第45話 なお足掻き

 明かりの消えた部屋。外の光が届かないそこ。

無音に等しい物音を立て、一つの影が一室を後にする。

 「ーーありがとな、コル」

引き戸と開けられた扉の先で膝を抱えて横たわる女性に向けて落とされた言葉は優しい。

 「これが最期だ。せめてあんなのじゃ無くて、もっとマシな姿を見せたかったけどさ」

いつかに王より戴いた外蓑をコルリィカに掛けながら彼は笑う。

 「多分、無理だ」

赤く腫れた彼女の目元に未だ残る涙の雫を拭う。

 「また負けちまうはずだ。……結局、巫女の力ってのの使い方も分かんねぇしな」

ひと時だけ。彼は彼女の寝顔を眺める。

 「最初に何も言ってくれなかったって事はお前らも分かんねぇんだろ?きっと、誰もな」

深い悲しみに歪みながらも、美しさの残るコルリィカの寝顔を眺める。

 「でも、いい。お前のお陰で俺はまた拳を握れた。戦う意志が持てた。それだけで万々歳だ。だから、本当に有難う」

独り言ち続けながら背筋を伸ばし、立ち上がったリューンは城の裏口へと続く道へと振り向く。

 「…ごめん」

最後に、そう残したリューンは振り返る事無く歩み出す。

微かに響く足音は軍靴には程遠く。けれど、年若き少年とはくらぶべくも無いほどにはっきりとしていた。

 「……置いて、行くんだな」

仄かに視界に捉えられるリューンの後ろ姿。そこに届きはしない小さな声。

怒りでは無く落胆に沈むコルリィカの声。

 「死地を共にした私を。聞こえもしない時に言葉を残して、置いて行くんだな」

掛けられた外蓑を握り締め、コルリィカは立ち上がる。

 「それも、謝罪を」

剥ぐようにして身から離した外蓑を室内へと放り込み、部屋の扉を閉めると彼女は後を追うようにして歩き出す。

 「そんな事を許すわけが無いだろう。私はお前を愛しているんだぞ」

両拳を握り、強く踏み進めながら後を追う。

 「…行くんだね、コル」

その歩みを止めたのはテシィスだ。

 「…行くさ。私は彼にまだ謝れていない。まだ、𠮟れてもいない」

 「……分かった。止めはしない。避難なりなんなりは全部こちらが受け持つから、気が済むまで行ってくると良い。…変わりが務まるかは分からないがね」

 「……済まない。お父様にも会わせる顔が無いよ」

 「…分かった。ここに来た時はもう誰もいなくなっていたと言っておく」

 「…最後まで世話を掛けて済まない。…有難う」

振り向き、笑みを見せたコルリィカは再び歩き出す。

リューンの後を追い、一日と少し前に対峙した魔王の下へと。

絶望の象徴の下へと。

 「…私の親友を託したよ。リューン」

俯き、眼鏡を掌で覆うようにして位置を直した彼女の顔は見えない。


                     ーーーー


 城の裏口。

夜だと言うにも拘らず見張りさえ出張っているのかそこには誰もいない。

有るのは、長い長い、満月の光で創られた一本の影だけだ。

 「………なんで、ここに」 

城を出て一歩。大地に勇ましく突き刺さる特別大きな剣がある。

見間違いようも無い。リューンの武器である特大の剣だ。

 「折れたはずじゃ…。いや、それ以前に持ってきた覚えなんて無いぞ」

月の光に刀身を煌かせ、新品とは言い難くとも確かに繋がった状態でそれは大地に突き刺さっている。

まるで何かの導べのように。

 「…何だっていいか。お前以外に命預けられる武器なんか考えらんねぇもんな」

迷う事無く右手が伸ばされる。

柄がしかと握り締められる。

 「二度と折れてくれるなよ、ナマクラ」

そう言って笑ったリューンは特大の剣を背負った。

月の光に輝く剣身の軌跡はさながら夜闇にせせらぐ川のように美しく、目を奪われる者が居てもおかしくは無かった。

 「行こうぜ。お前だって我慢ならねぇだろ?あのクソ野郎はさ」

語る相手は無くともリュ―ンは確かに胸の奥が高揚するのを感じる。

足元が踏み締められるのを感じる。

