第42話 全てを賭して

 ーー俺は、何を失った。

音無き慟哭の中で、リューンは自分に問う。

 ーー俺は、こんな世界のために何を失った?

両膝を折り、地に額を打ち付け、両腕がめり込まんばかりに土に押し付けながら彼は己に問う。

 ーー俺は、なんのために、戦って来たんだ……?俺はこれから、なんのために、戦うんだ?

蹲る彼の身の横に突き刺さった特大の剣。その腹に、亀裂が入る。

 ーーやっと、やっと逃げずに受け止められたこの気持ちを、俺は…誰に、伝えればいいんだ……?

小さな音を立てて大きくなっていく亀裂。

横に広がっていくそれはやがて鉄の破片を溢しながら両端へと届き。

 「俺は、なんなんだ?」

一際大きな大きな音を響かせて、折れた。

 「教えてくれよ……なぁ」

這うように、彼の身体から黒が漏れ出る。

肩から、腕から、背から腰から脚から。

至る部位から黒いナニカが漏れ出る。

風も無く揺らぐそれはまるで炎のようで。

 「…はは、ははは」

彼はそれがなんなのかを既に知っていた。

 ーー……ギンの、言ってたやつか。

獣人界にてギンより忠告を受けたそれ。

死闘祭に於いては収める事に努めた不可思議な力だが、今のリューンにはそんな考えは一切有り得ない。

 「………なんだっていい」

爆発的に、吹き出すかのように溢れ出た黒き炎は揺らぎながらリューンの全身を覆う。

 「あいつを殺せるなら、なんだっていい」

瞬く間に全身を包んだ黒炎。それはまるで、甲冑を象ったかのように堅牢な形を成し。

 ≪俺を殺してくれるならなんだって良い≫

リューンが手を伸ばした先にあった、折れた特大の剣の柄を黒炎が掴んだ。

 ≪俺にはもう、大義も正義も何も無い。愛した相手一人護れない野郎に何かを救えるわけがないんだ≫

 「ま、待てリューン!!」

コルリィカの叫びが上がる。

駆け出し、脚がもつれて転ぶ彼女にリューンは目もくれずに駈け出した。

 「待て…!その力は、きっと禁呪だ……!」

ほんの一瞬、目を離したに過ぎないはずのリューンは既に目の前にはいなかった。

シャルを失い、自責の念に駆られていたフィルオーヌもーーいや、例え本来の彼女でさえ見えなかっただろう。

機械であるファズでさえ、やっとの事で捉えられるほどの速さで魔王の元まで消えてしまったのだから。

 「ね、コルリィカ。禁呪って?」

立ち上がろうとするコルリィカに手を差し伸べながら問うファズ。

彼女の手を取り、まるで力の入らない身体を無理に立たせたコルリィカは僅かに上がる呼気のまま答えた。

 「[狂火の甲冑]…。そう呼ばれる禁呪があるんだ」

 「随分穏やかな名前じゃない。さぞ落ち着いた魔法なんでしょーね」

意図的な皮肉を漏らし、コルリィカの寄る辺として身を寄せるファズ。

そんな彼女に反論もせず、コルリィカは身体を預けながら続けた。

 「……原理は分からない。何らかの条件を満たす事で感情が形と成って表に現れ、それを纏う事で途方も無い力を得られるというモノだ」

 「へぇ…。あんたはどう思う、フィルオーヌ」

名を呼ばれ、精環槍を杖代わりに立ち上がるフィルオーヌ。

彼女は目元を拭いながらファズの瞳を一瞥すると、折れた切っ先をバスキュルムに向けるリューンを強化した視力で確認した。

 「……今の話を鑑みて答えるなら、間違いなく負の感情が表になっているわね。しかも、身を灼くほどの激情。……危険なんて言葉では測れないわ」

彼女が捉えているリューンの戦い方は人間離れしていた。

異常な角度での方向転換を幾度も行い、明らかに筋肉の許容を超えた力で一刀を振るい続ける姿は何かに憑りつかれていると言って差し支えない。

