第22話 理由
俺が杭打を嫌う理由は、多分、防衛本能的なものだと思う。
あの男からは上司と同じような醜悪さや煩わしさを感じ、生理的な嫌悪感を覚えた。
あの男も一般論者に違いない。
しかも、かなり過激な一般論者だ。
だから、あの男に関わると、絶対に後悔する。
経験上、それは間違いないことだった。
(でも、俺が冒険者を続けるなら、あの男との接点は絶対にあるんだよなぁ。辞めるか? 冒険者)
ため息を吐きそうになる。
しかし、目の前の席にいる師匠に気づき、自制する。
今は、師匠に美味しいウナギを奢ってもらっているところだ。
飯を不味くするわけにはいかない。
「浮かない顔をしているな。不味いか?」
しまった。顔に出ていたらしい。慌てて首を振り、意識して口角を上げる。
「いえ、そんなことはないですよ! とても美味しいです」
「なら、良いが」
それでも、師匠がどこか釈然としない表情をしているので、少しだけ話すことにした。
「……すみません。ちょっと、仕事のことで悩んでいまして」
「そうか。そういえば、あまり聞かない方がいいかと思っていたんだが、お前さんは何の仕事をしているんだ?」
「……一応、冒険者をしています」
「冒険者!? そいつはすごいな」
師匠が感心したように眉を開く。人に冒険者であることを話したのは、今回が初めてだったから、師匠の反応は新鮮だった。
「まだまだ始めたばかりなんで、これからなんですけど」
「そうか。でも、意外だな。お前さんが冒険者か」
「意外ですか?」
「ん。まぁ、何といえば良いのだろう、もっと、元気のあるやつがやるもんだと思っていた」
「……なるほど」
「おっと、お前さんに元気が無いと言っているわけではないぞ」
「はい」
元気が無いと言っている気はしたが、無粋なので、余計なことは言わないことにした。
「それにしても、冒険者か。立派な仕事じゃないか」
「立派、ですかね?」
「そうさ。だって、冒険者は命がけで国民の生活を守る大事な職業だろ?」
「……そうですね」
確かに一般人からしたら、冒険者は国民の生活を守っているように見えるかもしれない。
実際、そういう冒険者もいるだろう。
自衛隊や警察みたいに、国民の生活を守るためにダンジョン攻略を行っている冒険者。
しかし俺には、そんな意識は無かった。
俺は、自分のために、ダンジョンを攻略しようとしている。
今は、ダンジョンに潜って、できるだけ多くの嫌いな連中を殴りたい。
だから、人から褒められるような立派な冒険者では無かった。
師匠に視線を戻すと、師匠は微笑み返した。
師匠のような善良な市民の生活を守るため、頑張ってダンジョンを攻略しよう! ――という気にはならなかった。
やはり俺は、嫌いな奴を殴るために、ダンジョンへ潜りたい。
(俺が間違っているのかな)
モヤモヤしていると、師匠は言った。
「お前さんは、冒険者の仕事を楽しんでいるのか?」
「え、あ、どうでしょう。わかりません」
「そうか。ま、仕事は楽しんでやるのが一番だから」
「……師匠はそうだったんですか? 楽しんで仕事をやる感じ」
「あぁ、そうだ」
「へぇ、今までどんな仕事をされてきたんですか?」
「そうだな。まずは高校卒業してから入った町工場について話す必要がある――」
そして師匠はこれまでの仕事について話してくれた。
話を聞いていて、気になったのは、師匠の表情だ。
師匠は嬉々とした表情でこれまでの仕事について語る。
傍から見たら、好きな演歌歌手について話しているように見えるだろう。
しかし彼は仕事の話をしていて、俺にはそれが信じられなかった。
俺からしたら、仕事の話なんて苦痛でしかない。
「――ということがあったんだ」
「波乱万丈ですね」
「だろ? いろいろあったけど、楽しかったよ。そうだ。今度はお前さんの話を聞かせてくれないか?」
「俺の話ですか?」
「そうだ。冒険者は、ダンジョン? とやらに入るのだろう? そこには何があるんだ」
「あ、ダンジョンの話ですか。まぁ、それならいいですよ。と言っても、まだそれほど攻略しているわけではないんで、最初に攻略したダンジョンの話をしましょう――」
それから俺は、師匠に最初のダンジョンであった出来事について話す。
もちろん、嫌いな奴がモンスターに見える話は伏せた。
一通り話し終えると、師匠は満足そうな表情で言った。
「ダンジョンとは実に興味深いところなんだな。そして、まぁ、なんだ。お前さんが楽しんでいるようで良かったよ。楽しかったら、辛いことも乗り越えられるだろ」
「楽しんでいるように見えましたか?」
「ああ。楽しんでいるように見えたぞ」
「……そうですか」
確かに俺は、冒険者としての仕事を楽しんでいるかもしれない。
嫌いな奴を殴るのはもちろんのこと、魔法を使ったり、宝箱を見つけたり、この世界にはないものをダンジョンで見つけるたびに、喜びを感じていた。
その瞬間を『楽しんでいる』と言わずして、何と言えばいいのだろう。
(まさか仕事を楽しいと思う日が来るとはな)
仕事なんて辛いだけだと思っていたが、今はそんなに苦ではない。
それだけ、冒険者という仕事が俺に合っているのだろう。
師匠のおかげでそのことに気づけた。
――その後も師匠と談笑を続け、適当なタイミングで店を出た。
「あの、今日はごちそうさまでした」
「なぁに。これくらいお安い御用さ。それじゃあ、また、バッティングセンターで会おう」
「はい」
師匠を見送り、帰路に就く。
その足取りは軽い。
今日、師匠とご飯を食べることができて良かったと思う。
俺は今、冒険者という仕事を楽しんでいることがわかった。
だから、杭打みたいな懸念材料はあるものの、もう少し、冒険者を頑張ってみようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます