第7話 そよ風の吹く場所
青い海と白い砂浜を一望できる、小高い場所。
そよ風が吹き抜ける島のはずれに、
冷たい石になって、そこにいた。
「……なん、で」
屋根のある
「ひと月前、急に倒れた。……悪性リンパ腫でな。それからはもう……早かった」
「うそだ、そんなこと、俺にはひと言も……」
「アラシには黙っといてくれ、足枷になりたくないって、聞かんくてな……」
「うそやろぉっ、みなぁっ!」
美波が俺を冷たく引き離した理由。
それは、俺に未練を感じさせないためだったんだ。
死期を悟ったあいつが、俺の幸せを願って……
「死んだらダメだって、お前が言ったんやろが……こんなの、こんなのあんまりやろ!」
──別れよう。
病床のお前がどんな気持ちでそう言葉にしたのか、俺は、知りもしないで……
お前が俺の足枷とか、重荷になるわけがないのに!
「美波っ、みなぁ…………ぁああぁあああッ!!」
恋人の墓の前で崩れ落ち、半狂乱になって頭を掻きむしる。
入道雲のかかる夏の空。
いつもいっしょに見上げた青空のもとに、お前だけがいない。
* * *
「アーちゃん、いいかい?」
それから何日、亡霊のようにすごしただろう。
自室に引きこもる俺を見かねて、おばぁがやってきた。
美波の三線と、あの譜面を手にしている。俺を元気づけようとしてくれてるんだろう。
「……悪い、おばぁ。それ、しまっといてくれ」
美波がいない。死んでしまった。
そんな状況で、美波を思い出させる
「おばぁね、むかしは学校の先生で、国語を教えるのが得意だったんさぁ」
それでも、おばぁは部屋を出ていこうとしない。
脈絡もない話を、俺にふってくる。
「……知ってるけど?」
「『
ハッとした。
おばぁが、なにを俺につたえようとしているのか。
聞くのが怖い……でも。
「『おさえつける』って、意味さ」
おさえつける……恋心をおさえつける。つまり。
「これはね、アーちゃんに気持ちをつたえたくてもつたえられなかったミナちゃんが、床に伏せながら、つくった唄さぁ」
譜面を受け取った俺は、なにかに突き動かされるように、それを裏返した。
──会いたいや。
──君に、会いたいや。
見慣れた字で記された、たったのふた言。
とたん、あいつの笑顔が、声が蘇る。
「は……ははっ……」
わらいがこぼれる。
視界が、にじむ。
悲観してばかりで、俺はなんてかん違いをしていたのか。
これは美波が、あふれる想いを閉じ込めた唄だったんだ。
「……なぁ、おばぁ」
「んー?」
「俺に……三線、教えてくれん?」
そういうと、おばぁは、
「
って、くしゃっと笑った。
* * *
もともと、結婚を機に、こっちに腰を据えるつもりで準備してきた。東京に戻るつもりはない。
おばぁに三線を習いはじめてから、しばらく。
「なぁおばぁ。この曲、『
人並みに三線を弾けるようになって、ふと疑問に感じたことだ。
「そう思うかい? じゃあ、アーちゃんはどうしたい?」
これは、かけがえのない彼女が、最期に
「俺は──」
万年筆を手に取る。
迷いはなかった。
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