第35話

 衝撃的な事実が出てきた。

 それもローレンスからとなればなぜ言わなかったのかと問い詰められるのは必然だ。

 シャロンは鋭い視線をローレンスに向けた。

「聞いてないけど?」

「……申し訳ありません」

「どういうことか説明してちょうだい」

 ローレンスは青ざめていた。とんでもない失敗をしたことに気付いたようだ。

「……当たり前ですが隠していたわけではありません。容疑者たり得るのは三階にいた五人の魔法使い。そして、その……」

「上の階に行ったここにいる四人だと思っていた。だからあの夜この城から去った者の存在を話さなかった。そういうこと?」

 ローレンスは軍人達の視線を気まずそうに受けながら頷いた。

 シャロンは不機嫌そうに息を吐く。

「たしかに魔法使いと軍人が共犯だとすれば部屋の配置が重要になってくるとは言わなかったわね。それでそのルイスって男はどんな人なの?」

「反対派の急先鋒だよ」とテオ中佐が答えた。「根っからの軍人で魔法を嫌い、格闘術や撃鉄を好むタイプだ。まさかあの男がこの古城にいたなんてな」

 シャロンはローレンスに尋ねた。

「その男の部屋は誰の下なの?」

「アーサーです……」

「……そう」シャロンは少し考えてから続けた。「その男の行動を分かる範囲で教えて」

「事件当日の十二時頃に急用ができたと言われたので部下に駅まで送らせました……。駅までは十分ほどです……。最終便が一時頃なのでおそらくそれに乗ったのかと……」

「いつ頃来たの?」

「たしか魔法使い達が来る前日だったと思います。軍の関係者が大勢来られて警備の点検などをしたのですが、その時に同伴していたルイス少佐がこのまま泊まっていくからと言ったので部屋を準備をした記憶があります」

「つまりその男は城の細部を知る余裕があり、且つなんらかの仕掛けをする猶与があったということね。他に泊まっていたのは?」

「数名いますが全員事件があった部屋からは離れた部屋で泊まっていますし、途中で帰ったことはありません。三階にも上がっていませんでした。ルイス少佐も三階には一度も行っていません。それは間違いありません。リストを確認しましたから」

「それも怪しいわね。もしかしたら見落としがあるかもしれないわ。担当者を連れて来てもらえる?」

「……かしこまりました」

 数分後、ローレンスと共に二人の若い兵士がやって来た。兵士の顔を見て私は悟ってしまった。この二人はなにかとんでもない隠し事をしていると。

 そしてそれは的中した。

「申し訳ありません!」

 二人が同時に謝り、頭を下げた。その横でローレンスは苦悶の表情を浮かべている。

「……やられました。どうやら事件当日の深夜、一人の所属不明の軍人が三階から降りてきたのを目撃していたそうです。ですがリストには記載しなかったと」

「なぜだ?」とリカルド大尉が二人の兵士を睨み付けた。

 言葉に詰まる兵士達の代わりにローレンスが頭を下げる。

「こちらの不手際です……。おそらくそれなりに人の往来があるだろうと思い、三階に上がっていく者しか記載していませんでした。ただ降りてくるだけの者がいるとは想定しておらず、そこを突かれました……」

 その言葉にシャロンが反応する。

「降りてきただけ?」

「なるほど」

 レナード大尉は一人で納得して頷き、続けた。

「つまりはこういうことでしょう。魔法使いが部屋から下にロープを伸ばし、それを使ってルイス少佐は上の階に登った。そして犯行後はなんらかの方法で密室を作り、帰りはチェックされないことを利用して階段から堂々と降りて行く。そのまま古城をあとにすれば容疑者として名前が挙がりにくいし、挙がったとしても既に逃亡済みというわけです」

 やはりそうなるのか。だが一つ疑問が出てくる。私はレナード大尉に尋ねた。

「なぜロープで登ったのにそれで降りなかったんでしょうか?」

「トラブルがあったんじゃないかな? 用意していたロープが切れそうになったとか。もし途中で切れたら大騒ぎになる。だから持ったまま階段から降りた。そちらの方が顔を見られるリスクはあるけど逃げるには安全だし確実だ」

