第17話
「呑気な人でしたね」と私は廊下で感想を述べた。
シャロンは小さく肩をすくめる。
「どうかしら。食べ物というものは人の体内に入り込み作用するものよ。しかも大抵は当人が進んで口にする。そこに魔法を絡めると意外と厄介なの。体内だと魔法痕も見つかりにくいから並の術者には見破れないわ。わたしは並じゃないけれど」
その説明を聞いて私は自分の考えが甘いことを再認識した。ローレンスもハッとする。
「サイラスも言ってましたね。自殺する食べ物を食べさせたのかもと。しかし本当にそんなものが存在するんですか?」
「さあ。聞いたこともないわ。でもそれだけの魔法なら死体を見れば分かるはずよ。毒と組み合わせていたりすれば分かりづらいかもしれないけど」
シャロンは面倒そうに息を吐いた。
私としてはそこまでしてアーサーがシモン・マグヌスを殺す理由が分からなかった。
「そうなると動機は?」
「知らないわよ。でも順位を操作したかったとは思えないわね。少なくともわたしにはあの携帯食が一番になれるとは思わないわ。それこそ全員殺さないといけないんじゃない?」
たしかにそうだ。『魔機構』の『マジックギア』や『青薔薇』の『スマート本』に比べるとあのビスケットは見劣りする。一人殺して順位を上げたところで大差ないだろう。
動機は見当たらない。しかし彼ならシモンを密室から落とせるかもと思えてしまう。
例えば飲み物かなにかに混ぜて体内に入れ、眠ると同時に近くの窓を開けて飛び降りるよう暗示をかけられる。そんな代物を開発したとすれば殺人は可能だ。その場合どうやって窓を閉めたのかは分からないが、少なくとも殺すだけなら可能性は十分ある。
もしかしてアーサーの言うように魔法使いとそれ以外、つまり軍の関係者が結託して殺したのかもしれない。
しかしもしそうならどうしてアーサーはそのことを我々に伝えたのだろう? 余裕からか? 新開発の魔法は別にもあり、絶対にバレない自信があるのか?
いや。ありえない。相手はシャロン・レドクロスだ。この人を前にしてヒントを差し出すなんて自殺行為だろう。ならやはりあれはただの考えすぎなのだろうか?
ダメだ。いくら考えても魔法を知らない私には解けそうにない。なにをどう考えても魔法があるなら可能だろうと思えてしまう。その一方で魔法痕はないと言うし……。
私は次第に真実を追うことをしなくなっている自分に自覚していた。
そんな状態のまま、我々は次の部屋に向かった。
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