第24話
再びサイラス・ヤングの元に行くと彼はまたかと言わんばかりに顔をしかめた。
しかしシャロンが一言発するとすぐさま凍り付く。
「よくもこのわたしに嘘をついてくれたわね」
サイラスはギョッとして持っていた煙草をポトリと落とした。
シャロンは腰に手を当ててサイラスを睨み付けるが如何せん高さが足りない。私はシャロンを抱き上げ、サイラスと同じ目線に持ってきた。
「細切れにするわよ」
シャロンの言葉にサイラスはゴクリとつばを飲んだ。そしてしばらく沈黙してから観念したように溜息をつき、近くのベッドに座り込んだ。
一連の動作は私達にイヴリンの情報は嘘でないことを伝え、私はシャロンを降ろした。
サイラスは絞り出すようにこぼした。
「…………嘘をつくつもりはなかった」
「それでわたしが納得するとでも?」
サイラスは必死な形相で顔をあげた。
「本当だ。咄嗟に出たんだ。あんたら名刺のことをなにも言わなかったし、会ってたことを知られたら絶対に疑われると思った。だから……」
「名刺?」
「……ああ。名刺を渡した。もしなにか協力できることがあれば連絡をくれって」
シャロンは不信感を持ってローレンスを見上げた。ローレンスはかぶりを振る。
「見つかってません。少なくとも死体にはなにも」
シャロンはサイラスに向き直して目を見開いた。
「また嘘をついたってわけ?」
サイラスは慌てて両手を突き出して振った。
「違う違う! 嘘じゃない! 本当だって! 信じてくれよぉ!」
少なくとも私には本当のことを言っているように思えた。それはローレンスも同様だったみたいだ。
「部屋を探してきます」
ローレンスはそう言うと歩き出し、シャロンはそちらを見ず「そうして」と告げた。
サイラスは手を組んで祈るように「本当だって……」とぼやく。
ローレンスはすぐに戻ってきた。サイラスが言っていた名刺を持っている。
「鏡台の引き出しに入れてありました。すいません。こちらの確認不足です」
それを聞いてサイラスはホッとしていた。
「な? 言っただろ?」
「なにが『な?』よ。人を舐めるのも大概にしなさい。分かってる? わたしは国王の代理人なの。それに嘘をつくということは王を欺くということ。なにより」
私は魔法使いではないが、その時シャロンの周りが揺らめいたように見えた。
「このシャロン・レドクロスを馬鹿にした。その罪はどんな海よりも深いわ」
魔法なのだろうか。近くにあったカップがカタカタと音を出して揺れ始めた。
なにかを感じたのかサイラスは震え上がっている。
「…………悪かった。でも本当だ。殺してはいない……。信じてくれ……」
サイラスはそう言うがシャロンもローレンスも疑い続けているようだ。信じそうになっていた私は気を引き締める。
「なぜ嘘をついたんですか?」
私の問いにサイラスは脅えたまま答えた。
「会っていたと知られたら犯人にされる。そしたらうちの会社は終わりだ。従業員も路頭に迷う。そう考えると言えなかった……」
それを聞いていたシャロンは冷たい目で告げた。
「他人をだしに使わないで。自分が破滅するのが怖かった。それだけでしょう」
「…………もちろんそれもある。でもそれだけじゃない……。嫁と子供がいるんだ。俺の稼ぎがないとあいつらの未来も奪っちまう。だから……」
それを聞いて私はなんとも哀れと思ってしまった。しかしこういうところが甘いのだろう。シャロンもローレンスも「だからなに?」と言わんばかりだ。
シャロンは冷静に言った。
「あなたが犯人じゃなくて嫁と子供と従業員が大切ならすぐに真実を言って身の潔白を証明すべきだったわ。だけどそれをしなかった。それはなぜ? 自分が大事だったから? あなたが犯人だから? それとも馬鹿だから?」
「…………俺が馬鹿だった」
サイラスは渋々そう答えた。たしかにシャロンの言っていることも合っているが、サイラスの気持ちが分からないでもない。誰も殺人犯だと疑われたくないし、疑いを晴らすことができなかったらと考えてしまう。
しかし彼が犯人だとして、名刺を残すような真似をするだろうか? もしそうなら本当に馬鹿だが、馬鹿に密室など作れるわけがない。
いや、馬鹿なら犯人でなくても誰かに利用された可能性はまだ残っている。
シャロンもその可能性に気付いているのだろう。だから警戒感を解くことはない。
「彼の部屋に行ったのは何時頃? なにを話したの?」
「……行ったのは眼鏡の姉ちゃんが出てから数分後だ。三十分ほどビジネスの話をした」
「具体的に」
「……俺の見立てじゃあのじいさんがトップになると思った。俺のギアじゃ挽回は難しい。なら今できることをやろうと思った」
「一番に取り入ることね」
サイラスは力なく頷いた。