背に掛かる重みに瞳が柔らかに閉じられる。

言い換えるならばそれは笑みで。再び己が獲物を手に出来た、ただそれだけで恐怖が和らいでいた。

 「さてと。あのボケ見つけねぇとな」

大地を蹴り、月下に躍り出たリューンは空歩を持ちいる。

進みは速く、時折彼の地肌が風圧で薄く切れる。

静かに流れ輝く鮮血。痛みは確かに鋭い。

それでも構わず数分空を駆けた彼はやがて遠くに巨大な影を見つけた、

問うまでも無い。魔王・バスキュルムだ。

 「……見つけた」

言葉と同時、彼の全身の筋肉が一瞬硬直する、

苛立ち、無理に空を駆けると今度は耐え難い吐き気に見舞われる。

 「…っは。そんな繊細にゃ出来てねぇだろボケナス」

歪めた笑みを浮かべ、一度空で胃の中身を吐き出し、震える腿を殴りつけながらリューンは進む。

 ーークソッタレ。視界も霞んできやがった。

薄く白く霞むーー否、現実を誤認させようとする視界を何度か擦っているうちに黒い影がーーバスキュルムが近づく。

月明かりに照らされたおぞましい姿は神秘的に映る事は無く、さりとて恐怖心を煽るように照らされてもいない。

ただ、在る。

草木が影を作るように。野山や海に等しく降り注ぐように。月の光を浴びただけの魔王がそこに在る。

 「……やっぱ、おっかねぇな」

意図せず弛んでいく速度を何とか保ちながら歩を進めるリューンの顔に浮かぶのは冷や汗と恐怖心。

真っ暗闇の中で、見えない場所から耳に残る物音が入り込んで来た時のようなどん底の心持。

ーーなれど。

 「でも、ここで引いたらまた泣かせちまうよな」

手は、武器に伸びた。

 「よォ、魔王様?こ機嫌はどーよ」

バスキュルムの眼前に立ち、特大の剣を引き抜き、リューンは呼び掛ける。

震えを隠し切れない声で絶望に挑む。

 「担い手様が戻ったぜ?」

かた、かた、かた。

全身に怯えが見えた。

取り繕った顔に恐怖が見えた。

だとしても。胸の奥底には確かに戦意も在った。

か細く、光とも言えない点のような無形ではあれど、揺らぐ事無くそこに在った。

 「決着を着けようじゃねぇか。こちとら女に恥かかせてきたんだ。手土産の一つもねぇと帰れねぇんだわ」

右手で引き抜かれた特大の剣は自然体に降り降ろされる。

勇ましくも見えるその姿は、だが恐怖が伝っている。

それでも彼を奮い立たせるのは数時間前の出来事。

術を失い、身を捧げかけさせてしまったコルリィカに報いるという一念。

最早、巫女を失ってしまった彼に抱ける罪滅ぼしはそれしかない。

 「もう、泣かせたくないんだ。俺や、お前なんぞのためにあいつが犠牲になるなんてのはあっちゃならねぇ。これ以上誰かが犠牲になるなんてのはあったらならねぇんだ」

特大の剣を担ぎ、リューンは重心低く構える。

 「だから、殺す。お前を殺して、シャル達との約束を、コルリィカを、護る」

しんーーと。

時が止まったかのように静寂が現れる。

月の光が音を持っているかと錯覚するほどの静けさだ。

煌々と輝く月。円を描く気品なる白銀。

夜を支配するそれが。彼の一言で塗り重ねられる。

 「ーー夢幻廻廊」

刹那に。月が灼けた。

白銀は熾烈な橙色で覆われ、昼の支配者でも、夜の支配者でもない根絶の使者が両者を覆う。

それらに照らされ、爛れたように広がるのは何かしらの文明が幾つも入り乱れた灼け上がる森。

一度は通じなかった彼の夢幻廻廊・焼け爛れた呻き。

 「…行くぞ、魔王。テメェの命を俺に寄こせ」

超大と化した特大の剣の柄を両手で握り締め、空歩を用いてリューンは駆ける。

狙うは頭部。

首を切っても死なないのであれば脳を破壊し、思考の無力化を狙う。

それでも足りないのなら心の臓。

鼓動が止まれば、死なずとも動きは止まるだろうと願って。

 ーーなんでもいい。どうにかして一瞬の停止を狙う。…そうすりゃ。

超大の剣を引き絞る。

佇むバスキュルムは不動。

 ーーそうすりゃ、粉々に切り刻んで端から燃やしてやる!!