 「そーね。でも私達には何もできないわ。あんたの魔法も槍も届かないんじゃ私らの攻撃が通用するわけないもの」

 「だ、だが、このまま見過ごすわけにもいかないだろう…!」

 「ただでさえ歯向かえないのにろくすっぽ立ってられないメス二匹とスクラップが行った所でぶっ殺されんのが関の山でしょーが。感情で動くのはあいつだけで充分よ」

 「なら!!」

コルリィカの怒りの混じった声が響く。

彼女の怒りは困惑が根幹にあり、その上に何もできないもどかしさがあった。

だが、対するファズとフィルオーヌは何かが腑に落ちたように表情が晴れている。

 「…そう。なら、そうするしかないわね」

 「でも、タダで成るわけにはいかないでしょ?まずはあのバカ連れ戻さなきゃいけないんだから」

 「ええ、そうね。……覚悟は?」

納得顔で言葉を交わす両者。

隣で聞くコルリィカは初め会話について行けずにいたが、直ぐに意図に気が付くと目を見開いた。

 「ま、待て…!それではリューンはまた……!!」

 「何をいっちょまえに言ってるんだか。泣いてばっかりの年増のくせに」

 「ふふ、そうね。その通り」

 「おい!聞いているのか!!」

彼女の制止を無視して会話を続けるファズとフィルオーヌにコルリィカは更に焦りを見せる。

しかしそれでも彼女達は耳を貸そうとはしなかった。

 「そういうわけだから、後の事は頼んだからね、コルリィカ」

 「ふ、ふざけるな!!この上君達まで失ったら……!」

察した行為はまず間違いなく事実と成るーー。それが分からないほどコルリィカの目は節穴では無かった。

だからこそ彼女は重くなる唇すら無理に動かして両者を止めようと怒声を上げた。

 「君達まで宝玉に成りでもしたら!彼は二度と立ち直れなくなるぞ!!!」

 「だからあんたがいるんでしょーが。さっきなんて言ったか聞いて無かったの?」

叫び、返され、コルリィカの表情が固まる。

 「そうね。いずれにしろ魔王を倒さなければ明日は無いわ。なら、手段は一つしかないのよ」

 「だっ…だが!!!」

面持ち硬くリューンの戦いを見続けるフィルオーヌに言葉を絞り出すコルリィカだったが、言葉にしながらも声が届かない事は充分に理解できてしまっていた。

彼女達の決意は既に固まっている。

死を決意しているのだ。生半可な説得では覆るはずが無い。

 「だが…!例えそうだったとしても……!彼を、リューンを、これ以上苦しめないでやってくれ……!!」

身を預ける先のファズにコルリィカはそれでもと懇願する。

どうかこれ以上の責め苦を彼に与えないでやって欲しいと。一度に幾つも[大切]を失えば廃人のようになってしまうと。

 「彼は充分に役目を果たしただろう!?折角命が帰って来たのに、このまま戦わせた挙句、大切な仲間を更に失うなどどうかしている!」

瞳は潤み、声も身も僅かに震えている。

ファズには十全にそれらを感じられた。

けれど、聞き入れられる事は無かった。

 「そんなのあいつが認めないわよ。失うだけ失って何も得られない?最初の目的のための終着点だった結果を自ら手離す?有り得ないわよそんなの」

 「分からないだろうそんな事は!!彼の戦い方を見てみろ!!自ら死のうとしているだろうが!」

コルリィカの言葉の先にあるのは攻め手を一切緩めずに戦い続けるリューン。

全身を覆い溢れる狂火の甲冑はリューンの身体能力を飛躍的に向上させているのか、或いは無理矢理にでも動けるように補助しているのか、これまでに見た事の無い戦いを展開している。

バスキュルムの掌底を右腕でいなしたかと思えば身を翻して魔王の腕に折れた特大の剣を突き刺して裂きながら駆け上がり、強く振られてふるい落とされそうになれば切り傷に脚を突っ込んで耐えるーー。

