その通り。これはあくまで入り口でしかないの。ちょっとした心構えみたいなものよ。でも少し犯人のことが分かってくるわ」
「かもしれませんね。ほんの少しだけど身近に感じる気がします」
王の言う通りだ。ぼんやりだが犯人像が見えてきた。だが抽象的すぎてその霧が晴れることはない。
濃い薄いはあるがここにいる全員がその枠に当てはまる気がする。
「それで?」と王はシャロンに尋ねた。「誰が犯人なんです?」
「それを解明するにはシモン・マグヌスという男について話さなければならないわ。知っての通り彼は有名な魔法使いよ。『奇術師』の二つ名を持ち、魔法と工学を融合させた第一人者。あの夜に来た魔法使いの中では頭一つ抜けた存在と言っても過言じゃない。同時に彼は森に建てた小屋に籠もり、世間とはかけ離れた生活を送っていた。人里離れた探求者。そんなイメージの彼はこの国の王に呼ばれ、首都にある古城にやってきた。開発した兵器を軍に売り込む為に。そもそもこれ自体がおかしいわ」
「その通りだよ」と言ったのはアーサーだった。
視線が一斉にアーサーへと集まる中、彼は言い切った。
「あいつはペテン師だ。いいかい? 僕が描いた魔方陣は極々初歩的なものだった。にもかかわらずあいつはそれを見抜けなかった。実力を偽ってこの城に来たんだ」
「なんのために?」とシャロンは尋ねた。
「そりゃあ決まってるじゃん。王様に取り入ってカネを得ようって魂胆だよ」
「どうやって?」
「え? どうって、ありもしない兵器を使ってさ」
「それは不可能よ」
シャロンが否定するとアーサーは目を丸くした。
「なんでさ?」
「あら。あなた達は知っているはずじゃない。今回提出される物は全て審査され、順位を付けられる。偽物の兵器なんて出せば王家に近い魔法使いがいずれ見破るわ」
「じゃ、じゃあなに? あいつは本当に優秀な魔法使いで兵器も実在したってこと?」
「半分正解で半分は間違っているわ」
アーサーも私達も疑問符を浮かべた。
「優秀な魔法使いだったけど兵器はないってこと?」
「その逆よ。彼は優秀な魔法使いではない。にもかかわらず優れた兵器を提出できる存在。つまりあのシモン・マグヌスは偽者で、本物のシモン・マグヌスが開発した兵器の設計図を持っていたの」
衝撃的な事実だった。まさか殺されたのが偽者だったとは。
全員が驚いていた。その中でサイラスが口を開く。
「じゃ、じゃあなにか? あのじいさんは本物と間違えられて殺されたってことか? なんつー不幸なじいさんだ」
ヴィクトリアは苦笑した。
「くだらない嘘なんてつくからだよ。じゃなきゃ殺されないですんだのに。でも犯人は相当馬鹿な奴だね」
「そうね」とシャロンは頷いた。「わたしもそこがずっと謎だったわ。あのシモンは偽者だった。なのに殺された。偽者と知らずに殺されたのか、あるいは……。ずっとそう考えていた。でも動機はしばらく分からなかったわ」
シャロンは小さく嘆息した。
「いや、待ってください」と口を挟んだのはレナード大尉だった。「兵器の設計図が本当にあるなら今どこにあるですか? 見つかったんですか?」
そうだ。なぜそのことに気付かなかった?
