第16話

 三人目は『美食家』アーサー・スコットの部屋だ。

 アーサーの部屋はシモンの右隣にある。

 中に入ると彼は取り寄せた食事をもぐもぐと食べていた。テーブルは空の皿でいっぱいで、足下にまで積まれている。一体一人で何十人分食べるつもりなんだろうか。

 前の二人と違い、アーサーはあっけらかんとしていた。

「いやあ、ここは最高だねえ。おいしい料理がタダで食べ放題。もうずっと住んでいたいくらいだよ」

 古城の管理にも携わっているローレンスは眉をぴくりと動かした。おそらく用意していた食事の予算はとっくに超えているはずだ。

 椅子に座ったシャロンはアーサーをじっと見つめ、目を逸らしてからまぶたを閉じた。

「ま、いいわ」

 そう呟いたのを私だけが聞いていたみたいだが、なにがいいのだろうか?

 シャロンは再びアーサーを見て言った。

「わたしがいる時くらい食べるのをやめなさい」

「ああ。これは失礼。ちょうどおやつの時間だったものだから。お嬢ちゃんも食べる?」

「とても魅力的なお誘いだけど遠慮しておくわ」

 お嬢ちゃんと言われてシャロンはご機嫌そうだった。

 一方でアーサーは感心していた。

「それにしても驚いたよ。本当に不老不死なんだね。僕がシャロン・レドクロスの名前を聞いたのは十年は前のだったはずだし」

「歳の話はもういいわ。本題に入りましょう。アーサー・スコット。出身は?」

「生まれも育ちも食の街、ビッグスロープさ。そこで今はレストランをやってる。まあ僕は経営者で作るのはシェフ達だけどね。味見担当さ」

「そう。ならあなたがいなくてもレストランは回るってわけね」

「その通り。優秀な部下を持って幸せだよ。普段も店にはいないで食べ歩いてる」

 なるほど。だから焦っていないのか。むしろ一流のシェフ達が趣向を凝らした料理を食べれば研究にもなるというわけだ。

「いつもはどんな研究を?」

「もちろん食べ物だよ。料理法や新食材の開発が主だね。簡単に下処理ができる料理道具とか、口の中で味が何度も変わるフルーツとか。身近なものだと魔法を使った肥料を使えば作付けできない場所でも苗を植えられるし、収穫量が増えたりする。あれも僕の発明だよ。軽視されがちだけど食は命の源だからね」

「ならここに持ってきたのも食べ物なのね」

「うん。個人的にはそれほど気に入ってはいないけど、国なら活用できるんじゃないかと思ってね」

「どんな食べ物なの?」

「それは高カロリー且つ高タンパク。栄養満点なのに一食分は少量で保存も利く」

 アーサーは満面の笑みを浮かべて続けた。

「だけど滅茶苦茶苦いビスケット。名付けてヘルマックス!」

 アーサーはドンっと音を立てて手のひらサイズの箱を机に置いた。

 箱には中指を立てた恐ろしい顔の悪魔が描かれている。悪魔は「このウジ虫共め!」と暴言を吐いていた。なんともひどいパッケージだ。

 シャロンはげんなりしているが、私とローレンスは違った。アーサーは自慢げに続ける。

「これ一箱で最低でも三日、長ければ五日は栄養面の心配をしないで済むよ」

「それはすごい。携帯食にぴったりだ」私は感心していた。

「でしょでしょ? クソまずいけどね。なにせ練り込んでるのが魔法で配合させた新種の虫でさ。とにかく栄養はあるんだけど苦みがすごいんだよ。少しでも味がよくなるようにレトワトの実も入れたんだけど……。ただ慣れたらいけると思う。多分だけど」

 シャロンは目の前に出された箱に顔を近づけたがすぐにしかめっ面で鼻を摘まんだ。

「人の食べる物じゃないわ……」

「あはは」とアーサーは頷く。「うん。僕も食べたくはない。でも栄養面は完璧だよ。これも研究の副産物でね。失敗したと思ったら別の意味で成功していた。よくある話さ。これがあれば人の行動範囲がかなり広がると思うよ。補給の回数もぐっと減らせるし、荷物も少なくて済む。まあ、味に耐えられたらだけど。一応軍におすすめしようと思ってるけど、無理なら冒険家とかに売り込もうかな。味は改良中だけど、今のところはおいしくなる兆しはないね。まあ、良薬口に苦しってやつさ」