魔法にまるで頼らずに戦う姿は見守るファズ達に背筋の凍る恐怖心を覚えさせるほどだ。

 「私達の決意が感情で動いた結果だ。……そう言いたいのね、ファズ」

 「でしょーね。バッカくさい」

 「バカ臭いだと!?」

 「だってそーでしょうよ。あんたの思う通りに行動したらリューンは失うだけ失って、世界はぶっ壊される。見事に最悪の事態じゃない」

 「そんな事は分かっている!!!だとしても」

 「分かって無いから眠たい事言ってんでしょって言ってんのよ!!!!!!」

割れた音声で、ファズは怒りを露わにする。

彼女の表情はこれまでにないほど怒りに溢れ、同時に、瞳には悲しみが暗く光っている。

 「ファズ」

 「……分かってるわよ」

肩に手を置いてきたフィルオーヌの言葉で瞼を閉じ、感情の操作を試みるファズ。

深呼吸に似た行為の後、数秒にも満たない静寂を起こすと、まだ若干苛立ちの残った声色で身体を預かるコルリィカに続けた。

 「ぽっと出のあんたにあいつの残り全部任せるなんて、簡単に言えるわけないでしょ?」

視線を合わせ、一寸も動かない瞳が交じる中、告げられたのは粗雑な言葉だった。

だが、コルリィカには分かってしまう。

最期まで彼の知る自分であろうとした故の言葉遣いなのだろうと。

本心ではもっと違う、優しさや哀しさ、苦しさが交じり合った想いがあるのだろうと。

 「……そうね。出来る事なら私も見届けたかった。彼と、シャルが共に歩む世界を」

 「だから行くんでしょーよ。ボケてんじゃないわよ?」

 「えぇ…。そうだったわね」

 「例え枯れた理想だとしても…理想とは呼べなくなっていたとしても、何も無くなるよりもマシなんだから」

どんな制止の言葉も届かないーー。

彼女達の会話を聞き、コルリィカはそう悟る。

 「……分かった。ならばもう、私は何も言うまい」

よたり、と。コルリィカはファズから身体を離すと、大きくふらつきながらその場にへたり込む。

 「後の事は万事私に任せて往け。だから今の事は全て任せる。彼を、救ってやってくれ」

俯き、地を見つめながら己の非力さを嚙み殺して両者を送り出すコルリィカ。

そんな彼女から一歩、前へと歩を進めたファズ達は武器を構えた。

 「えぇ。……任されたわ」

 「たまには男に振り回されるってのも悪くないしね」


                                  ーーーー


 ーー身体が軽いな。

 瞬間的に場所を移動したかの如き速度をもってバスキュルムに接近したリューン。

彼は、深い感情を源とする狂火の甲冑を靡かせながら魔王の前に立つ。

今彼に見えるのはバスキュルムの足のみだが、先ほど戦った時に感じたほどの威圧感も途方の無さも感じてはいない。

 ーー対等って事か。折れた刀身だってのに気後れも無いなんて大したもんじゃないか。

降ろした右手に握られる半身となった特大の剣。

折れている以上、以前と同等の切れ味・破壊力など望むべくも無いはずだが、何故か彼には[問題無い]という確信があった。

 〖……お前か〗

声が頭上から降る。

彼には二度目の経験だ。しかし懐かしさなど感じようも無い。

フィルオーヌとはまるで違う威圧感に塗れた声色。口調。そして、吐き気を催すほどの内なる己の怒り。

ただそれだけで、リューンは自身の感情の制御を失う。

 〖名と種族は?〗

 ≪黙れ»

影も形も無く、リューンが地面から忽然と消える。

残ったのは大きく抉れた地面と、遅れて舞い上がる砂埃。そして僅かに散った黒い炎。

彼は飛翔していた。

狂火の甲冑によって遥かに増した身体能力は、彼の筋肉を代償にバスキュルムの眼前まで容易に跳ね上がれるまでに上昇していた。

 ≪その首、あいつらの墓前に供えてもらえると思うなよ。粗大ゴミ風情が»

徐々に落下しながら、彼は折れた特大の剣を身体を回転させながらバスキュルム目掛けて投擲する。

空を切りながら進む折れた特大の剣。その柄をリューンの左腕から黒炎が伸びて掴む。

 〖…野蛮だな〗

背を回して伸ばした黒炎に引っ張られるようにして身を翻しながら空を進むリューン。

無防備となった彼にバスキュルムは指先から無数の腕を伸ばして迎撃を行う。

入り乱れながら多方向に伸びる腕。

一本一本はリューンよりも太く長く、堅牢さは鉄と変わらない。

それをリューンは避ける事もせずに全てに歯向かった。

蹴り折り、握り潰し、引き千切り、砕く。

まるで獣と見紛う彼の退け方は僅かに生き残った蟲人兵達には魔王よりも恐ろしく映る。

 ーー足りねぇ。こんなんじゃ足りねぇよ。

避ける事を一切せずに、向ってくる腕と対峙したリューンは悉くに勝利し、次の戦いを受ける。

やがてリューンは一本を足場にして進む方向を変える。

方向全てを覆い迫り来る無数の腕。

合間を縫うには密度が高く、さりとて避けるには周囲が完全に腕で埋め尽くされている。

彼が次に狙ったのは腕本体だった。

黒炎を激しく揺らしながら折れた特大の剣を手元に引き寄せるリューン。

 ーーもっと寄こせ。もっとだ。俺を殺してくれ。

迫る腕を薙ぎ払い、噛み砕き、道をこじ開ける。

退ける度、彼の全身を覆う黒炎は濃度を増していき、殊更に身体能力を引き上げる。

同時に上げられる肉体からの悲鳴。

骨は軋み、筋肉は断絶し、血管は破裂する。

黒炎から滴り落ちる赤黒い血はバスキュルムの半固形のようなおどろおどろしい黒血と重なり、水と油のように混ざりながら血溜まりを創り上げる。

本来であれば意識など保っていられるはずが無いほどの激痛。発狂しておかしくは無いはずの肉体的痛手は黒炎によって明確に遮断され、彼には壊れ行く肉体の音しか分からない。

 ≪何が魔王だ。ちくしょう。シャルを奪いやがって…!»

血みどろの赤黒い道を突き進み、やがて行き止まりが目の前に現れる。

指だ。無限に腕を沸かせるバスキュルムの指がそこにある。

 ≪ジャマすんな»

数多の腕が四方八方から襲い来る。

鉄と変わらない堅牢さを誇るそれらをまともに受ければ人間など煎餅布団のように真っ平になる。

それを分かっていながらリューンは払い除けたりはせず、握られたままだった特大の剣を大上段に振りかぶった。

 ≪退けよ!!»

