第14話

 二人目は『青薔薇』ヴィクトリア・ベイカー。

 煙草の匂いがする部屋で不機嫌そうに椅子の背もたれにもたれていた。バスローブ姿の彼女はセクシーで、大きな谷間が見え、長く白い生足がすらりと伸びている。

 妖艶という言葉がぴったりだが、同時に威圧感も持ち合わせていた。

 私もローレンスも緊張していたが、シャロンはどこ吹く風だ。ヴィクトリアの鋭い視線を受け止めて椅子に座り、短い足を組んでいる。

 ヴィクトリアはシャロンを眺め、そして微かに口角を引きつらせる。

「……まさか本当に『不老不死』が存在してたとはね。全く魔法は奥が深い」

「あら。もしかしたら可愛い美少女がおばさんに会いに来ただけかもしれないわよ」

「冗談じゃないよ。こんな濃密なエーテル、世界中探したって見つかりやしない。それこそ年月を経て育つ巨木だね。あたしなんてまだまだ若木だよ」

「失礼しちゃうわ。こんな新芽を前に」

 シャロンがわざとらしく胸に手を当てると周りは全員苦笑していた。

 ヴィクトリアは頬杖を付いた。

「御託はいいよ。オールドミス。さっさと本題に入りな。そんでもってここから出しておくれ。ここじゃあ魔法の研究もできやしない」

「研究熱心な年増ね。いいわ。おばさんが疲れて寝てしまう前に終わらせましょう」

 私にはエーテルなど見えないが、二人の間に火花が散っているのはよく分かった。女同士だからか、それとも二人とも魔女だからかは分からないが。

「じゃあまずは出身から」

「南にある国境沿いの街メルジの出さ。今も同じ街に住んで研究を続けてる」

「どんな研究?」

「色々さ。なにがなにに繋がるか分からないのが魔法だからね。この青い薔薇だって偶然の産物なんだ。作れるのは世界であたし一人。だから国外からも注文が来る。これで儲けて新しい研究を続けるの繰り返しさ」

「それで新しい魔法ができたからここに持ってきたってわけね」

「ああ。部下の魔女達に伸び伸びと研究をさせるためにもブランドは必要だ。王家に認められれば素材の調達が楽になる。質が悪いのを掴まされたりするのも減るだろうしね」

「研究素材を集めるのは大変だものね。わたしの場合は不良品を送りつけたら去勢するって言ってるわ。おすすめよ」

「悪くはないね」

 笑い合う二人に私とローレンスは青ざめた。シャロンは続ける。

「で、なにを持ってきたの?」

「言いたくないね」

「わたしは王に依頼されてるのよ。これ以上心証を悪くしない方がいいわ」

 ヴィクトリアは舌打ちをして毒づいた。

「イヤな女だね」

 そう言うとヴィクトリアは立ち上がり、床に置いていた鞄から二冊の本を取り出し、私とローレンスに一冊ずつ投げた。

「それは?」

「うちの若い魔女がアイデアを考えてあたしが理論を組み立てた。その名も『スマート本』。うちの連中は『スマホ』って略してるね」

 私は本を見つめた。四六半サイズの小説みたいな本だ。表紙には見たこともない文字が魔方陣を形取っている。表紙の色は私のが赤でローレンスのが青だ。中を開けると白紙しかなかった。

「その二冊はセットになっていてね。一方に書き込むともう一方にも全く同じ文字や絵が記入されるんだ。範囲は最大で二百キロほど。その距離も最終的には十倍になるように改良中さ」

 それが本当ならかなり便利だ。電話や無線が使えないところでも意思疎通ができるとなれば軍は元より民間の企業も欲しがるだろう。

 ヴィクトリアはペンを取り出してローレンスに投げた。

「それは特別なインクじゃないと魔法が発動しない。それでなにか書いてみな」

 ローレンスは不思議そうにペンのキャップを外すと本を開いて名前を書いた。それを確認してから私の本を開くと同じ場所に同じ名前が映し出される。

「おお!」

「これはすごい!」

「どうも」とヴィクトリアは言った。「元はうちの若い子が遠くにいる彼氏と手軽に連絡を取りたいと言い出したのが始まりなんだ。電話は高いし、電報は遅い。これなら一瞬で文通ができるだろ。愛の力は偉大なりだ」

 シャロンは私達を見てクスクスと笑った。

「坊や達には縁がない話ね」

「……仕事では使いますよ」

 ヴィクトリアはフッと笑った。

「便利だろう? だけど今のところ数が作れない。量産するにはそれなりの資本が必要だ。国にはカネと工場の土地。あと人をお願いしたいと思ってる。王家公認として紋章でも刻んだら飛ぶように売れるだろう」