 「う、おおおおおお!」

脳天から両断するために大上段から超大の剣が振るわれる。

その手に、脚に、胸の奥に、怯えはもうない。怖気はもうない。

在るのは誓いと覚悟。そして、全てを終わらせるという決意のみ。

 〖手間が省けた〗

一言、バスキュルムが言葉を発した。

同時、超大の剣は脳天から一刀の下に首の付け根までを叩っ切る。

破裂したかのように噴き出す黒血。灼けた月光に染められてより鮮烈に不気味さが増す。

 〖何であれお前だけは殺さねばなるまい。理の外から来たお前だけはこの手で〗

唐竹が割れるように真っ二つになったはずだった。

確かに首の付け根から下は繋がっている。だがそれより上は二つに切り離されている。

それでも魔王は何の事も無く口を開いている。命どころか思考にすら影響は無いと言うように。

 「ざけやがって。頭割ってもピンピンしてんのかよ」

 〖お前を消せばこの世に脅威など無し。此度は逃さん〗

リューンの言葉を意にも返さずに言い切ったバスキュルムは右手を振り上げる。

握られた拳は、だが振るわれるために力を込めたわけでは無い。

 「…やべぇ」

ゆっくりとーー否、そう見えているに過ぎないーーバスキュルムの右拳が開かれる。

同時、漏れ出るのは光。バスキュルムの血と違わず、黒々としたおぞましい輝きを放つ魔力の球体。

 「間に合うか…!?」

球体から放たれる尋常ならざる魔力を感じ、リューンは一気に距離を取る。

魔王との彼我の距離はおよそ百メートル。

それを、バスキュルムの手より離れた黒い魔力の球体は光よりも速く両者の狭間を埋めた。

音も、投擲動作も無く、まるで初めから彼の目の前に在ったかのように。

 「な……!?」

回避は間に合わない。武器による自衛も届かない。

目と鼻の先。息を吐けば当たる位置で、球体は炸裂する。

 「クソが……!!!」

空間を割るほどの爆発音が轟く。

黑く、黒く、黒く黒く。爆炎も上がらない甚大な魔力による大爆発は完全な球状となってリューンを包む。

それは純粋な魔力によって起こるが故に、爆発系の魔法や火薬とは違い全てに同等の威力があった。

中心だから深手を負う、爆発の端だから軽傷で済むーーなどという事は起こらず、中心に居ようが端に居ようが等しく命を狩る威力を誇っている。

 「が……!ぁぁぁぁああ!!」

それでもリューンは生きていた。

全身を焦がし、軽装鎧が吹き飛んで地肌が見えた場所は酷いやけどを負いながらも生きている。

魔法と成る前の魔力の鎧ーー。リューンはそれを瞬時に纏う事で死を免れた。

 「ボケが…!!!!魔力纏っても死にぞこなってんじゃねぇか……!!」

特に顔は呼吸を保つために厚めに魔力を回していた。結果他の部位が僅かにおろそかになってはいるが、何とか酷いやけど程度で済んでいる。

故に、凌いだと言うには余りに傷が深い。[死なないように済ませた]と表現するのが正しい。

 「どうする…!野郎、生き物と思って相手すんのは間違いくせぇぞ……!」

右手に持った超大の剣を強く握り締め、左手で回復魔法を行い、損傷した部位を最低限に足るかどうかまで回復しながらリューンはバスキュルムを睨みつける。

薄っすらと黒く滲む視界は頭部からの流血が瞳に流れ込んでいるがため。が、流血を拭う精神的余裕が今の彼には無い。

 「……物だの自然を殺す手段って何だよ、クソ!」

在るのは、どう思考を巡らせようとも解決できないバスキュルムの不死性とも思える生命力を超える方法を見い出す事だけだ。

 「……ああ、いや。一個、試してねぇのがあったな」

特に酷い部位を治療したリューンは機能を失ったと言える軽装鎧を剥ぎ取り超大の剣を背負う。

そうして自由になった両の掌にそれぞれ魔法を焚いた。

 「……借りるぞ、ブラフ」

 ーーおう、良いぜ。

炎と氷。相反する二つの属性魔法。

それらを均一になるように整え、高める。

 「……っは、幻聴か。けど悪くねぇ。耳鳴りよかマシだ」

やがて魔法に成った魔力が、その特性を遺憾なく発揮し始める。

炎は焔を湛えながら熱を増し、氷は枝のように冷気を伸ばして零度を落とす。

本来ならば火氷界の法則でしか成り立たないはずの[矛盾]は、全ての世界の理屈に当てはまらない彼の意志によって一つに合わせられる。

 「……矛盾なる賢者。今度は相殺用じゃねぇからな。作んのは簡単だったぜ、ブラフ」

合わせた途端、殺し合いを始めた二つの相反する物質が消し飛ぶ。

音は無い。代わりに両手の内には炎と氷の稲妻が周囲を走り回る蒸気の球が形成される。

 「お返しだ…!」

リューンは僅かに苛立ちを露わにしながら矛盾なる賢者を大きく振りかぶってバスキュルムに投げた。

炎と氷の稲妻を纏う蒸気の球。それは投げた瞬間に彼の手元から消え、刹那をもってバスキュルムの中腹に達する。

 〖死なぬか。頑強な事よ〗

 「喋ってっと灼け凍えるぜ!デカブツ!!」

矛盾なる賢者が魔王の腹部に触れた瞬間に爆裂する。

攻撃的で、不愉快極まりない異音が一瞬で辺りを満たす。

擦れるとも引っ掻くともつかないその音と共に尋常では無い量の爆炎と爆風がバスキュルムを覆う。

その中は、矛盾が荒れ狂う火氷の世界。

 「…これが本来の矛盾なる賢者か。あの女、こんなもん使ってきやがったのか」

炎を宿した氷の枝が無作為に、広範囲に、一息に伸びる。

そのいくつかは肉を貫く音を響かせている。

 「次に会った時は一言言ってやんねぇとな」

笑みを浮かべたリューンは魔王の隠れる爆炎を見続ける。

本来ならばありとあらゆる生物・物質を破壊する矛盾なる賢者を用いて、なお彼は勝利を確信していない。

生きている。下手をすれば無傷で。ーーという確信の方が強かったために。

 「出て来いよ。死にゃあしねぇんだろ」

次第に晴れていく爆炎。隙間より覗けるバスキュルムの肉体には冷気を纏った炎が燃え付き、凍てつかせている。

だが、リューンの考えていたように魔王は生きていた。

唯一彼に誤算があったとすれば、腹部に大穴が開いている事だろう。

 「……効いてんのか」

貫通はしていない。しかし、正面から見ても半分以上は抉れていると見て取れるほどの甚大な損傷。

更によく見れば、先ほど耳に届いていた肉に穴が開く音の通り腕や胸、場合によっては脚に大小様々な穴がいくつも開いている。

 「全身を満遍なくのつもりで投げたが…ま、正しかったな」

 ーーなんだ?シャルやフィルオーヌの時はダメで俺の魔法はやっぱり通用する…?どういう事だ?

先の戦いで目にした両名の攻撃による結果を思い返し、拭えぬ疑問が再び脳内に呼び起こされる。

それは無傷か、煤汚れが付いた程度のこびり付き。

対し、彼自身が行った魔法を含む攻撃は全てが通用し、普通の生き物ならば致命傷足り得る結果だった。

他の者達…つまりは蟲覇兵達の突撃を思い返しても傷を与えられていた様子は無い。

単にバスキュルムの懐に入る以前に攻撃や魔法ごと無力化されていたとすれば考慮には入ってこない。だが、もしそうでないのなら。

一度でも魔法が達していたり、矢が届いていたりしたのならば。

 ーー俺の攻撃だけが通用するのか……?