複数本の腕による全方位から圧殺撃。同時に振るわれる一刀。

両撃は時を同じくして命中する。

黒炎が飛散る。

だが、黒血もまた飛沫く。

 ≪俺はイラついてんだ»

数え切れないほどの腕が吹き飛ばされる。

覆っていた腕は切り裂かれ、黒炎に包まれたままのリューンが形そのままに特大の剣を握っている。

 ≪今、会いに行ってやるからよ»

彼の眼前にあったはずの指は一刀の下に真っ二つにされ、道のように広がっていた。

腕というしがらみから解放されたリューンは、両断された指を駆け上がって空の下へと躍り出る。

再び吸った憂いない空気を味わいもせず、リューンは指の切り込みの終点に特大の剣を突き刺すと、裂きながら走り出す。

 ≪う、おお…おおおおおおお!!!!»

歪に広げられていく傷口。

噴き出る黒血は雨のように撒き散らされ、頭からかぶるリューンの身を汚す事は無い。

全ては、彼の炎で阻まれるが故に。

やがて達する手の平。

両手で柄を握り、一際深く突き刺して抉るように刀身を翻し、引き抜く。

 ≪次はそのくだらねぇ首だ»

バスキュルムの目を見据え、両手持ちのまま切っ先を下げ構えたリューンは腕を駆け上る。

対する魔王は、しかし迎撃を構えない。

腕を切り裂きながら一直線に突き進むリューン。

刃こぼれした刀身で強引に裂き続け到達する肩口。

一度としてブレずにバスキュルムの顔だけを見続けていたリューンの目が、数多の視線とかち合う。

瞬間、リューンの身体が突風に曝される。

 ≪!?≫

まともに立っていられないほどの強い風に、彼は反射的に特大の剣の腹で身を隠してしまう。

柄を固く握り締めたまま受ける風は時を置かずして強くなり、やがて姿勢の維持すら困難になる。

その中にあっても彼が見据えたのはバスキュルムだ。

息を吹く魔王の顔だ。

 ≪野郎……舐めやがって!!≫

口角を上げて苛立ちを浮かべたリューンの身体が吹き飛ばされる。

宙を舞う身体。

唐突な浮遊感の意味を理解できているリューンは、次に行われるだろう行為の対処に身を構える。

ーー掌底だ。

バスキュルムの掌底が眼前に迫っている。

 ≪仕返しだボケが…ッ!≫

正面から姿を消し、右斜め裏から襲い来る掌底に向き合い、特大の剣を下げるリューン。

そうすると彼は右腕を構え、目と鼻の先にまで迫った掌底の下に右腕を添え、相手の力を利用しながら押し上げる。

僅かに頭を逸らし、掌底を紙一重でいなすリューン。

用いた腕は当然のように砕けるが、黒炎が崩壊を許さない。

 ≪その図体で砕くだけか。大した事無いな≫

本来なら身も竦むような肉と骨の砕ける音に耳も貸さずに口端を吊り上げたリューンは、過ぎ去るだけとなった腕に特大の剣を突き刺す。

腕に再び取り付き、特大の剣を引き抜くと再度駆け出す。

道中、再三に渡って行われた振り落とし。

それらを全て、傷口に片足を突っ込む事で対処する。

妨害なのか、それとも攻撃の意図だったのか。定かではないバスキュルムの行動をものともせず、十秒にも満たない僅かな時間で達した肩口。彼はそこから首元へと一足飛びに移動すると、残されたままの傷口に特大の剣を突き刺した。

