第34話
三人は不服そうだったが、中将の息子が同意しては反対もできない。自分達が利用された可能性は排除できないのだから。
そういう意味での容疑者はかなりの数に及ぶ。私とシャロンを除く全員にその可能性があるだろう。
だが現実的に考えて知らず知らずのうちに密室を作る手伝いをするなんてことがありえるのだろうか? 私にはどうもその状況が想像できない。
そしてそれはライオンのようなリカルド大尉も同じみたいだ。
「我々が利用されたと仮定して、どうすればそんなことになるんだ?」
あくまでも自分達の中に犯人はいないというスタンスらしい。シャロンは呆れながらも告げた。
「証拠をもたされたりする可能性はあるでしょ。それを解き明かすにはあなた達が当日にどんな行動をしたか調べる必要があるわ。そしてわたしはさっきからそれを聞こうとして、あなた達が勝手に喋るせいで妨害されてる。分かったかしら? 子猫ちゃん」
こんな筋骨隆々な子猫などいるはずもないが、シャロンからすればリカルド大尉はそう見えるらしい。
目を見開いてなにか言いそうなリカルド大尉を無視してシャロンは尋ねた。
「事件当日はなにをしていたの?」
レナード大尉を除く軍人達は顔を見合わせた。
誰が話すべきか決めかねているのを見てレナード大尉は面倒そうに答えた。
「僕らは中央の軍人です。なので他の人達とは違い昼食後に車に乗ってここに来ました。ほとんどの軍関係者はまだ来ていません。目的は事件があった日の翌日夜に開催される晩餐会ですからね。慎重派や反対派は翌日の昼ないし夕方頃にまで来る予定だったんでしょう。ただし遠方だったり、たまたま先にこちらへ来ていた関係者は既に何人か泊まっていました」
レナード大尉の説明にシャロンは満足して頷き、「続けて」と促した。
「我々四人は到着後にしばらく話し合い、そしてお互い夕食まで二階の個室にいました。本当は魔法使い達と一緒に食べるつもりだったんですが、警護の彼が同時だと調理に時間がかかると言われて先に食べることなったんです」
それを聞いてシャロンはローレンスを見た。ローレンスは頷く。
「今回最も優先すべきは魔法使い達でした。この城の調理施設では同時に作れる料理の数は八人まで。十人を一度にとなれば満足した出来で出せないとシェフに言われ、そちらの四人には先に食べてもらいました。あとにすると魔法使い達が食べ終わってから話すのが難しいと思いまして」
「なるほど」
シャロンは納得してレナード大尉に向き直した。大尉は続けた。
「夕食を食べ終わってから僕らは三階のロビーで彼らが食べ終わるのを待っていました。そして彼らが来て、その内の三人と話した。サイラス。ロバート。イヴリンの三人とです」
ここまでは魔法使い達の意見とも一致する。
「何時頃まで?」
「それほど長居はしませんでしたよ。ですよね?」
レナード大尉はリカルド大尉に尋ねた。リカルド大尉は頷いた。
「ああ。本番は明日だからな。一時間もなかった。サイラスとは名刺を交換していくつかビジネスに関する話をした。ロバートは東北の実情について我々に熱く語ってくれた。イヴリンとかいう眼鏡の女はくだらないことばかり聞いてきたな。首都で一番おいしいケーキ屋はどこかなどと。馬鹿らしい。この首都で一番うまいケーキ屋は『クアッドスイーツ』に決まっている」
リカルド大尉は目を見開いて大まじめのそう答えた。
レナード大尉は呆れながら「彼はこう見えて甘党なんです」と笑っていた。
シャロンは「クアッドスイーツね。覚えたわ」と言って頷いている。
すると四角い顔のラブロ大佐は真剣な顔で「甘味堂のぜんざいもうまいぞ」と言い、テオ中佐は眼鏡を直して「グランジュールのパフェも中々です」と答えた。
……どうやら悪い人達ではないらしい。
私がやれやれとかぶりを振っているとローレンスはコホンと空咳をした。