結論は、自ずと絞られてくる。

 ーー確かに、辻褄は合うかも知れねぇが……。

幾度とリューンが行った攻撃は現状反射や無効化、吸収といったような[傷を与える]以外の結果を産んではいない。

それらだけを考えに入れれば、理由はともあれリューン自身の攻撃しか効かないという仮説も立てられるだろう。

  「……けど、なんか腑に落ちねぇんだよな。なんか少し違う気がする」

だが彼は、安易に結論付けしなかった。

理由は単なる違和感だ。

答えが簡単過ぎるからでは無い。他に理由足り得る候補があるからでもない。

何かを見逃しているかのような、そんな小骨のような違和感だけが彼の納得を拒んでいるに過ぎない。

一手仕損じれば全てが壊れ、果てが崩れる戦いに臨む彼には、その違和感がどうしても無視していいモノとは思えなかった。

 「…つっても、試しようがねぇな。居んのは俺だけだ」

思い浮かぶ候補は無く、全く同じ加減で攻撃が出来る誰かの協力を仰がねばそもそも検証にならない。

いずれにせよ、今の結論が真実だと断じるための方法は無かった。

であれば。やはり彼は超大の剣を握るしかなく。仕留め得る時を呼び込む以外に手は無かった。

 〖…やはり阻むか〗

 「阻むつもりはねぇよ。テメェにもここで死んでもらいてぇだけだ」

腹を深く抉られたにも拘らず何の事も無しに言葉を発した魔王に対し、僅かに冷や汗を浮かべるリューン。

目に見える傷だけで痛みは無く、例え治らなくとも影響は無いと言ったようなバスキュルムの様子にいよいよ一撃必殺は不可能だと判断する。

 「しゃーない。分かりもしねぇ事考えたって意味ねぇな。仮に同じのできる奴が二人いたところで感ヤベーしな」

バスキュルムの再生がまだ始まっていない事を確認し、いよいよ作戦なぞは意味を成さないと理解したリューン。

彼は呆れにも見える笑いで鼻を鳴らすと超大の剣を再度引き抜いた。

 ーーホンットバカね。答えはそこだっての。

ーー時に、よく聞いていた声の一つが、彼の鼓膜を揺らす。

 「…ブラフの次はファズか。どうっっっしようもねぇ男だな、マジで」

柄を、折れんばかりに握り締め、リューンは顔を顰めながら瞳を瞑る。

 「今更後悔してんのか?テメェで頼んだってのによ……」

即座に目を開き、バスキュルムが何の行動も行っていない事を確認しながら超大の剣を構え、リューンは駆ける。

怒りのまま、己に向けた落胆をぶつける先を求るがままに。

 「そのケツ拭くために挑んでるってのによ!!!」

 ーーそんなに責めなくていいよ。そこは、暗いもん。

 「ユイームまで使ってテメェを慰めてんじゃねぇよ!!!!」

三度目の幻聴が彼の耳をつんざき、胸の内を踏み躙る。

 「どんだけ情けねぇんだバカッタレが!」

蹂躙されるのは彼が己に対して[理解]していた善悪。言い換えるのならば人間性。

如何に苦しくとも他者を使って己を慰めないだろうとしていたはずの理解との大きな乖離。それも死者を用いる異常性、救えなさ。

その、自我の崩壊とも言える認知のズレに、どうしようもできない怒りを覚えた彼は感情のままに超大の剣を直線状に構え、魔王の心の臓を狙った。

 〖……再生が遅いか。やはり、殺さねばならぬな〗

 「お前と気が合うなんてな!殺してもらいてぇ気分だ!!」

 ーーいいえ、いいえ。聞いて、リューン。

 「うるせぇぇぇぇぇええええ!!!!」

聞こえたフィルオーヌの声のような幻聴を掻き消すためにリューンは叫ぶ。

空歩を今までに無いほどに高め、駆け、風圧によって受ける痛みや傷を求めるようにした突きは閃光のように伸びる。

皮膚を、肉を、裂きながら突き進む。

全ての元凶であるバスキュルムの心の臓を目掛けて。

 〖そちらから来るか。手間が無い〗

刃のような音を響かせ、閃光と成ったリューンの一閃はバスキュルムの心の臓を違わず貫く。