 ≪置いてけよ、その喉≫

特大の剣を半身翻し、両手でより深く突き刺すリューン。

柄から伝わる振動。

等間隔に行われる震えが何なのか。それはバスキュルムの呼吸が成しているのだと直感すると、リューンを纏う黒炎が爆発的に増した。

 ≪テメェが……息吸ってんじゃねぇよ!!!!≫

首を蹴り、両足を特大の剣の鍔に乗せ、蹴り押し込む。

ぐじゅる、と肉を裂き壊しながら深々と突き刺さる特大の剣。

より明確に伝わってくる呼吸の振動に黒炎を激しく揺らしながら、リューンは再び首に両足を着けると思いきり柄を押しながら駆けた。

 ≪死ね!!≫

大きく弧を描きながら裂かれていく魔王の首。

内の肉は黒血よりもおどろおどろしくぬめりてかり、視る者から正気を奪いかねなかった。

だが、リューンはどれほど直視しようとも狂う事は無かった。

既に、狂っているから。

[執念]という、何よりも深い感情に狂い、囚われているから。

 ≪バックリいけよッ!!≫

一息に駆け、端から端までを切り裂く。

燃え盛る黒炎は尚も狂おしいまでに猛り、激しく揺らぐ。

揺らぎは強く、強く、刀身を磨き上げるように伝える力を増した。

 ≪オラァァァァ!!≫

雄叫びと共に切り抜かれる特大の剣。

刀身は折れて傷に深さは無かった。だが、確かに喉は切り裂いた。

故に、呼吸の振動は無い。

 ≪…やっと止まったか。不愉快なんだよ≫

リューンは刀身にべっとりとへばりついた黒血と肉を一振りで払い落とす。

黒炎は緩やかに猛りを失い、薄っすらとリューンの表情が見えるまでに薄まっていく。

 ≪息吸ってんなら止めれば死ぬんだろ?ゴミが」

首より上。彼の顔が明確に判別できるまでに収まった狂火の甲冑。

現れたリューンの顔は今までの彼らしさが大きく奪われ、目元から溢れ出たのだろう血の跡も相まって戦場の敗残兵のように酷く疲弊して見えた。

 「……けど、これで終わりだ」

特大の剣を背負い、勝ち得た結末を見届けるために振り返る。

………振り、返る。

 〖見事〗

居た。

呼吸を奪ったはずのバスキュルムの命が、そこに居た。

 「なん…何が……ッ!!»

刹那に狂火の甲冑が頭部までを覆う。

だとしても視線の先に居る存在が変る事は無い。

首は明確に切り裂かれている。喉も切っている。呼吸の振動も止まった。

なのに、生きている。

無数の目をリューンに向け、傷などものともしていないかのような平静さで彼を見ている。

 〖吸っているのは大気中の魔力だ。止めたところで死にはしない。無論、魔力の供給手段など他にもある〗

ぐじゅるぐじゅると歯を蠢かせながらバスキュルムは答える。

それと同時、今までにリューンが付けてきた傷が瞬く間に回復していく。

 ≪て……テメェ…!!!≫

数秒と経たずに回復していった傷は痕すら残っていない。切り落とした左腕すらも真新しく生えた。

 〖志あれば再び見える事もあるだろう〗

ここに至るまでの全ての戦いは全くの無意味だったーー。

死を経ても、狂火の甲冑に身を包んでも、まるで無意味だった。

事も無げに話し、傷すらも癒したバスキュルムの姿を見てリューンはそう愕然とした。

 ≪待てよ!テメェは俺がここで……!!!≫

バスキュルムの肩の上で特大の剣を構え、にじり寄るリューン。

だが、その腕は僅かに震え、脚はそれ以上動かない。

 〖案ずるな。死は等しく与える。時が揺れるだけだ〗

 ≪うるせぇってんだよ!!≫

怒声を上げ、竦む脚を無理に押し出そうとするも動けないリューン。

否、気が付けば武器を構える腕すらも動かない。身体など以ての外だ。

 ≪ざけんな…!ふざけんな!!!!なんなんだよ!!動けよ!!!≫

まるで金縛りにあったかのような感覚に苛まれるリューン。

それを目にしたバスキュルムは無数の目をまばらに二度動かすと、視線を全て正面へと向けた。

 〖ならば今でも構わぬ、か。違いないな〗

言葉と同時、リューンの身体が何かに弾き飛ばされる。

何も分からぬまま衝撃に身を預けるだけのリューンは、弾き飛ばされる中で魔王の右腕を見る。

動いた様子は無い。ならばこの一撃は何らかの魔法なのだろう。

その程度の思考はまだ働いた。衝撃のままに落下する中で、どうすれば反撃に転じられるかの算段も付いた。

しかし。しかしだ。

 ーー勝てねぇ。

全身の黒炎の猛りがまるで失われていく。

すっかりと言って良いほど戦意が失われていく。

 ーー俺は、いっっっっちばん憎い奴に勝てねぇのかよ……!!

思考が働こうと身体が動かなければ意味は無い。

身体が動き、反撃に転じたところで傷が癒えるのであれば尚更意味は無い。

意味が無い。

何をしても意味が無い。

リューンは本能でも、理性でも、戦う事・戦う意志を持つ事そのものが[無意味]だと理解してしまった。

 ーーくそ……ッ!

