第四章 02 物語を書いていたのは

 少し落ち着いたのか、テティスも涙ながらに告白する。


「お金が……、お金が欲しかったんですぅぅ!!」


 お金か。セレーネもお金を得ようとして散々さんざんな目にった。


「そうね、お金は大事だわ……で、すまされるわけがないでしょう⁉」

「「ひぃぃっ!!」」


 バンッと机を叩いてすごめば、テティスたちは長椅子から跳ね上がった。こっちは公衆の面前で吊し上げられたというのに、これくらいの怒りを買う覚悟は持っておくべきだ。


「あなたたち、わたくしを殺すつもり⁉」

「「いっいいえ、滅相めっそうもございませんっ!!」」

「でも最後に、悪役令嬢は処刑されて死ぬのよ?」

「そ、それは、最後くらいなら同じじゃなくても……」


 スカーレットの苦しい弁明にセレーネの怒りは沸点を迎える。


「たとえ処刑されなくとも、貴族令嬢は婚約破棄されたらそこで人生おしまいよ! 貴族であるあなたたちが、どうしてわからないの⁉」

「っ……」


 シンと静まり返った部屋に、テティスの嗚咽おえつだけが響く。悪いと思って泣いているのではなく、ひたすら恐怖がまさっているように思う。


「……テティス様、ご家庭の事情は小耳に挟んでおりますわ」

「ふへっ⁉」

「シェダル夫人と折り合いが悪いせいで、お小遣いをもらえないのかしら?」

「い、いえ……そういう……わけでは……」

「はっきりとおっしゃい!」

「ヒッ!! い、石を! 海の石を取り戻したいんですっ! うっ、うう……」

「海の石……?」


 またテティスがをかいて話にならなくなり、スカーレットが引き継ぐ。


「テティが実母からもらった形見の石ですわ。それをシェダル夫人に見つかって、しちに入れられてしまったのです」

「まぁ、形見を? ひどい話ね。その石を取り戻すために、お金が必要なのね?」


 スカーレットとテティスはともに頷く。同情はするけれど、セレーネを不幸にしていい理由にはならない。


「事情はわかったわ。その質屋を教えてちょうだい。わたくしが買い取ります」

「「ええっ⁉」」

「でも、タダでは渡さないわ。物語を書き換えてもらうことが条件よ」

「そ、そんな……もう出版したものは無理です! あ、あの、次回作は悪役令嬢が生きていたという設定なんです! だから、シリウス様は死んだりしません!」


 今まで蚊の鳴くような声だったテティスが、前のめりで力説する。よほど物語に入れ込んでいるようだ。


「次回作? 続編ということかしら?」

「そう、とも言えます。次は悪役令嬢のの物語なんです」

「……わ、わたくしの娘?」

「はいっ!」


 頭にズシッとした重みを感じて、片手をそえる。そのあいだにも、テティスは意気揚々と机から紙束を持ってきた。原稿を見せながら物語を熱く語る。


 いわく――、悪役令嬢の娘は幼いころ母を魔獣に殺され、父は後妻に毒殺され、血のつながった兄からはしいたげられ、連れ子の令嬢にすべてを奪われる。さらには後妻に言われるまま金を稼いでは搾取さくしゅされる日々を送っていた。

 そんななか、一連の不幸に何者かが絡んでいることを知り、娘は復讐の鬼とす。それを女主人公がヒーローたちと力を合わせて倒すお話だ。


 ――つまり娘も悪役令嬢で、最後には殺される。救いようがない。


「待ちなさい!! 序盤じょばん早々、わたくしは殺されてるじゃないの! それに娘が不幸になる話など許しませんわ!!」

「ひぃっ、で、でも……これは女神様が書いた物語なので……」

「女神様? あなたが書いたのではないの?」

「あうっ……じ、実は……」


 テティスはまた机に向かい、今度は羽ペンを持ってきた。それは片翼の形をしたペンで、ペン先は――


「ハート型⁉ テティス様、どこでこれを?」

「ええと、あれは学園に入る一年ほど前でしょうか。質屋にとんでもない金額を提示されて、泣きながら店を出たときに、空から降ってきたんです」


 そのペンはロザリンが探しているものと特徴が一致する。けれど空から降ってきたとはどういうことだろうか。チラリと頭をよぎったのは、エクリプスが『愛の女神の落とし物』であったことだ。


(これも女神の落とし物だったりするのかしら? ……まさかね)


 このペンを探しているのはロザリンなのだから。まずは彼女のものかどうかを調べたい。セレーネの鑑定眼で持ち主がわかるといいのだが。「神様からの贈り物」だと言い張るテティスから拝借はいしゃくして、ペンに意識を集中する。


 浮かび上がった情報には、道具の名前として『愛の女神の神器(半分)』と表示された。名前だけならロザリンの言っていたとおりだ。

 それ以外の説明には、『女神の愛し子が持つと、物語が降りてくる』とある。試しにペンを握ってみると、突然、手もとの用紙に何かを書きはじめた。それはセレーネの意思とは関係なく勝手に動く。おそろしくなって放るように手を離した。


「な、なんですの⁉ このペンは」


 皆がおどろいたけれど、一番うろたえたのはスカーレットだった。


「そんな、わたくしが握っても動かなかったのに……」


 その言葉にハッとした。説明には『女神の愛し子が持つと』とあった。

 ならばテティスは……。セレーネはふたたび鑑定眼を発動させ、テティスをジッと見つめた。

 テティスの名前の下には『女神の愛し子』と表示されている。アイリスが『虹の聖女』と表示されたことを考えると、契約前に石を売られてしまったのだろう。


 女神の言っていた『欠け』とは、普通の人より何かが足りないという意味ではない。フュージョンを経験したセレーネには、魂が離ればなれになっている状態はとてもつらいことに思えた。


「テティス様……、わたくしはこのペンの持ち主に心当たりがあります。その方にお返ししましょう?」

「うっ……い、イヤです! このペンは私の命です!」


 心のり所が石からペンに移っている。無理に取り上げるのは悪手あくしゅだろう。


「わかりましたわ。では、わたくしは石を手に入れて参ります。それからお話しましょう?」

「……はい」


 消え入るような声だったが、返事はもらった。近いうちに手に入れる約束をして、セレーネたちは部屋に戻った。

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