手応えがある。心の臓の動きが魔力を帯びた実態の刃を通じて手に伝わり、貫通したとも分かった。

けれど。当然のようにバスキュルムは生きている。

口から黒血を垂らすような無様も、身体をふらつかせるような脆弱さも、一つとして見せはしない。

代わりにリューンが理解したのは、目を見開くほどの趨勢の変化だった。

 「剣が…!?抜け……!!」

深々と貫通した感触さえあった超大の剣がほんのひとズレもしない。押せも引けもしない。

であれば戦いはここで終わる。剣と魔法、どちらかだけでは足りない。どちらも十全以上に振るえぬのであれば勝てない。そも、獲物を失えば戦意すら陰るだろう。

だからこそ彼は判断を誤った。

 〖退け〗

超大の剣に固執し、引き抜こうとしていたリューンの真横にバスキュルムの掌が迫る。

掌底ーーいや、そこには先程受けた黒い魔力の球体がある。

掌底と魔力。その二つを同時に受ければ確実な死が待っているのは明白だった。

噎せ返る死の匂い。リューンがそれに気が付いたのは回避も、防御も、魔力の鎧の展開も間に合わない寸前のところだ。

 「しま…」

一寸先に起こる炸裂と衝撃がリューンの脳内を埋める。

肉塊も残らない粉微塵。例え禁呪でも叶わないだろう復活。

断末魔の叫びさえ成せ無いだろう死がーー

 〖…何?〗

ーー至るだろうはずの刹那に。音が、響いた。

鋭利で、重く、必殺を思わせる一撃が……否、二重の音が響いた。

途端だった。寸でのところにまで迫っていた黒い魔力の球体がリューンに当たる事無く掌底と共に視界の底に消えて行ったのは。

 「な、何が、起きた……?」

予知のようにまで見えていた死の予感が思考から消え、冷静さを取り戻したリューンは超大の剣を残して大きく距離を取る。

そうして目にしたのは落下していくバスキュルムの右腕だ。それも肩口から何者かによって両断されている。

 「なん…誰が…どこに…!」

再度訪れる甚大な混乱。

そして、幻聴。

 ーーだから、幻聴じゃないんだって。リューン。

 「シャ…………シャル………?」

忘れようの無い、忘れられ無い、忘れられるはずの無い、愛しい声。

在りし日を思わせる、心強く、何処か優しい少女の声。

 ーー私達はここに居るよ。リューンと一緒に戦うために。

それは確かに、リューンの耳にはっきりと届いた。

まるで直ぐ傍に居るかのように感じられる声だった。

だからこそ彼は、空を見上げ、視線を落とし、開いた両手で目元を押し付けた。

 「…そうか。俺は、俺はそこまで……」

嫌が応にも無く理解する。

己の弱さは、単なる力だけで無かったと。意志の弱さが、死者すら利用してまで己を慰めようとする醜悪さが、自分の本ーー

 ≪だから、違うって!»

 「何がちがッ…あ…?」

彼の首から下げられている巾着が、胸元から独りでに浮き上がる。

何ゆえか、身体の至る部分が酷いやけどや傷を負っているにも拘わらず軽い煤汚れ程度で済んでいる巾着が何も無くふわりと浮いている。

その巾着から、白銀の宝玉が出て来た。

本来の取り出し口からでは無い。布を透き通ってだ。

そして、シャルの幻聴はそこから聞こえていた。

彼女の、宝玉から。

 「あ……は……?目も、イカれた…のか……?」

バスキュルムと対峙している事も忘れ、リューンは目を丸くする。

何度も擦り、頬を一度強くつねってみたりするが、どちらも[現実]を示している。

それでも納得できない彼は言葉を失ったまま硬直したかのように微動だに出来ていない。

 ≪おい、もうこいつ殴ろうぜ。それで痛いって分かりゃ幻覚も幻聴もねぇって理解すんだろ»

 ≪気持ちは分かるけどねぇ…。今はまだでしょ?今は。ぜーんぶ終わったら顔の形変えてやればいいんじゃない?»

 ≪そ、それは……まぁ、ね……?»