 「クソォォォォォ!!!!」

怒声とも涙声ともつかない声色が空へと突き刺さる。

地上は間も無くだ。

 「泣き言ってんじゃないわよ、プロデューサー」

地上まで残りおよそ二十メートル付近。リューンの身体が突然落下を止める。

 「そんな簡単に諦めつくならこんなとこまでくんじゃないっての、バカ」

リューンの耳元に届くのはファズの声。

次いで気が付くのはバーニアの燃焼音だ。

 「…ファズ。俺は……」

 「まだ諦めんじゃないわよ。やれる事、全部やったわけじゃ無いでしょ?」

落下から降下へ。

ファズの手を借り、無傷の状態で地上へと足を着けたリューンは辛うじて己の脚で立つ。

 ーーこいつの身体、骨も肉もまともに繋がって無いじゃない。

【無意味】に竦むリューンを目の当たりにしながらファズは触覚センサで感じた彼の身体の感触を思い返す。

 ーーやっぱり穏やかな手段だったのね。…悪趣味。

それは筒状のビニール袋の中に隙間なく詰められたドロリとした液体と大小様々な破片がもたらす質感。

しかし、パンパンに張り詰めているのではなく、持ち上げれば端は重力に従う柔らかさも兼ね備えている。

言うなれば筋肉の無いヘビのような。そんな感触が今の彼の全身だ。

 ーーまだ感覚が残ってる…。初めてちゃんと触ったのにね。

機械に違いないはずの自身の感覚ですら気分の害されるリューンの肉体に内心で眼を細めるファズ。

もしも同じ生物が今の彼の身体を触れば、あまりにも姿と乖離した感触に胃の中身を吐き出しているんだろうと彼女は想像する。

 「で、いつまで震えてるつもり?そんなに寒かったっけ?」

 「…ああ。極寒だよ」

ファズの嫌味に返し、視線を向けるリューン。

彼の瞳は文字通り凍てつき、戦意など感じようも無い。

 「………呆れた」

大きな、大きなため息をファズは吐く。

落胆や諦観だけではない。最期に見る心を傾けた相手の顔が、こんなものだと信じたくないという苦痛も混じっている。

 「あんたに一言言っておこうと思ったんだけどね、そんななっさけないツラしてるヤツに言う事なんてなかったわ」

 「…そう、か」

ファズの言葉で全てを察したのだろう。リューンは何か言いたげに視線を合わせるも一言だけ呟き、目を伏せる。

 「殊更腑抜けね。シャルの時みたいな熱烈アピールはどうしたのよ」

 「やめろと言ってもやるんだろ?…なら、虚しいだけだ」

 「あっっっっそっっっっ!!」

リューンの膝裏を蹴り、地べたに無理矢理座らせたファズは両の拳を固く握る。

徐々に赤みを帯びる両拳。僅か一秒程度で薄桃色に発光すると、ファズはリューンを睨みながら見下ろした。

 「言っとくけど!私だってあんたの事好きなんだからね!!なのにその腑抜けた態度は何!?私の惚れた男は不器用で!一途で!死にぞこなっても立ち上がる、根性据わった男だったんだけど!?」

 「俺もお前が好きだよ。口は悪いけど一緒にいて楽しかった。だから…出来れば成らないでほしい」

 「私のはライクじゃなくてラブよ!バカプロデューサー!!!」

駆け出し、両脚を宙に浮かせてバーニアに点火するファズ。

その後姿を唖然とした顔でリューンは見つめる。

両者の視線の先にはーー彼女の向かう先には、精環槍を手にしたフィルオーヌがいる。

 「…想いは伝えられた?」

風を切りながら彼女に迫るファズはすれ違いざまフィルオーヌを抱え、急上昇する。

 「どうせ全部聞いてたんでしょーが!惨敗よ!」

 「そ。…でも、言えただけ立派じゃない。ひねくれ屋さん」

 「ほんっとムカつく!上辺しか言えてないっての!!」

 「ふふっ、そうね。自分の夢を笑わなかったから好きになった、なんて言えないわよね。子供っぽいモノね」

 「落とすわよ!?」

限界を超えた出力で上昇を行うファズの脚部から幾つかのパーツが外れ落ちる中、彼女達は楽し気に言葉を交わす。

その身は既に雄黄色に包まれ、炭酸のような泡が浮き出ている。

 「あらあら、怖い怖い。惚れた男のために後姿を見せたいなんて一途で怖いわねぇ~」

 「ほんっっっっとに!最期の最期までムカつく!!」

約三百メートル上空。

眼前にはバスキュルムの後頭部がある。

ファズの両脚は既に殆どの装甲が剥がれ落ち、銀鉄色の内部骨格が露わになっている。

 「でも私は楽しかったわよ。貴女、からかい甲斐があったし、何よりトモベさんの娘だもの。とても楽しかった」

不得意な空歩でふらりと空に立ち、柔らかさの含まれた面持ちで精環槍を構えるフィルオーヌ。

横に立つファズはしかめっ面をしているものの、何処か嬉し気だった。

 「…私だってつまんなくは無かったわよ。なんて言っても、私以外に唯一存在するトモベを見た奴なんだから」

 「[唯一、生きている]ね。貴女はもっと人間である事を誇りなさい」

 「前言撤回!!!あんたといるとムカついて仕方なかったわ!!」

 「ふふっ、照れる貴女も好きよ?」

微笑みを浮かべたフィルオーヌの表情がにわかに硬くなる。

途端。穂先が青白く光り、次第に若緑に変色していく。

 「風をここに。大地をここに。緑をここに。そして、命をここに。繁栄を司りし新緑よ、命を司りし芽吹きよ、我らが座する鼓動よ。悉くを滅ぼさんとする全てのモノの敵を裂き爆ぜけ」