「そしてそこで儲けたお金で研究ってわけね」

「それが現代の魔法開発さ。もう森に引きこもってやる時代はとっくに終わったんだ。後進を育てるためにも資本と環境は必要さ」

「見かけによらず殊勝ね」

「立場が人を変えるのさ。私だって二十代の頃は自分の好きなことしかしなかった。でも今は人も雇ってる。ある程度のビジネスは必要だよ。不本意だがね」

「そういう時代みたいね」

 シャロンは面倒そうに息を吐き、続けた。

「シモン・マグヌスと面識は?」

「ないよ。ただ名前だけは聞いていた。あたしの師匠は面識があってね。よく褒めていたよ。奇抜な発想に絶え間ない研究。結果が出なくても孤独に続ける姿勢が素晴らしいとね」

「会った印象は?」

「研究者タイプだね。大したエーテルは持ってなかった。まああの歳じゃ普通だろうね。だからこそ人一倍研究に打ち込んだ。聞いてた通り頑固そうな男さ」

「食事のあとはなにを?」

「朝まで部屋にいたよ。来た時からここのバスルームは気に入っていてね。ゆっくりさせてもらった」

「なにか音や声は聞かなかった?」

「どうだったかね。そう言えば深夜に誰かが部屋から出たような気はしたけど、誰かは分からない。でも正面のドアのどれかだと思うよ」

「そう。なら犯人かもしれないわね。ちなみに誰が犯人だと思う?」

「さあねえ。今のところ殺すことはできても殺す理由がある人物は思い浮かばない。魔法を使えば殺せる気もするけど、じゃあそれをしてなんの得があるんだい?」

「魔法使い達で競わせる噂があったんでしょう? なら一位になりそうな老人に退場してもらいたいと思うのは自然じゃない?」

「少なくともあたしにとっては不自然だね」

「なんで?」

「答えは簡単。二位でも十分だから。考えてみなよ。お国にとっての最重要人物を殺したと分かればそいつは破滅だ。そのリスクと二位以下のリターンを天秤にかければどちらを取るべきかは明らかじゃないか。立場があるなら尚更だね」

 たしかにそうだ。たとえ最下位でも国に認められればメリットはある。それと殺人を犯すデメリットを比較すればよっぽどのことがない限り殺しは選ばない。それもこんな場所で重要人物を殺害するなんてかなり挑戦的と言える。

 そこまで考えて私はハッとした。シャロンも興味深そうに微笑む。

「つまり犯人は別のメリットを持った者と言うわけね」

「だろうね。カネや名誉だけじゃあんな殺しはできない。政治が絡んでいるとか、はたまた私怨かは知らないけど、自分が破滅してもいいと思うほどの背景があると見てる。だとすると怪しいのはあのデブと医者かね。見たところ自分の尊厳を重要視するタイプだ。あとは眼鏡の娘。あれも低いが可能性はあるんじゃないか。若い方が発想が柔軟だからね。あたしらには思いつかない方法で殺してみせたのかもしれない」

「どうやって?」

「知らないよ。思いつきもしない。ただそうは言っても一番ありそうなのは自殺だね。年寄りが最後に才能を見せつけて死んだ。自分の実力を若者達に見せつけるために難解な密室を作って。そう考えると納得できる。少なくとも誰かに殺されたより現実味があるさ」

「なるほどね」

 話を聞いている間もシャロンはヴィクトリアの腹を探るように見つめていた。なにを見ているかは分からないが、この人は心を透かす。それは魔法か経験か。はたまた年の功か。

 シャロンは私をギロリと睨んだ。私は咄嗟に目を逸らす。

 シャロンはヴィクトリアに向き直して尋ねた。

「その本。持ってきたのはそれだけかしら?」

「もう一セットあるよ。それが?」

「それって必ずセットじゃないと使えないの?」

「そうだよ。複数の本と連携する研究は続けてるが、エーテルラインを維持するのが大変でね。どうしても絡まっちまうんだよ。なにか良い案はないかい? ミスオールド」

「一冊から複数に繋げず、専用のチャンネルで一冊ずつ連動させてみたら? おばさん」

「……良い案だ」

「そう。なら貸しね」

 シャロンはニコリと笑ったが、私を含めてそれ以外は額に汗を滲ませていた。

 ヴィクトリアは小さく嘆息した。

「ここからはいつ出られるんだい?」

「さあ。でもしばらくはお風呂を楽しんでもらうことになりそうね。それがイヤならあなたも犯人を見つけてちょうだい。ちなみに聞くけど、あなたの師匠ってユリルじゃない?」

「……そうだけど?」

 訝しむヴィクトリアにシャロンはイタズラっぽく笑って言った。

「ユリルはわたしの弟子よ」

 ヴィクトリアはポカンと口を開け、シャロンは凄みをもって続けた。

「もし次にミスオールドと言ったら八つ裂きにするから。そのつもりでいなさい」

 部屋の中が少しだがひんやりした気がした。

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