次いで三つの宝玉が巾着を透き通って現れる。

一つは紅と蒼の宝玉ーーブラフ。

一つは空色の宝玉ーーファズ。

一つは白色の宝玉ーーユイーム。

 ≪良いのよ、ユイーム。私達は大体こんな感じだから»

そして最後の一つ、若緑色の宝玉ーーフィルオーヌ。

 「な…じゃあ、本当に、お前らみんな……!!!」

 ≪返って来たわけじゃ無いけどね。……力を、合わせに来たの»

リューンの目の前にーーつまりは宙に浮かんでいる五つの宝玉。

それらは皆、リューンの方を向いているように認識でき、彼自身も同じ理解をしている。

まるで姿形があった頃の彼女達が傍にいるかのように感じている。

 ≪つー事でだ。まずは武器を取り戻さねぇとな≫

 ≪そうね。私達の力を充分に注ぎ込むには貴方の剣が必要よ≫

 「ちょ、ちょっと待ってくれ!ど、どういう事なんだ!?何が何だか…!!」

 ≪うっさいわねぇ。恋心だけじゃ無くってこーいう土壇場でも察しが悪くなんの?黙って取り返してきなさいよ≫

 ≪そ、そうかもだけど、少しくらいは説明してあげてもいいんじゃないかなぁ…?≫

 ≪そりゃ向こうのクソ野郎に言いな、ユイーム。何も意地悪で言ってんじゃねーんだ≫

 「…!そ、そうだ!!」

会話の中、ブラフの言葉を受けて我に返ったリューンは反射的に魔王へと視線を向ける。

その先には既に切り落とされた腕を再生し終えているバスキュルムがいる。

 「ぐっ…!話してる間に、野郎……!」

よく見れば矛盾なる賢者で抉った身体も少しずつ治ってきている。

仕掛けてくる様子が無いところを見るにどうやら回復に専念しているらしいが、終わるまで何もしないという保証も無い。

損傷がどれほどの意味を持っているのかは不明だとしても悠長にはしていられないだろう。

 ーー全部を理解する余裕はねぇって事か…。とことん邪魔な野郎だ。

 ≪そういう事なの。だから、今はまず、貴方の剣を取り戻す事だけを考えて≫

 「……分かった。魔法だけでどれだけやれるか分かんねぇけど、やってみる」

 ≪…やっぱあんた、ホントは察し悪いんじゃないの?でっかい剣が無いだけでしょ?それで何で魔法[だけ]になんのよ≫

フィルオーヌによって決意を固めたリューンをファズは叱責する。

その意図を瞬時に理解できなかった彼は思考が白紙化するほどの混乱に見舞われた。

…が、直ぐに意味が理解できた。

 ≪そ、だから使って。私の斧≫

 「……ああ」

ファズの𠮟責の意味。それは魔法以外の武器があるという事。

条件さえ満たせば、魔王の腕でさえ切り落とせる獲物があるという事だ。

 ≪私の戦斧には名前があるの。絶対バカにされると思って言って無かったけどね≫

 「そりゃあな。俺の技の名を『かっこつけすぎ』って笑ったのはお前なんだから」

答えを知り、シャルの照れたような言葉に笑い、二人は少しだけ安らぎを思い出す。

静寂と呼ぶには些か温かみのある一瞬だった。……それは酷く切なくファズ達に映った。

 ≪…呼んでみて。今の私の力なら動かせるから≫

消えたはずの続くべき永遠から立ち去り、シャルは告げる。

 「………ああ」

名残惜しさに押し潰されるリューンは努めて表情を保たせると両手を下ろして手を広げた。

そうして彼は聞いた事も無いはずの戦斧の名を口にする。

 「来い。天鳴(そらなき)、地雷(くにいかずち)」

言い終えると同時、何処からとも無く風を切る音が響く。

重く鋭い音は一対。

それらは瞬く間に地上から飛来すると、違う事無くリューンの両の手の内へと至り、握られる。

 「双斧・天地雷鳴」

両腕を、刃を、飛来時の反動を生かして交えさせリューンは構える。

天と地とは名ばかりの戦斧。そこに特殊な仕組みは何も無く、使い手が魔力を注いだところでその性質を得る事は無い。

しかし、今のリューンにはどんな武器よりも心強く、手に馴染んだ。

 「……そうか。巫女の力ってのはこういう事か」

 ≪そ。あんたの感じた通り、私達の全ては、今、あんたの力に成る。私達の力を担う者としてね≫

 ≪思えば説明なんざできるわきゃ無かったしな≫

 「全くだ。口喧嘩ばっかだったよ、お前とは」

 ≪っは、違いねぇ。今頃になって親父もバルデルも予えてんだろうよ≫

二人の言葉を受けながら双斧から流れ込んでくる[力]に心が奮い立つ。

彼女達の存在が[力]として全身を満たしていく。

これがありったけなのか分からない。けど、もうほんの少しでも己の力が至れるのならーー。そう思わずにはいられないだけの確かな[強さ]がリューンの身体に染み込んでいった。