シモンが兵器を開発したのは城に来ているのだから間違いない。殺されたのが偽者だとしても設計図がなければ王はびた一文払わないだろう。
当然設計図はあるはずだ。だがシモンの死体からもあの部屋からも設計図は出てきてない。なら誰かが設計図を持っているということになる。
シャロンは告げた。
「盗まれたのよ。スパイによってね」
会場に衝撃が走った。まさか既に敵国の手に落ちているとは。それが本当なら国を、いや世界を揺るがす一大事だ。
シャロンは苦笑した。
「なにを驚くことがあるの? 設計図があることは少し考えれば分かるし、それがなくなっていれば盗まれたと考えるのが妥当じゃない。スパイがいるのは分かっているんだから」
言われてみればその通りだ。ほんの少し頭をひねれば誰にでも分かることだった。
私は魔法使い達を見つめた。シャロンは頷く。
「そう。あの夜にシモン・マグヌスの部屋に行ったのはそこの五人だけ。つまりスパイはその中にいるわ」
それを聞いたリカルド大尉は拳を握り、血管という血管を浮き上がらせて怒鳴った。
「誰だッ!? その不届き者はッ! 出てこいッ! 俺がこの手で殴り殺してやるッ!」
「うるさい」とシャロンは大尉を一蹴した。
リカルド大尉の隣にいたレナード大尉は呆れ笑いを浮かべてなだめる。
「まあまあ。そんなこと言ったら出たくても出られないじゃないですか。本当にあなたは馬鹿ですねえ」
「黙れッ! ネルコに仇なす者は誰であろうと許せんッ!」
リカルド大尉は更に大きな声でライオンのように吠えた。
「うるさいって言ってるでしょう?」
シャロンはそう言うと指をパチンと鳴らした。するとリカルド大尉の口を目がけてテーブルにあったマフィンが飛んでいく。マフィンはリカルド大尉の口を塞いだ。
「がごごご……」
「それでも食べて落ち着きなさい」
呆れるシャロンに顔の四角いラブロ大佐が言った。
「だがそうなると我々は容疑者から外れるということだな?」
「当然でしょう」とテオ中佐は眼鏡を直した。「我々が会った魔法使いの中にシモン・マグヌスはいないし、ましてや部屋には行ってないのだから」
シャロンはなんらかの意味がありそうな微笑を浮かべた。
「今のところはそうね」
王は笑顔でシャロンに尋ねた。
「で、誰なんですか?」王が魔法使い達を見るとその笑顔の奥に恐ろしさが滲む。「設計図を盗んだスパイとやらは。ただのスパイなら許せてもそんな凶悪な物を国外に持ち出そうとする人にはきつくお仕置きしないとなあ」
そのお仕置きの中身を知りたくないのは私だけではないらしく、シャロンは眉をひそめた。王はなにかを思い出した。
「ああそうだ。一応報告は受けているんですよ。そこにいる『青薔薇』がハムスのスパイだということはね」
周囲の目が一斉にヴィクトリアへと向いた。
「あんた……。マジか?」とサイラスは驚く。
「だったらなんなんだい?」
ヴィクトリアはスパイだと言われても気にせず腕を組み、胸を張った。その気迫に周囲は押されている。
「あたしは友好国であるハムスのスパイだ。それは調べれば分かることさ。だがイガヌとはなんの関係もない。それも言っておいたはずだがねえ」
開き直るとはこのことだ。ヴィクトリアはシャロンを睨み付ける。しかしシャロンはその視線を意に介さない。
周囲の人間が益々混乱する中、王がシャロンに尋ねた。
「それでイガヌのスパイは?」
「見つけ出す方法は簡単よ。スパイがいて設計図があるならそれをどこかに隠し持っているはず。本物か、あるいはその写しをね。写す時間はいくらでもあったのだから」
「でもそんなもの見つからなかったと報告を受けてますよ?」
「あったけど分からなかったのよ。魔法で偽装していたから」
偽装? そう言えば最初に魔方陣を見た時、そんな魔法があると言っていた気がする。
「そして設計図を手に入れれば当然することがあるわ」
「すること? ……ああ! 外部にいる仲間に渡すんですね?」
「その通り。だけどもちろんそう簡単ではないわ。手紙は全てチェックされるでしょうからね」
シャロンは面倒そうに嘆息した。
「まあ、本当のところはどうだっていいのだけどね。わたしにとってはほとんど関係ないことだから。でも事件を解決するためには見つけ出した方がいいってだけよ」
