第15話 特訓①
――数日後。
スマホがうるさく鳴っている。また朝が来た。スマホのアラームを止め、時間を確認すると、午前の10時だった。いつも通りの起床時間である。
俺はそのままスマホをいじる。匿名掲示板やSNSを見て、面白いことが起きていないか探る。しかしこの世界は、昨日とそれほど変わっていないらしい。
(……そろそろ仕事でもするかぁ)
ネットをさまようのも飽きてきたので、活動を開始する。
健診に行った直後からフードデリバリーのバイトを始めたので、着替えを終えてから、専用のアプリを開いて、いつでも対応できるようにした。
すると、すぐに通知が来る。
(早いな)
本音を言えば、もう少しダラダラしていたいところだが、待たせるわけにもいかないので、部屋を出た。
多くの冒険者が同じバイトをしているのか、ギルドで自転車の貸し出しがあったので、ギルドで借りた自転車で通知のあった飲食店に向かい、商品を受け取る。
それから冬の寒風を浴びながら、10分くらいでお客さんのもとへ届けた。
フードデリバリーのバイトは、最低限のコミュニケーションで済むし、やりたくないときはやらなくていいから、気が楽な仕事だった。
(今日は、それなりにできなそうだ)
それから10件ほど消化し、今日の業務を終えた。
昼食は、スーパーで買ったおにぎりを一つだけ買い、それを食べてから、特訓のためにバッティングセンターへ向かう。
バッティングセンターでの特訓――と言えば、野球選手にでもなるのかと思われるかもしれないが、あくまでも冒険者としての特訓だ。
あのとき――大上司を炎の杖で殴ったとき、打撃と魔法の合わせ技で強力な一撃を与えることができた。
その経験から、殴った瞬間に魔法を発動できるようになれば、攻撃の幅が広がると思い、そのタイミングの取り方を身につける方法を考えた。
そして思いついたのが、バッティングセンターでの特訓である。
俺はいつものバッティングセンターに到着すると、適当なボックスに立ち、バットを構えた。
息を吐いて集中する。魔法を発動した際の感覚を思い返し、自分の中にある『魔力』をイメージした。
マシンのアームが動き、白球が飛んでくる。
俺は、バットを振るタイミングで魔力を流し、ボールを打った瞬間に魔法の発動を意識した。
球が鈍く転がる。打球はゴロになったが、大事なのは打球じゃない。タイミングよく魔法を発動できたかどうかだ。
(今のは、うまく発動できた……気がする)
爆発とかが起きるわけではないから、感覚に頼るしかないのが難点だ。
それでも、このやり方を続ければ、できるようになると信じ、バットを振り続ける。
――そして、人に見られていることに気づいたのは、1ゲーム目の打球が終わったときだった。
振り返ると、厳めしい顔つきの老人がネット越しに俺の打球を見ていた。
(誰?)
困惑しつつも、声を掛けることなんてできないから、多少のやりづらさを感じながら、2ゲーム目に挑戦しようとした。
そのとき、老人に声を掛けられる。
「おい、そこの若いの」
「……私ですか?」
「そうだ。お前さん、野球は初心者か?」
「まぁ、はい」
「そうか。通りでフォームがめちゃくなわけだ。いいか、ボールを打つときは、もっとこう腰をいれるんだ」
老人は身振り手振りで打球のフォームについて説明する。
正直、ありがた迷惑だったので、適当に答える。
「なるほど」
老人の存在は無視して、2ゲーム目の打席に立つ。
フォームとか正直どうでもいい。
俺にとって大事なのは、そこじゃない。
魔法の発動タイミングだ。
ボールが飛んできたので、バットを振る。
ぼてぼてのゴロだったが、タイミング良く魔法を発動できた気が――。
「違う。そうじゃない!」
――老人のせいで、それどころじゃなくなる。
(面倒くせぇ)
老人の指導を適当に聞き流しながら、2ゲーム目を終える。
そのまま帰ろうとしたら、老人がボックスに入ってきて、自分の金を入れた。
戸惑う俺に老人は言う。
「ほら、ボールが来るぞ。さっさと打席に立て!」
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