 ≪大丈夫。シャルの斧から注がれる巫女の力はほんの一部。真に全て担えるのは、貴方の剣を取り返した時よ≫

 「そうか…。なら、安心だよフィルオーヌ。……もう負ける気がしない」

 ≪でも、ムチャはダメだよ?今はまだ[対抗できるかも?]くらいなんだから≫

リューンの意気を諫めるような言葉をユイームが投げ掛ける。

彼女の不安自体は彼にも理解できた。問題は、その不安も掻き消せるような事実が記憶に新しいのにユイームが言葉にした事だ。

 「けど、さっきはこのくらいの力でクソ野郎の腕切り落とせたんだろ?なら拮抗以上は……」

 ≪バッカねぇ。あれは不意を突けたから。じゃなきゃちょっと傷付けて終わりだっての。第一、まだ不完全だから弾かれててもおかしく無かったしね≫ 

 「…弾く?どういう事だ?」

 ≪はぁ?あんたまだ気が付いて無いの?……呆れた。何考えながら戦ってんのよ≫

浮かんだ疑問の答えを呆れと共に答えたのはファズだ。

しかし、彼女は呆れた理由を続けようとはせず、≪シャル、教えてやんなさい。私は疲れたからヤだ≫と言って黙ってしまう。

 ≪あ、えっとね。せ、説明って言っても私達もさっきファズちゃんに聞いて分かったんだけど……≫

急に指名されたシャルは若干戸惑いつつ言葉を繋いでいく。

ファズの呆れの原因ーー彼女の見つけたと言う事実を伝えるために。

 ≪あいつはね、魔法が通じないの≫

 「……なんだって?」

 ≪正確には、『私達の住む六つの世界の魔力を帯びている攻撃は通じない』の。通じるのは、全然別の世界からやって来たリューンの魔力だけ…みたい≫

 「………って事は、だ。みんなの力が宿ってたこの斧が通じたのは……五つが混ざる事で魔力の質が変わったから、とかか?」

想像もしていなかった事実を聞き、リューンは一瞬の逡巡の後に自分の中で繋げた答えを言葉にする。

すると呆れた雰囲気を何処か怒りに変えていたファズの様子が一変、再び口を開いた。

 ≪そーいう事ね。やっと察しが良くなってきた?≫

 「けど、なら何でフィルオーヌの攻撃はダメだったんだ……?槍で攻撃だって…」

 ≪少なからず魔力が宿っていたからよ。意図してもしなくても、握った武器には、身に付けた物には、所有者の魔力が必ず触れているし、帯びている。あいつの身体は、ただそれだけでも無力化できてしまうの≫

 ≪あの屑はイカれてんだよ。さっきお前が使った矛盾なる賢者だけどよ、アレ、私がやったところでああはならねぇからな。どころか少しも利きゃしねぇ。マジで不愉快だぜ。本家本元はアタシら炎凍龍族だってのによ≫

 ≪防御魔法…とも違うみたくて、多分、アレの存在そのものが魔力の塊なんだと思う。大きい質量に小さな質量は勝てないから…みたいに考えればいいんじゃ無いかな?…多分≫

 「だから同質じゃ無い俺の魔法は効くってのか?…んだそれ。俺以外じゃ勝てなかったって言うのかよ」

 ≪そ。だから後は出力の問題だったワケ。そのために私達巫女の力が必要なのよ。分かった?≫

 「………ああ、充分な。俺の抱えてた違和感の説明も付いた。とんだ理不尽だ」

彼女達の話を聞き、合点のいったリューンは一度深い呼吸を行って再び双斧を構える。

握る力は先ほどよりも強く、少しずつ怒りが満ちている。

 「誰も、ムダ死ににはさせねぇよ」

疾風と玉鋼化。二つの魔法を施し、リューンは一歩踏み込む。

音と共に消え去るリューンの身体。

残されたシャル達の近くで起こる風は瞬く間に空気に還り、その瞬間の内にリューンは魔王の心の臓へと至る。

 「返してもらうぞ。俺の剣を」

現れ、限界まで引き絞り、斜め上段から双斧が降り降ろされる。

目掛けるは心の臓。

超大の剣を中心に切り裂く二振りの刃。

 〖……知った感覚だな〗

漏らすバスキュルムの胸板が切り裂かれる。

爪痕にも見える裂傷から飛散る黒血の中、リューンは更に横に二刃を走らせて超大の剣の刺さった部分を歪な四角のように切り出す。

 「次の踏み込みで殺す」

語った口で超大の剣の柄を掴み、強引に引き出す。

肉同士が阻もうとする強い抵抗はある。黒血をも引きずっているが故に臭い発つほどの音も鳴っている。

だが、今度は目的半ばで止まる事は無い。

 「ぐおぉおおぉお!!」

ズルリと。黒血と肉片を飛沫かせながらリューンは超大の剣を引き抜いた。

 〖尚藻掻くか〗

一歩、二歩、距離を離れ、再びシャル達の下へと戻ったリューン。

 ≪離して大丈夫。浮くから≫

シャルに言われるまま双斧から両手を離してリューンは咥えたままの超大の剣を持ち直す。

 「…本当に浮いてるな」

超大の剣を手にしつつ両脇に浮いてる双斧を見て思わず漏らすリューン。

それに対し、ブラフは少し鼻で笑うようにして答えた。

 ≪理由は聞くなよ。アタシらも知らねぇ»

 「玉っころが浮いて話すんだ。今更なんでもねぇよ」

 ≪随分な言い草じゃないの。取り返せて嬉しくなった?»

