第24話 再会①
日ごろの行いか、丁度いいタイミングで新しいダンジョンが、栃木県の日光市にある戦場ヶ原に出現した。
ゆえにそのダンジョンは、『戦場ヶ原ダンジョン』との名称がついている。
ネットで戦場ヶ原までのアクセス方法を確認すると、アクセスしやすそうな場所にあり、金券ショップで私鉄の株主優待券を買えば、交通費も節約できそうだった。
(こいつは運が良いな)
しかし、喜んでばかりもいられない。
関東圏なので、あの男が間違いなくやってくるからだ。
(いや、でも、まだ許可が下りていないかも)
霞ヶ浦ダンジョンの攻略完了時期を見るに、ギリギリではあるが、許可が出ていない可能性がある。
それに、正月だから休みを満喫していることも十分に考えられる。
(その可能性に賭けてみるか)
俺は戦場ヶ原に向かうことを決め、改めてダンジョンの概要を確認した。
戦場ヶ原ダンジョンは、昨日出現が確認され、現在は自衛隊が警備に当たっているらしい。
本格的な攻略はまだだが、ギルドの職員が少しだけ調べてみたところ、草原タイプのダンジョンで難易度はA~Dだと予想されている。
難易度の幅が広く、自分の実力に適した場所かどうかの判断が難しい。
Dだったら、問題なく攻略できると思うが……。
(まぁ、大丈夫でしょ)
今の俺なら、どんな難易度のダンジョンでも攻略できる。
最悪死んだとしても、そのときはそのときと開き直れる心持ではあった。元々、死ぬつもりで冒険者になったし。死ぬつもりはないが。
さらに情報を確認していると、今回のダンジョンに関しては、ギルドの本部からバスでの送迎があることがわかった。
これで交通費が節約できる。やはり、運が良い。
(この運の良さなら、杭打たちとも遭遇せずに済むんじゃないか?)
――しかし、翌日。
神様が気まぐれなことを俺は知る。
バスの車内で出発を待っていると、杭打たちが乗り込んできた。
俺は舌打ちしそうになったが、堪える。
杭打たちは我が物顔でバスの後ろに座った。がやがやと騒がしい。一般論者なんだから、周りの迷惑くらい考えて欲しいものだ。
(今回のダンジョン攻略止めようかな……)
でも、近場にまたダンジョンが出現する保証はないから、このチャンスを逃すのはもったいない。
(待てよ。今、軽井沢ダンジョンに行けば、こいつらに会わずに済むのか)
だとしたら、それは魅力的な話だが、軽井沢には交通費が掛かる。
だから、交通費と杭打を天秤にかけてどちらが嫌か考えた。
杭打に天秤が傾きかけたとき、見知った人物が現れる。
霞ヶ浦ダンジョンで、俺にアドバイスをくれた地雷系の若い女性だ。
彼女は、あのときと同じように、地雷系のメイクでゴスロリの服を着ている。
そして彼女は、杭打たちに気づき、眉をひそめた。
彼女も嫌だと思ったに違いなく、その横顔には苦悩の色があった。
(わかるよ、その気持ち)
彼女を眺めていると、彼女が俺に気づき、目が合う。
俺は見ていたことを誤魔化すように、慌てて会釈する。
すると、彼女も軽く会釈を返し、数秒の思案の後、適当な席に座った。
彼女の行動は、俺にとって意外なものだった。
彼女はすぐに帰ると思ったからだ。
(……彼女が行くなら、俺も行こうかな)
下心があるわけじゃない。
嫌いな人とは仕事をしないはずの彼女が、バスを降りない理由が気になったのだ。
バスが、戦場ヶ原ダンジョンに向かって走り出す。
俺はその車内で、ずっと彼女のことが気になっていた。
(何でバスを降りなかったんだろう……)
その理由を知りたいところではあるが、問題は、それを知るために彼女へ声を掛けられないことだ。
ナンパなんてしたことがない俺には、女性に話しかける勇気も知恵も無い。
だから、スマホで調べてみるも、ネットにある情報は、うまい寿司の握り方について解説しているようにしか見えなかった。
つまり、俺には真似できないようなことばかり書いてある。
(どうしよう)
悩んでいるうちに、バスは戦場ヶ原ダンジョンに到着し、彼女は先にバスを降りた。
俺は自分の不甲斐なさを恥じながらバスを降り、目の前の光景に息を呑む。
平野が雪で白く染まっていた。雪の間から伸びる木々はその葉を枯らし、寒風が吹くたびに、凍えているかのように震える。その奥に見える山々は悠然と佇み、空は地上部の物悲しさとは対照的なほど、青く透き通っていた。ハイキングに興味は無いが、この場所を歩いたら、好きになりそうな気配がある。
そして、そんな場所に、場違いなほど青く茂った背の高い植物の群落があった。
サトウキビ畑のようにも見えるその群落こそ、ダンジョンの入口らしい。
(……って、見惚れている場合じゃないか)
他の人たちが受付へと移動している。
俺も急いで受付を済ませ、レンタルした『黒魔導士シリーズ』を装備した後、武器を借りに行く。
その武器小屋の前で、彼女とばったり会う。
「あっ」と俺は思ず声が出てしまい、彼女も「あっ」とこぼす。
気まずい沈黙。
気まずくなる理由なんてないはずなのに、彼女が少し緊張しているように見えるから、俺まで緊張してしまう。いや、先に緊張したのは俺の方か。
(ここは、俺から声を掛けた方が良いよな)
俺は意を決して、口を開く。
「あの」
「あの」
「あっ」
「あっ」
二人とも声が被ってしまった。しかも、二回も。
けど、それが何だかおかしくて、お互いに吹き出してしまった。
それで二人の間にあったはずの緊張がほぐれ、俺は改めて話しかける。
「急にすみません」
「うんうん。ネムこそ、ごめんね」
「いえいえ。前回ぶりですね」
「だね。ねぇ、あなたの名前は?」
「俺は、宿須竜二です」
「そうなんだ。ネムは山村ネム。よろしくね、竜二」
そう言って、彼女――山村ネムは微笑んだ。
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