「スイーツならあとでいくらでも用意しますから。話の続きを」
レナード大尉は肩をすくめた。
「説明と言ってもこれで終わりだ。ロビーで三人の魔法使いと話し、そして四人で二階に降りていった。二階と三階の間には常に警備が二人いて、上に行く時は許可証と身分証明書の提示が求められる。時間なども記録もされているはずですから確認すればすぐに分かると思いますよ」
「下に降りてからは?」とシャロンは聞いた。
「すぐに別れて自室に戻りました。再び顔を合わせたのは事件があったと騒ぎが起きてから。我々は三階に行こうとしましたが止められました。でもそれは正解でしたね。殺人現場に大勢で行けば証拠を消したり持ち運んだりするリスクがある。現場に入ったのはそこにいる彼とその仲間が二人だけと聞きました。魔法使い達を入れなかったのは英断ですよ」
たしかにそうだ。もしなんらかのトリックを使っていたら証拠を消される可能性がある。たとえばピアノ線とかなら回収は簡単だろう。
しかしローレンスはそれさえさせなかった。にもかかわらず証拠は残っていないのだが。
今の話を聞いたところ、犯行のあった深夜にこの四人が三階にいたなんてなさそうだ。なら共犯説は成り立たない。ロビーから離れてからは三階にすら行ってないのだから。
共犯があったとしても魔法使い同士というのが濃厚だろう。
しかしシャロンはまだ四人を疑っているみたいだ。
「魔法使い達が食べ終わるまでロビーで待っていたと言ったわね。その間はずっと四人でいたの?」
「大抵は」とレナード大尉は答えた。「ただトイレに行ったり廊下をぶらぶらと歩いたりはしてましたよ。話が盛り上がったのか中々来てくれませんでしたからね」
「ならその間にシモン・マグヌスの部屋に入り込んだり、なんらかの細工したりすることは可能ね」
レナード大尉以外の軍人は眉をひそめた。さすがのレナード大尉も肩をすくめる。
「……否定はしませんが、肯定もしかねますね。ロビーは廊下の奥にある。変な動きをしていればすぐ分かりますよ。しかし僕が見ていた限りドアに触った人はいませんでした。少なくとも部屋に入り込んだ人はいないはずです」
リカルド大尉は憤然として「当たり前だ」と言って続けた。
「そもそも犯人はどうやって密室を作り出したのだ? 聞いた話だとドアも窓も閉まっていたのにシモン・マグヌスは窓の下で死んでいた。飛び降りなら窓が開いているはずだろう。誰かに落とされたのなら鍵は部屋の中にないはずだ。犯人はどうやった?」
「あなたはどうやったと思うの?」
そう問い返すシャロンにリカルド大尉は無責任に「知らん!」と答えるだけだった。
げんなりするシャロンをよそにレナード大尉は顎に手を置いて考えていた。
「いくつか方法はあると思いますが、あるとすれば他殺でしょうね。自殺にしては手が込みすぎている。万が一自殺でも共犯がいるはずです」
「自殺の共犯?」とリカルド大尉は訝しんだ。
「ええ」とレナード大尉は頷く。「シモン・マグヌスが自殺したあと、窓を閉め、密室を作って外に出た者がいる。もしそうなら自殺もあり得ます」
「なるほど。自殺幇助というやつだな。しかし誰がそんなことに手を貸す? 魔法使い達はあの日初めて会ったのだろう?」
「そうじゃないかもしれないですよ。実は面識があった人物がいるかもしれない。あるいは当日にほだされて協力したとか。まあこれらの可能性はかなり低いでしょうがね」
「会ったばかりの老人が死にたいと言って協力するなど頭がおかしいとしか思えないな」
リカルド大尉はそう言うが、実際その可能性も否定はできない。
だとするとどうしてシモンはこの城を選んだ? この城でなければならないことなどあるのだろうか?
それともアーサーの言う通り彼はペテン師で、そのことに悩んだ挙げ句自殺したのだろうか?
