君との時間

@rabbit090

第1話

 もう、いいや。

 毎日の連続、疲れていた。

 「アキ、ご飯は?」

 「いらない。」

 「そう。」

 無口な娘を育てているけど、でもうるさくないだけまマシだった。隣の村井さんは、息子さんがとにかくグレていて、早くモノを知って、大人になって欲しいと願っていた。

 けど、私は別に、娘のアキに望むものはない。そりゃあ、子育ては大変でもあるけれど、でも私は未熟児で生まれて、こんなに小さな子が大人になれるのな、なんていう不安とともに毎日を生きていたから、多くなって、普通に学校に通って、たまには憎まれ口を叩いて、そんな、当たり前のことがとてもありがたくて。

 「あ、お母さん。」

 「ん、何?」

 「明日さあ。部活でちょっと、外出るから。遅くなる、多分夜の7時は超えちゃうかも…。」

 「分かった、寄り道しないで、あまり遅くならないようにしてね。」

 「うん、ごめんね。」

 そう言って、アキは部屋に戻った。

 高校生になった娘は、最近化粧し始めて、とてもきれいになっていた。

 私も、娘も、割と童顔だったから、化粧をすると子供が強がって、大人になろうとしている、みたいな印象を与えるらしく、周りの友達から「アキは化粧しない方がいいのに。」と言われているらしい。

 けれど、私は娘のそんな行動も、愛おしかった。

 母一人、子一人だけど、それが案外よくって、私達の生活はいつも軌道に乗っていた。

 「久美子くみこ。おいで。」

 でも、私はたまに、死んでしまった夫のことを思い出す。私のことを、子供のように扱っていたあの男、アキが物心がつく前に病気であっさりと亡くなってしまった。最初は家計を依存していたし、どうしよう、なんて思ったけれど、私は一応大学を出ていたし、育児中にも暇つぶしに資格を取ったりしていたから、時間の融通の利く企業に就職することができた。

 「あなた。」

 と、呼び始めた頃だった。最初は名前で呼んでいたのに、もう夫婦だし、子どももいるからそう呼んでみたんだけど、そのすぐ直後に病気が見つかって、何か、あの人も、すごく無念だっただろうなあ、と思う。

 私は、毎日がそんな感じで、彩も何もないけれど、充実していた。

 でも、欲張りな方だとは思う。

 子供も、仕事も。

 でも、でも私は、心のどこかで、誰かに愛されたいという欲望があって、それで。

 「ごめん、アキ。私再婚する。」

 アキには黙っていた。懇意にしている男がいることなど、言っていなかった。

 だから、きっと驚くし、困らせるし、罵倒されると思っていたんだけど、

 「そうなんだ、おめでとう。」

 私から見ても、ちょっと年齢に似合わない化粧を、しっかりと施した娘が、にっこりと笑ってそう言った。一瞬、驚いて目を見開いたけれど、でも笑って、そう言った。

 「あのさ、いいの?私、アキにその人のこと、黙ってて、ごめん。」

 「何言ってんの?お母さん、もうお父さんが死んですごく経ってるんだよ?それにね、私も彼氏いるから、今度紹介するね。その人、私が母子家庭なの知ってるし、相性いいんだよ。」

 「…そう。」

 逆に私の方が驚いてしまった。でも、そうか。

 「じゃあ、お互い今度紹介しようか。」

 「うん、そうだね。」

 私は、娘をきちんと育ててこれたんだと思う。

 ずっと、間違っているような気がしていたけれど、本当は、私はいつも欠けていて、足りなくて、だからアキも未熟児で生まれたんだし、だから夫は死んでしまったんだし、だから、だからって。

 でも、いいんだ。

 私は、大丈夫だった。

 「結果、オーライ。」

 小さく呟いて、笑った。

 私も、アキも、これで、大人になれたのだ。

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