言と共に増していく光。言によって生じる雄大ささえ感じる風。

それらは穂先から柄まで伸び、フィルオーヌを包む。

否、吸う。

フィルオーヌの全身から形にはならない何かを吸い上げ、一瞬にして穂先の光が爆発的に眩くなる。

だが、ファズの視覚センサが阻害される事は無かった。

光であって光で無いモノ。恐らくはフィルオーヌから吸い上げた何か。

 「なんにせよ、因縁はこれで終わりね。クソ野郎」

 ーー夢幻廻廊。

胸の内でそう呟くと同時、世界が塗り重ねられる。

 「切望」

広がるのは幻想郷。

花が咲き、湖畔が煌めき、青々とした木々が生え並んで空が澄むどこまでも美しい世界。

 「ここでなら私は全盛期でいられる」

誰にともなく独り言ちるフィルオーヌの姿は確かに、夢幻廻廊を展開する前よりも若々しさがあった。

そしてそれは単なる見た目だけに留まらない。

 「音は、遅いわ」

ファズの隣にいたはずのフィルオーヌの姿が消える。

彼女は一歩、地を蹴ったに過ぎない。

けれどその速度は異変を感じて振り向こうとしたバスキュルムの動きよりも遥かに速く、その耳に踏み込みの音が聞こえる頃には既に彼女は達している。

  「命破・裂爆」

バスキュルムの頚椎付近にて。フィルオーヌは一突きを繰りだした。

貫こうとする精環槍はその瞬間に閃光に成り、穂先が風を切り終えた頃に音は鳴る。

……だが。

 「…そ」

彼女の放った技は、本来の結果を示せなかった。

 「届いているのに、ダメなのね」

[命破・裂爆]とは自身の生命力と引き換えに穂先に裂傷と爆発を引き起こす魔法を施す技。

どんな生き物であれ、どんなに硬い物であれ、逆にどれほど柔らかい物であっても。必ず引き裂き、断片を爆発させる必殺の一閃だった。

にも拘わらず、バスキュルムの頚椎付近には小さな点の煤汚れが付いただけ。

肉も皮膚も裂ける事無く、であれば断片が爆発する事も無く、ただ、鋭い突きが放たれただけになっていた。

 「……やっぱり、ダメね。あの時よりもずっと強い。仇を討つための、技だったのになぁ…」

フィルオーヌは砕けゆく精環槍から手を放し、元に戻りつつある世界から背けるようにファズに振り返る。

 「魔法だけでダメなら命も混ぜれば、なんて考えは甘かったのかしらね。……ごめんなさい、ファズ。ねじ込む風穴すら開けられなかった」

胸までが消えたフィルオーヌは空歩で位置を調整しつつ落下に身を任せる。

彼女が見つめるのは座り込んだままのリューンの眼前だ。

 ーーごめんなさい、みんな。私はただ、生き延びただけでした。ごめんなさい、リューン。結局全てを託す無能な私で。

強く瞼を瞑ったフィルオーヌに暗闇が訪れる。

その暗闇はやがて永久へと移り、彼女の姿は若緑色の宝玉へと成り果て、掌を広げたリューンの上に落ちる。

 「…知らないわよ。バカ」

一筋の涙を頬に伝わらせ、ファズは構える。

両拳の薄桃色の光は臨界を迎えた輝きを湛え、触れれば一切の物質を溶かすまでに熱されている。

 「次会ったらあんたも引っ叩いてやるわ。シャルも、リューンも、みんなまとめて説教よ」

照準を定める。

全身の機能を開放する。

そして、その後の落下位置を計算する。

 「リミッター解除、各駆動部負荷限界再演算、手部熱伝導率最大値上方修正……システムアラートの規定値を変更、現在の値を正常値に再設定」

ファズは、自身に備え付けられていた[安全性]の全ての変更または放棄を行う。

彼女の呟きはそのまま結果へと繋がり、本来であれば絶対に出るはずの無い煙が身体の至る部位から立ち昇る。

 「落下地点の計算終了。最終的落下角度の自動設定完了。発動条件設定終了」

ちらりと、ファズは地上にいるリューンの方向を見下ろす。

最大倍率に変更したスコープ機能でも確認した彼を、それでもと、微笑む。

 「……後でバカプロデューサーをぶん殴るための条件、コンプリート。よって、永久機関より流れるエネルギーを全開放」

最後のプログラム変更を終えたファズの両手が一層眩く光る。

フィルオーヌの時とは違い、普通に目にすれば網膜が灼けかねない光量だ。

 「夢幻廻廊・雷鳴の灯歌(ともしうた)、発動」

塗り重ねられるのは暗転した巨大なステージ。

夜の闇よりも暗い中、一つ、一つとスポットライトが灯る。

それらはステージ上に居るファズとバスキュルムにのみ降り注ぎ、両者の位置を誰の目からも明確にした。

 「害悪野郎はお引き取りを。最初で最後の無断おさわりは、残念、この拳よ」

武闘家のように構え、両脚を踏ん張る。

 〖巫女、か。そうか。ならば先のも〗