 ローレンスはパッケージを指さした。

「開けてみても?」

「もちろん。よかったら試食してみて」

 ローレンスが箱を開けると中から小袋が十個出てきた。中には小分けにされた真っ黒なビスケットが入っていて、まだ袋も開けてないのにおぞましく匂ってくる。

 私とローレンスは顔を見合わせ、試食を辞退した。

「あ、あとで食べさせてもらいます」

「そう? じゃあ持って帰っていいよ。十箱ほど持ってきたからね」

 正直食べたくはない。ないが、もしここが戦場で食べる物もなく餓えているなら躊躇なく口に入れただろう。そう言う意味では偉大な発明だ。栄養失調の兵士が減れば医療班の負担も減るし、生還率も上がる。ただ度し難い匂いはどうにかしてもらいたいが。

 ローレンスは神妙な面持ちで「あとで志願兵を募ってみよう」と私に言った。まるで突撃部隊の話でもしているみたいだ。

 シャロンは呆れていた。

「軍人って大変ね。もうその物体の話は分かったわ。昨日の夕食後はなにをしていたの?」

「ロビーで軍の関係者と話しながら夜食を食べていたよ。あとイヴリン・ウッドとも話をしたね。彼女勉強熱心でさ。色々と質問してくるからこっちも張り切って答えちゃったよ。そこから部屋に戻って寝る前におやつを食べたくらいかな。朝になってお腹が減って起きたら騒ぎが聞こえて外に出た。もしかしたらビュッフェが早い者勝ちなんじゃないかって思って焦ったよ」

「クジラみたいな胃袋ね」

「あはは。この体型を維持するのは大変なんだよ」

 アーサーはそう言うと大きなお腹をぽんと叩いた。

 この人も相当変わっているが他の魔法使いと違ってとげとげしさはない。

 しかしシャロンは警戒しているように見えた。杞憂かもしれないがアーサーを見る目はかなり怪しんでいる。

「率直に聞くわ。犯人は誰だと思う? そしてどんな魔法を使ったのかしら?」

「どうだろうねえ。みんな怪しいと言えば怪しいし、怪しくないと言えば怪しくない。魔法だって僕は専門が食べ物関係だから人を殺す方法なんて見当も付かないよ。でもねえ。殺す必要なんてなかったと思うんだよなあ」

「どうして?」

「だってまだ結果は分からないわけでしょ? 王様がなにを求めてるかもはっきりしてないし。たしかに兵器は強力かもしれない。だけど国にとって最も重要かと言えばそうでもないかなって。僕はそんな気がしてたんだ。なによりおいしくないしね」

 アーサーは笑って続けた。

「だから殺す必要はなかった。むしろ自分が作り出した物にもっと自信を持つべきだよ。それが魔法使いの矜持だろ?」

 シャロンはフッと笑い「その通りね」と頷いた。

「でも実際は殺されてるわ。ならその矜持よりも大切なものがあったということ。それも含めて誰だと思う?」

「そうだなあ。あえて言うならサイラスかなあ。プライドよりカネってタイプに見えたし。ロバートはないと思う。医者という職業は殺しと正反対だしね。あとの二人は分からないなあ。殺しの方法は見当も付かないよ。でもあえて挙げるとしたら共犯が必要だと思う。それほど事態は複雑だからね」

「誰と誰が?」

「さあ。でも魔法を使った痕跡がないなら魔法使いとそれ以外が、だろうね。重要なところは人が工夫して、それ以外を魔法使いがサポートする。これなら痕跡は残りづらい」

 考えてもみなかった。たしかにそれなら可能性はある気がする。だとすると城内か軍の関係者に裏切り者がいるということになるが。

 私がちらりと隣を見ると、ローレンスは眉をひそめていた。裏切り者の存在など当然受け入れられないだろう。しかしあり得ないとも言い切れないから黙っている。

 アーサーは肩をすくめた。

「言ってはみたけど方法までは僕も分からない。だから話半分に聞いておいてよ」

「分かってるわ」とシャロンは答えた。

 そうだ。可能性だけを考えればキリがない。 

 それこそ未知の魔法があればそれを解明しなくてはならない。もしそうなら私にはどうしようもないだろう。シャロンに任せるしかない。

 アーサーは立ち上がるシャロンに尋ねた。

「最後に質問いいかな?」

「どうぞ」

 シャロンは静かに頷いた。

「不老不死になるためにはどんな物を食べればいいの?」

 それを聞いて私はドキリとする。最後の最後でアーサーの本性が見えた気がした。やはりただの大食いではない。

 シャロンは小さく笑って答えた。

「さあ。忘れたわ。そんな昔のこと」

「あはは」とアーサーは笑った。「まあいいや。それを探すのもまた一興。辿り着くまでにどんな美味があるか分からないからね。近道は楽だけど得られるものは少ない。僕は僕でのんびりやるさ。あれこれつまみながらね」

「そうしてちょうだい」

 シャロンはそう言うと部屋から去った。

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