「なるほど……」

 ロープは持って出なければいけないからそれほど太くて長いものは使えないし、予備を用意することも難しい。細いロープで上に登ったはいいものの、痛んでしまって降りられるかどうか不安になった。だから階段で降りたとなれば筋は通る。

 でもそれが本当なら別の問題が出てくる。共犯者だ。

「つまりアーサーが協力者だと?」

「だろうね。隣の部屋はシモン・マグヌスだ。殺された本人が自分を殺す者を招き入れるとは考えにくい。なら使える窓はアーサーの部屋だけだ」

 アーサーが共犯。にわかには信じられないが、たしかに彼もまた嘘つきだ。

 ローレンスはなにかに気付いたように目を見開いた。

「彼は魔法で変装していました」

「なんだと!?」とリカルド大尉は激高し、テオ中佐は「決まりだな」と言って眼鏡を直した。

 シャロンはローレンスをギロリと睨む。どうやら勝手に情報を伝えたことが不満らしい。

 ローレンスもそのことに気付いたのかしまったという顔をしてシャロンに頭を下げた。

 シャロンは嘆息した。

「……アーサーにはもう一度話を聞くとして、その男の足取りが気になるわね」

 ラブロ大佐は腕を組んだ。

「おそらく国外に逃亡したのだろう。犯行後すぐ列車に乗れば今は国境付近だ。既に越えている可能性も十分ある。すぐ軍に報告して見つけさせるべきだな」

「計画通りならもうとっくに出てるわよ。でもそうなると問題があるわ」

「なんだ?」

「そのルイスとかいう男はどうやって密室を作り、シモン・マグヌスを殺したか。殺害が深夜だとすれば見回りが死体に気付かないのもおかしいわ」

「そんなことか。どうせアーサーという魔法使いが魔法でどうにかしたんだろう。多少手荒になるが問い詰めればすぐに口を割るはずだ」

 暗に拷問を示すラブロ大佐にシャロンはやれやれとかぶりを振った。

「軍人ってイヤね。発想が下品だわ」

「どうとでも言えばいい。だが我が国を裏切った代償は払わせる。と言うことだ。疑いは晴れた。我々を解放してもらえるね?」

「まだよ」

「なんだと?」

「事件はまだ解決していない。だから誰もここから出さない。誰がなんと言おうとわたしはそれを認めないわ」

 話を聞いていたリカルド大尉は憤慨した。

「ふざけるなッ! 我々には職務があるのだぞ!」

「だから? 王から事件を任されたわたしが出るなと言っているの。協力しないのなら国賊と見なすわ」

「貴様! 言葉に気を付けろッ!」

 リカルド大尉は今にも殴りかかりそうだった。しかしすぐ表情が焦りのものに変わる。

 シャロンの周りの景色が揺らぎ出し、その美しい髪が宙に漂っていた。見開いたその目は怪しげに光り、見る者を恐れさせるには十分だった。

「黙りなさい」

 たった一言。それだけで修羅場をくぐり抜けてきた強者達が静まりかえった。

 殺意と呼んでいいほどの威圧感。経験や力量。それ以外の全てにおいても圧倒していることを細胞レベルで理解させられる。

 さすがのレナード大尉も口を開くタイミングに困っていた。何度か口を開け閉めし、ようやく言葉を紡ぎ出す。

「……仰るとおり。王があなたに任せたなら僕らはそれに従うべきです。ですが国境警備隊への連絡と駅員への聞き込み。そしてルイス少佐が所属していた部隊から事情を聞く。これくらいはしてもいいのでは?」

 シャロンは落ち着きを取り戻すとローレンスの方を向いた。

「……そうね。任せるわ」

 ローレンスは頷き、部下に目配せする。部下は焦りながら敬礼して食堂を後にした。

「しばらく一人にして」

 シャロンがそう言うと私とローレンスは顔を見合わせ、四人の上司達をそれぞれの部屋に帰した。

 食堂から出る際に見たシャロンは儚げで、その美しい横顔がしばらく私の脳裏にこびり付いていた。

 あの人には一体なにが見えているのだろうか?

 それが気になると同時に同じ光景が見たくなり、私は自分の感情に困惑した。

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