 「……ちょっとな」

フィルオーヌに指摘されて己の発言を思い返したリューンは僅かに落胆する。

[何であれシャル達と再び会話が出来た]喜びと[勝ちの芽が確信になった]興奮が、彼に、命と同じ意味を持つ宝玉に対して暴言と取れる物言いを誘発してしまった。

そこにはやはり自己に対する嫌悪感を抱かずにはいられず、彼の精神を律する役目を担った。

 「さぁ、俺の剣は返って来た。次はどうすりゃいい?」

努めて心を落ち着かせた彼の口から出た言葉に、フィルオーヌの宝玉が頷いたように映る。

 ≪難しい事は何も無いわ。私達が貴方の作った魔力の刃に身をうずめるだけよ»

 「…そうすると、どうなるんだ」

 ≪詳しい事は分からない。ただ、それで私達全員の力がその剣に注がれるの≫

 ≪後は全部が詰まったその剣であのクズゴミを貫きゃ何とかなるはずだ≫

 「……そうか」

フィルオーヌとブラフの説明にリューンは[理解]だけを示す。

そこに同意と納得は無い。

 「先に言っておくぞ。ただの石に成ったら俺は首を切る」

 ≪止めないわよ。約束破ってこっちに来れないのはあんたなんだから≫

素っ気の無いファズの返答ーー。

それでリューンは理解する。

 「そうか……。そりゃあ、…困るな」

力を注げばどうなるのかを彼女達は知っている。

恐らくは今のように話す事は出来なくなる。下手をすればただの綺麗な石に成る。

彼女達はその事実を理解し、敢えて教えていないのだと。

 ≪…ごめんね。また、暗がりに置いて行っちゃって≫

 「いい、気にするなユイーム。暗い所はそんなに嫌いじゃないんだ」

表情は無くとも分かる涙声にリューンは優しく返す。

握る力とは違って彼の声色は慈しみすら見えた。

だからこそ彼女達は各々が胸の痛みに瞳を閉じ、目を伏し、そっぽを向き、胸元に両手を押し当て、一縷の涙を零し。

意を決した。

 ≪やるよ、リューン。私達の全部を使って、アイツを倒して≫

 「ああ」

右腕で超大の剣が薙ぎ払われる。

切られた空はうねりを上げて荒れ狂い、突風を起こす。

 「お前らの全部、担わせてもらう」

言葉と同時、五つの宝玉が超大の剣の刀身、その鍔元に集う。

 ≪じゃあな。またちょっとだけお別れだ≫

 ≪面倒だから次会う時までには誰娶るか決めときなさいよ≫

 ≪そうね。キャムルもちゃんと入れてね≫

 ≪わ、私は急いで無いからいい、よ…?今は、力になれるなら、それで…≫

ブラフ、ファズ、フィルオーヌ、ユイーム。

四つの宝玉がそれぞれ埋まっていく。

途端。超大の剣の刀身に四色が走り、絶大な力がリューンに流れ込む。

 ≪…ね、リューン≫

 「…ん」

瞬く間に増大していく己の力。

触れば一瞬も待たずして何もかもを壊してしまいそうなその力を全身に感じながら、リューンは感慨に浸る事も無く頷く。

 ≪…ちゃんと、リューンが決めてね。私が何を言ったとか、そう言うの気にしないで、全部……≫

 「愛してる」

弱く、消え入りそうな声で紡いだ言葉を、リューンは遮る。

 「シャル。俺はお前を愛してる。みんなには悪いが、俺が目一杯心を傾けられる相手はお前だけだ」

 ≪リューン……≫

 「返事は次に会った時でいい。精々、誇れる男に成っとくから。だから……考えといてくれ」

白銀に輝くシャルの姿を、リューンは見つめる。

返答は無い。静寂だけが二人の間に在る。

永遠か、一瞬か。答えを知る者など何処にも無く、シャルがゆっくりと鍔元に身を寄せる事で時は動く。

 ≪………勝って≫

一言。ただ勝利を願って。

シャルが鍔元に…ファズ達と同様に身を寄せた。

 「………任せろ」

爆発的に。燃え盛るように。超大の剣が輝く。

リューンの全身に魔力が迸る。

何ものをも凌駕する絶対的な力が、五つの命を代償にしてリューンを満たし尽くす。

 〖そうか。危ういな〗

時を同じくして。

バスキュルムは完治する。

最早何処にもリューンの付けた傷痕は無く、肉体を万全に成している。

故にリューンは超大の剣の切っ先をバスキュルムに向ける。

 「覚えておけ。今からテメェを殺す俺達の剣を。万全だろうが何だろうがテメェを殺す、巫女絶ちの剣を」




tobe next story.

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