なぜだかシャロンはあまり乗り気ではなかった。
王は疑うようにシャロンを見つめた。
「本当は分かってないだけじゃないんですか?」
「馬鹿仰い。わたしを誰だと思っているの? 見つけ出すのは簡単よ。一つ目の方法をできるのはわたしだけという問題があるけど」
「どういう意味ですか?」
首を傾げる王を気にせずシャロンはローレンスに手を伸ばした。
「あれを」
「は、はい」
ローレンスは懐からなにかを取りだした。五つあるそれは封筒に見える。
シャロンは封筒をみんなに見せた。
「これは魔法使い達に書かせた手紙よ。ある条件を付けてね」
「条件?」と王は尋ねた。
「そう。出せる手紙は一通だけ。次はいつになるか分からない。犯人が捕まらない場合は永遠に出せないかもしれないと言うようにわたしがローレンスに命じたわ。ちゃんと言ってくれた?」
「もちろんです」とローレンスは頷いた。
話を聞いていた魔法使い達はそれぞれの反応を見せる。
「俺達を騙したのか?」とサイラスが不満そうにする。
「やっぱりいやらしい女だね」とヴィクトリアはムッとした。
アーサーは「差し入れのことしか書いてないんだけど……」と頬を掻いた。
「私も処方薬のことくらいです」とロバートは言った。
イブリンは「あたしはママへの手紙ですよ……」と恥ずかしがる。
シャロンが封筒を開けると中から手紙が飛び出し、開いたまま宙に固定された。完全に魔法を使っている。だが王がなにも言わないので誰かが注意することはなかった。
シャロンは述べた。
「実のところ、現在魔法使いが使っている体系を遡ると九割以上が私に行き着くわ。正確に言えばわたしの師匠、アイリーン・アークライトにね」
誰だ? 私は知らない名だが魔法使い達は一斉に反応した。
「アイリーンだと!?」とサイラス。
「まさかそんな人が師匠だとは!」とロバート。
「魔法使いの始祖みたいなもんじゃん!」とアーサー。
「伝説の魔女です!」とイヴリンは目を輝かせる。
「あんた一体何歳なんだい!?」とヴィクトリア。
シャロンは面倒そうに顔を背けた。
「だから言いたくなかったのよ。歳がバレるから」
今更バレるもなにもないとは思うが、伝説というからにはかなり古い時代の人物なのだろう。
シャロンは「まあいいわ」と強引に話を戻した。
「とにかくわたしが言いたいのは一つだけ。魔法という分野において、このわたしの上を行くことは不可能よ。それを今から証明してあげましょう」
シャロンは一枚ずつ浮かんだ手紙を見ていく。撫でるように手をかざし、次から次へと移っていった。
そしてある一枚の前でぴたりと止まった。
「これね。巧妙に隠してはいるけどブランバート系の癖が抜けてないわ」
私はシャロンの後ろからその手紙を覗いてみた。
「……別に普通の手紙に見えますが」
「一見するとそうね。だけど見て。ところどころスペルが書き崩されてるでしょう?」
「ああ。たしかに。こっちのAとこっちのAじゃ違う文字に見えます。これが暗号ですか?」
「そうよ。もっと言うと魔方陣ね。魔方陣はなにも円を形取っているとは限らない。正方形だったり、星形だったりするわ。これは手紙という長方形の中でスペルを誤魔化して魔方陣を制作しているの。もちろんこのままだと発動しないわ。仕掛けを知っている人が魔法で文字を足したり記号を足せば完成する」
「あ! アーサーが描いた魔方陣と同じですね。完成すれば文字が出る」
「そうよ。あなたも少しずつ魔法の知識がついてきたみたいね。どうやらこれ単体では意味を成さないけど、何度も続ければ兵器の設計図が出来上がるようにしているみたいね。まずは手に入れたことを報告し、支援を得るつもりらしいわ」
私はシャロンに褒められて少しだが嬉しかった。
しかし今はそんな場合じゃない。ローレンスが尋ねた。
「誰なんだ!? その手紙を書いたのは!?」
「ええと……」
私は手紙の差出人を見て心底驚いた。だがシャロンは動じず、むしろ興味がなさそうだった。そして促すように私を見た。
私はゴクリとつばを飲んで頷き、緊張しながらある人物を指さした。
「スパイは……『ドクター』ロバートです」
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