それは少しあり得る。魔法使い達も競争相手が減るならと協力してもおかしくない。
だが肝心の動機が薄かった。思い悩んでいたのならこんなところに来ないだろうし、遺書も残しているだろう。
ならやはり他殺なのだろうか。ダメだ。考えれば考えるほど分からなくなる。
顔の四角いラブロ大佐はレナード大尉に聞いた。
「他殺の場合はどうやったんだ?」
「魔法が使われたんでしょう」
レナード大尉はシャロンを見つめた。シャロンは静かに否定する。
「魔法痕なら見当たらなかったわ」
「え? ですが魔方陣があったと聞いています」
「あったはあったけどあれは使われてないし、使われても人を直接殺すことは到底無理ね。ただし、間接的には殺せるかもしれないけど」
どういう意味だ? たしかアーサーは魔法で『お馬鹿さん』という文字を浮かべる魔方陣を描いたと言っていた。あれが間接的に人を殺せるというのか?
そこまで考えて私はハッとした。ローレンスも同じ表情だった。
シモンはペテン師だったが魔法は使えた。だから魔法の文字が読めた。そしてあの挑発を自分が偽者だと見破られたと考えれば焦って自殺してもおかしくない。
レナード大尉は「どういうことですか?」と尋ねた。
「事件が解けるまでは教えられないわ。だけど言っていることは本当よ。あの部屋では魔法が使われた痕跡はなかった。加えて言うならなんらかの魔法であの部屋の外から干渉したというのもあり得ない。これだけ言えば十分でしょう?」
「まあ、なんとなくは分かりました」
レナード大尉は事情を飲み込んで頷いた。どうやらこの人はかなり勘が良いらしい。
「そうですか……。魔法が使われてないとすると厄介ですね」
どういうことだ? 魔法が使われている方が厄介なはずだ。
私と同じ疑問をテオ中佐も思っていた。
「魔法使いしか見えない魔法の方が厄介じゃないのか?」
「逆ですよ。シモン・マグヌスは魔法で殺されていない。つまり我々軍人が殺した可能性もあるということです。なんらかの手を使ってね」
「……そういう意味か。だから我々はここにいるのだな」
テオ中佐は納得し、同時に困っていた。
そう。魔法で殺されていたら魔法使いが主犯なのは確定だが、そうでないなら犯人は軍人でもおかしくない。それどころかもし共犯がいる場合、魔法使い同士や軍人同士など、組み合わせは爆発的に増えてしまう。二人でなくもっと大勢の可能性もあった。
この中に犯人またはその共犯者がいても不思議ではないということだ。
しかし一体どうやって? 大勢が協力すればあの密室は作れるのだろうか?
レナード大尉は小さく溜息をついた。
「なるほどね。我々が泊まっていたのは二階。そして魔法使い達がいるのは三階。この間にあるのは階段だけだが、三階に行く方法は他にもある。魔法使いの中に共犯者がいれば窓を開けてそこからロープを垂らせばいい。ロープをベッドにでもくくりつければそれを使って三階に上がり、犯行後は降りていくことも十分可能だ」
「その通りよ」とシャロンは頷いた。「だからロビーから降りて部屋にいたと言っても犯行が不可能だとは言い切れない。アリバイは成立してないのよ」
レナード大尉は天井を見上げてぼそりと呟いた。
「困りましたね……」
どうやらこの人ですら身の潔白を証明できないらしい。それどころかおそらく付けていたであろう犯人の目星も最初からやり直しになってしまったみたいだ。
ただ一つだけ言えることは軍人が犯人または共犯である場合、その協力者は魔法使い側にいると言うことだ。となると部屋の配置がキーになってくる。
もし使ったのが普通のロープなら登れるのは真上の部屋。または精々その両隣だろう。
レナード大尉はローレンスに尋ねた。
「僕の部屋の上は誰だったかな?」
「シモン・マグヌスです」
「……なるほど」
レナード大尉は嘆息した。ローレンスは続ける。
「ラブロ大佐の上が医者のロバート。テオ中佐の上が眼鏡のイヴリン。リカルド大尉の上が魔機構サイラスという配置になっています」
「僕とリカルド大尉の隣は?」
「レナード大尉の隣は空室です。リカルド大尉の隣はルイス少佐となっていました」
急に新しい名前が出てきた。ラブロ大佐は「ルイス少佐がいたのか?」と驚いている。
レナード大尉は眉をひそめた。
「いました?」
ローレンスは額に汗を滲ませて頷いた。
「は、はい。ルイス少佐は皆様が来られた日の前日に来られ、翌日の深夜に帰られました……」
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