「夕飯のあとに『青薔薇』が言ってたんだよ。まだやりようはあるってな。それについて考えたんだ。そしてあんたが今言った結論に至った。一位は無理でも二位に。それがダメでも一位に取り入ることができれば今後のビジネスが上手くいく。あのじいさんは商売のことをなにも知らないみたいだったから、そこに付け入る隙があると思った。簡単に言えばアドバイザーだ。兵器を作るなら俺の『マジックギア』も使える可能性は高い。そうなれば最下位でも実質勝者になれる」
サイラスは一息ついた。真実を語る彼はどこか解放されたように見える。
「話って言っても世間話だ。初対面でガツガツ行くと鬱陶しがられる。テキトーにおだてて家族の話や故郷の話をした。じいさんは天涯孤独で、故郷は聞いたこともない町だった。たしかグラスゴートとか言ってたかな。本当に人付き合いがないらしくて、それ以上大した話題はなかったよ。魔法について聞いてもはぐらかされるだけだしな。あとは俺がやってる商売の話をした。名刺を渡して、協力できることがあればなんでも言ってくれって」
サイラスは最後に「これで全部だ」と言って嘆息した。
シャロンは少し考えてから尋ねた。
「魔方陣はなんの目的で置いていったの?」
「魔方陣?」サイラスは首を傾げた。「なんだよそれ?」
「彼の部屋に置いてあったの。描きかけの魔方陣がね」
「待ってくれ。俺はそんなもの置いてない。部屋に行って話をして出ただけだ」
魔方陣を置いたのはサイラスじゃない? いや、待てよ。
「お酒は飲みませんでしたか? あなたかシモン・マグヌスが」
私の問いに彼は不思議そうにする。
「いや。飲んでない。俺もじいさんもな。俺は明日もあるし、じいさんは下戸だって言っていた。だから酒なんて飲んでない」
魔方陣も飲みかけの酒もサイラス・ヤングとは関係がない?
だとすると、彼の他にも部屋に来た者がいる――
新たな可能性に気付き、私は呆然とした。ローレンスも目を見開いている。
しかしシャロンだけは落ち着いたままだった。どうやらこれも想定内らしい。
「あなたの商売相手は国内だけなの?」
「ああ。魔法を使った工業製品は輸出規制がされてるからな」
「裏でイガヌと繋がっていたりしない?」
踏み込んだ質問にサイラスは若干だが驚いていた。
「ない……とは言い切れないな。普通の製品はあっちにも卸してる。でも大したものじゃない。どこでも作れるようなパーツだ」
「そう。ならそれに禁輸されている物を紛れ込ませることは可能ってわけね」
「そんなことしてない! うちの利益は九割が国内と植民地から出てる。法を犯せば一発でそれが吹き飛ぶのにやれるわけないだろ?」
「なるほど。法が許せばやりたいわけね」
シャロンは皮肉っぽく笑った。サイラスは言い返そうとするが口を閉ざした。どうやら実際そういう気持ちはあるらしい。まあ商売人なら販路を広げたいと思うのは当然だろう。
サイラスはなにか言いたげに手を動かし、肩をすくめ、なんとか否定した。
「やってない……。本当だ。嘘だと思うなら調べたらいい。殺しもしてないし、密輸もしてない」
「でも嘘はついた」
「……それは謝るよ。でもやってない。本当だ。信じてくれ」
「生憎わたしは男の『信じてくれ』を素直に信じるほど気楽な女じゃないの。殺しはしてなくても協力はしたかもしれない」
「それもない。誰かになにかを頼まれたこともないし、それが殺人の手伝いだったらすぐに断ってる。ビジネスはいつだってリスクとリターンのバランスを考えないといけない。リスクの方が遙かに大きいなら俺が乗ることは絶対ない。これだけは誓って言える」
もう私にはなにがなんだか分からなくなっていた。
サイラスは本当のことを言っているように思える。しかしシャロンの言う通り嘘をついているかもしれない。現に一度我々を欺いている。
この男がシモンを殺したのか? それとも犯人の協力者なのか? またはただ利用されただけ? あるいは真実を語っているのか?
混乱する私をよそにシャロンはサイラスが持ってきた鞄を指さした。
「まだあなたの発明品を見てなかったわね。見せて。犯行に使われた可能性があるわ」
サイラスは渋々と鞄を持ってきて中から大きな金属の塊を取りだした。それは大きさのわりに軽そうで、いくつもの部品から成り立っていた。
シャロンをそれをじっと見つめてから言った。
「他にも持ってきた物は全部出して」
サイラスは不服そうだったが、言われた通り所持品をベッドに広げた。あるのは旅行用のあれこればかりで特段目立ったものはない。
「これで全部?」
「ああ」とサイラスは頷いた。
「そう。もういいわ」
シャロンはそう言うと踵を返した。サイラスは彼女の小さな背中に語りかける。
「……なあ。いつとは言わない。でも家族の元には帰れるんだよな?」
シャロンは振り向かずに言った。
「それは犯人が誰か次第ね」
一体どういう意味なのか?
私とローレンスは訳が分からずに顔を見合わせた。
明確な答えを手に入れられなかったサイラスは物憂げに窓の外に広がる空を見上げた。
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