再びの世界の異変にバスキュルムの視線が四方八方へと散らばる。

その中の一つにファズが映ると魔王はそこへと視線を集中させた。

 「変質者とは口利くなって言われてるのよ」

スポットライトからファズが消える瞬間、バスキュルムの耳が捉えたのは爆発音のような何かと燃焼音だった。

その正体を魔王は知っている。

機械を理解し、自ら動くためには外的な力に頼る他無い事を知っている。

故にこそ、魔王は初めて防御姿勢を取った。

 「へぇ、殴れなくなったのに気が付いた?……わけじゃないみたいね」

右手を正面にかざし、大気の塵を瞬く間に一つ所に集めて生成した壁。

分厚く、密度高く錬金されたその壁が一列に五枚、層として重なり、バスキュルムを護る盾となる。

 「……もしかしてとは思ってたけど、そーいうカラクリ。道理で他の奴らじゃ傷すら付けられないわけね」

両の膝下が消え、最早バーニアの姿形が消え去ったファズは壁を越えた先に届くため突貫しながらにやりと笑う。

 「じゃ、後はあいつの出力の問題か。…私達使うんだから足らせなさいよ」

左の拳が一層目の壁に達する。

熱され、沸騰し、灼熱が広がる。

極限にまで発熱した彼女の拳の前で単なる硬さなどは意味を成さない。

壊すのでは無く、溶かすのだから。

 「さぁぁぁぁぁあああ!!」

雄叫びと共に目には見えなくなったバーニアの熱量が増大する。

巨大な壁の前では[点]に過ぎない接地面。だが熱された拳を融点に至るまで当て続ければ巨大さなど関係ない。

 「まず一つッ!!」

声が上がると同時、触れていた[点]から広がった熱が溶解を始め、大穴が開く。

 「もちなさいよ…!」

二層目は右の拳を。

貫けば三層目は左の拳を。

少しでも熱を保つため、交互に拳を振るうファズ。

 「このぉぉぉぉおおお!」

彼女の行為に間違いは無かった。

だからこそ五層目をも熔解させる事も出来た。

彼女が貫通させた壁の総合的な厚さは五十メートルを超えている。

けれど、その拳がバスキュルムに届きはしなかった。

 「…貫けても身体がもたない、か。……タイムリミットね」

魔王の眼前。

空に立ち、拳を収めたファズの両手から薄桃色の光が失われていく。

 「残念。目の前にいるのに殴れないなんて乙女の名折れね」

視界を覆いかねない量の煙が彼女の全身から昇っている。

各関節部は負荷限界を超えて稼働した代償に触れれば崩壊するほど脆弱になり、高熱を発し続けていた両手は見るも無残にとろけている。

その上身体は既に腰までが消えており、残っている部分のほぼ全ては内部フレームが露出している状態。

こんな状態で挑んだ所で結果は明々白々。殺しきれぬままに宝玉化し、万一にも魔王の手に渡れば全てが終わる。

とすればこその[敗北]の判断だった。

 「あーあ、自動落下なんて設定するんじゃ無かったわ。これじゃあ逃げ帰ったバカ丸出しじゃない」

半面だけ装甲が残った顔で呆れたように笑ったファズは踵を返す。

 「けどま、アレの首はやっぱあいつが持ってくべきよね。みーんな石っころに成っちゃったんだから。…なら、これも正解かしらね」

呟き、身を傾け、見えなくなったバーニアが弱々しい音を立てて一瞬だけ点火する。

 「……でも、それだけだと癪だし」

残る道筋はリューンの眼前に落下する事だけ。

そのはずだったファズは一度振り返り。

 「くたばれ、うんこったれ」

なによりも挑戦的な笑みを浮かべ、中指を立てた後に落下を始めた。

 ーーさてと。これでやっとトモベの所に行けるのかしらね。それとも、マードの所?もしかして巫女にしか行けない場所があるとか?

落下の最中、衝撃に耐えきれず分解されていく身体を見ながらファズは記録を漁る。

 ーーなんにしても暫くあいつとは会えないのよねぇ。……だったら、ま、コレでいっか。

膨大な量の中から彼女が最期に見る事を選んだのは比較的新しい記録だ。

夜明けの光がレースのカーテンから射し込む部屋。

乱雑に散らかったデスクに座り、頭を抱える誰かの後ろ姿。

指を動かし、何か単語をパソコンに打ち込む誰かは……リューンだ。

 ーー思えば、あいつが私だけのモノだったのってこの時だけね。

電源がーー命が消える瞬間まで、ファズはリューンの後ろ姿を眺め続ける。

目を細め、微笑み、無くなった指先を口元に当てる。

けれど、彼女の満ち足りた一瞬をリューンが目にする事は無い。

彼が目に出来たのは、鮮やかな空色をした宝玉だけだ。






to be next story.

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