第32話

 ホテルの食堂で朝食を取るとローレンスが迎えに来てくれた。

 車に乗り、再び古城に向かう。朝ということもあり霧が濃かった。こうして見ると城が浮いているようだ。

「普段からこうなの?」とシャロンは運転席にいるローレンスに尋ねた。

「ええ。夜と朝で寒暖差があったりするとこうなりますね。ほら。近くには川もあるので。この分だと昼はよく晴れますよ」

 そんな話をしながらローレンスは厳重に警備された古城へと入っていく。毎日来ているのにしっかり顔やナンバープレート、車内、トランクの中を目視でチェックされていた。

「なにか変わったことは?」

 ローレンスは部下にそう聞くと「なにもありません」と返ってきた。これだけしっかり守っていれば当たり前だ。

「少しでも変な動きをする奴がいれば確保しろ」

「分かりました」

 堅苦しいやり取りをシャロンはつまらなそうに聞きながら少しずつ霧が晴れつつある城内を窓から眺めていた。

 駐車場に車を駐め、またゲートをくぐるために身分証を出したり、名前をリストに書いたりさせられる。

 面倒だ。私はまだいいがシャロンは相当不機嫌になっていた。

「こんなにかわいい魔法使いの顔を覚えられないなんてボンクラばかりね」

「決まりですから」

 私はそう言って聞かせるがシャロンはむ~っと頬を膨らませている。

 もし明日もあれば手続きを簡略化してもらえるか聞いてみよう。でないとここにいる守衛ごとゲートが吹き飛ばされかねない。

 シャロンの魔法を見たのはペンを移動させたあれだけだが、他の魔法使い達の反応を見れば相当実力があるのはたしかだ。

 数百年前。ネルコがここまで大きくなかった時、一人の魔法使いが小さな国を滅ぼしたという話を聞いたことがあるが、それだけのポテンシャルを魔法は持っている。

 なによりもあの王があれだけ恐れていたのだから地図からこの古城を消すことなど容易いのだろう。

 せめてローレンスのいる時くらいはシャロンだけでもノーチェックで通らせてほしい。それをローレンスに言うと即刻断られた。

「ダメだ」

「……やっぱりか」

「ああ。一人だけ特別扱いはできない。なにより我々は昨日見ただろ? 魔法使いは顔や姿を変えられる。その対策として身分証や許可証の提示は絶対だ」

 たしかにそうだ。いや、でもそうなると別の問題も出てくるぞ。

「書類を偽造されたらどうするんだ? それこそ魔法でどうにでもなる」

 ローレンスは辺りを見回して私だけに言った。

「これは秘密だが、ゲートで身分証を提示してもらう時にトレーに入れてもらっているだろ。あれが魔法対策になっている。魔法で偽装したものだとエーテルに反応して色が変わるんだ」

「へえ。そんな仕掛けがあったのか」

「できればゲート自体をそういう仕組みに変えたいんだがな。まだ小型のものに落とし込むのが精一杯らしい。どちらにせよ、魔法を攻略できるのは魔法だけだ。次世代には必要な技術だよ。それを国も分かっているからこうして招待したわけなんだが」

 ローレンスは面倒そうに腕を組んだ。

 皮肉にもそのせいで新たな悩みの種を抱えてしまった。しかし誰も予想なんてできないだろう。魔法を対策したり活用したりするために呼んだ魔法使いが魔法によってとしか思えない状況で殺されたんだ。

 一つ幸運なことがあるとすればその事件を解くためにやってきた魔法使いが死ぬことを心配しなくてもいいことくらいだろう。

 その魔法使いは私に向かって両手を伸ばしていた。私はシャロンを抱き上げて言った。

「申し訳ありませんが、あと二日だけ我慢してください」

「仕方ないわね。昨晩は気持ちよくしてもらったし、受け入れてあげるわ」

 ローレンスは私を見て青ざめていたがすぐに「ちがう」と否定しておいた。

「変な言い方はやめてください」

「あら。案外うぶなのね」

 抗議する私にシャロンはクスクスと笑った。

 まったくこの人は……。ローレンスも自分は理解があるみたいな顔をするな。私にそういった趣味はない。至って健全なネルコ男児を自負している。

 しかしそんなことを言っても疑われるだけなので私は笑われながらもシャロンの足として城の中を歩いた。

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